品行方正。公明正大。
身だしなみにいつでも気を遣い、成績は常に上位。先生からの信頼も厚く、クラスでも皆のまとめ役。私は黒曜高校で一番、二番を争う優等生であると自負している。

学校の非常階段。外につながるその階段は、本来であれば生徒は立ち入り禁止。その階段を使うことは禁止されている。もちろん休み時間だろうが放課後だろうが部活中だろうが、使っていることがバレたら叱られることは目に見えている場所だ。しかしその場所こそ、私のお昼ご飯スポットなのである。というのもこの非常階段、夏場は非常に涼しいのだ。程良く湿っぽく、校舎の壁に這うようにつくられたその階段は立地条件も相まって年中日陰。立ち入り禁止ということもあり人は誰も来ないし、静かに涼みながらお 弁当を食べるには絶好の場所なのだ。

優等生である私がなぜこんな立ち入り禁止の非常階段なんかに来ているのかと言えば、それはただ単に涼しい場所と静かな場所を求めているからに過ぎない。ここ以上に涼しく静かな場所があるなら乗り換えるが、あいにくこの学校でここ以上の涼みスポットを見つけることは出来なかった。ここは友人も連れてこない、私がひとりで涼むだけの場所。私だけの場所だ。

優等生とは思えないような、シャツのボタンを全開にして不良が如く階段に座り涼む私の姿など先生が見たらおそらく気絶するだろう。今日は特に暑い。今のうちにこうして涼んでおかねば、午後の授業が暑苦しくてやっていられないから。


だというのに。
今日は、ここに私以外の誰かが来たらしい。非常階段を下りてくる足音。徐々に近づいてくる。歩幅、歩き方の音を聞くに先生ではないな。ついに私の憩いスポットが私以外の誰かにバレてしまったと言うことか。どうやって口止めしようかと考えながら慌てて制服のシャツのボタンを閉める。静かな場所だから勉強にもってこいだよとか適当なことを言ってごまかすか。参考書を片手に勉強しているフリを決め込んでいると、


「おや」


なんて、静かな声。階段に座ったままの私も思わず振り向く。「あれ?」まさかこんなところに来る人だとは思わなかったから、こちらも驚いてしまった。


「まさか あなたがこんなところにいるとは」

「こっちのセリフだよ。優等生君がどうしてこんなところに?」


六道君。隣のクラスの優等生、六道君だった。彼も私に負けず劣らずな優等生であることは知っている。文武両道を極め、おまけに顔もいいということで女子からの人気が絶えない少女マンガに出て来るような、絵に描いたような優等生。しかし同じ優等生とは言えど彼と私では天と地ほどの差がある。彼がキラキラ優等生なら私はあくまでモブ優等生。悲しいことに私のルックスは六道君と違い平々凡々。世界に簡単に埋もれてしまうモブ顔というべきか。そんな私は永遠にかかわる事の無い人間だと思っていたのだけれど。


「いえ、 涼しい所を求めてさまよっていたら、ついここに」

「不良だね。私と同じだよ、六道君も」

「なるほど。あなたもここで涼んでいたということですか?」

「うん」


こうして話をするのは初めてかもしれない。クラスも違うし、委員会も違ったし、一方的に彼のうわさを聞くことはあれど話す機会なんてなかったから。彼は穏やかな優等生らしい優しげな笑みを浮かべて私の斜め後ろの段に座り込んだ。思ったより彼も結構図々しいな。ほぼ初対面だというのにこんなに距離を詰めてくる奴がいるか。普通。


「六道君、お昼ご飯は?」

「あまりに暑くて食欲が無くて。それで涼む場 所を探していたんですが」

「そっかそっか」


私は遠慮なく自分のお弁当を食べますけれど。まあ、六道君も同罪だ。今更彼に言い訳するつもりもないし、今日もいつも通りここで涼んでご飯を食べて、素知らぬ顔で教室に帰り優等生に戻ればいいだけの話。お弁当を開けて、自分で詰め込んできたおかずたちに箸を伸ばす。今日は大好きな卵焼きを入れたからね。その時背後からじりっと視線を感じた。……ま、まずは、自信作の卵焼きをひとつ、


「自分で作ってくるんですか?」

「おぉっと……そ、そうだけど」

「美味しそうですね」

「そう?ありがと」

「 …………」

「な、なに?……いっこ、食べる?」

「いいんですか?それでは遠慮なく」


無言の圧力で私に言わせたくせに、六道君は当たり前のように私の卵焼きをぱくりと口に含んだ。なんて奴だ。暑くて食欲ないんじゃなかったのか。全然元気そうじゃないか。こいつ私よりしたたかな奴かもしれない。もぐもぐした後、六道君は目を細めて笑う。綺麗な青い目。そんな目を見たら女の子は虜になっちゃうんだろうな。


「甘いですね」

「でしょう。たまごやきは甘いのがいいよ」

「僕はだし巻き卵も好きです」

「……何、次はだし巻き卵を作って来いってこ と?」

「いえいえ。まさか。強要はしませんよ。かわりに口が滑るかもしれませんが」

「な、なにがどうなって口が滑るんだ!?」

「いえ、「優等生の鑑たるあの人が非常階段でご飯を食べているところをたまたま見てしまった」と、誰かに言ってしまうかもというだけで」

「それは自分の首も締めることになるんじゃない?」

「上手い言い方はいくらでもあるでしょう」


頬杖をついて私を見る六道君の顔は完全に悪者である。手作りの卵焼きをほめてもらったのは素直にうれしいけれど、まさかこうして弱みを握られることになるとは。こいつ優等生の皮をかぶった狼だな?私も優等生の 皮をかぶった不良なのかもしれないが、六道君は私よりタチが悪い。オオカミだから。完全に私のことを食らって餌にする顔だから。


「……じゃあ。口封じに、明日は六道君にもお弁当を作ってきてあげようか。お弁当のひとつやふたつ、作る手間なんてそう変わらないし。まあ中身が全部同じになるけれど」

「そこまでしてくれるんですか。そうなると僕の口も余計なことは喋らなくなるでしょう」

「まったく。調子がいいんだから」

「僕はてっきり、あなたのことをお固いただの優等生だと思っていましたが、見誤っていたようですね」

「六道君こそ。悪い顔しちゃって。ファンの子が泣くよ」

「クフフ、お気遣いなく」

「お弁当もファンの子には見せちゃだめだよ。私が刺されるからね」

「? 明日もここで、二人で食べるのでしょう」

「ふたりで!?六道君、まだここに来るつもりなの!?」

「勿論。君のお弁当をここで受け取り、一緒に食べて、涼む。そうすれば誰にも見られなくて済むと思ったのですが」


それはそうだけど。私の一人の時間はどうなるんだ。私の憩いの場所が私と六道君の憩いの場になってしまうではないか。しかもなんか、私一人ならまだしも、ふたりでここにきてこそこそお弁当を食べるって、なんか、ちょっと一層ばれる訳にはいかない香りがしてきたというか。六道君は至って普通に何も恐れるものなどないと言いたげな涼しい笑顔を浮かべたまま私を見下ろしている。な、なんて奴だ。焦っているのは私だ けか。


「っていうか、六道君、私のこと知ってたんだ」

「ええ。成績もよく態度も良く、絵に描いたような優等生。ある意味不良よりも目立ちますよ」

「ま、まあ、確かにそうだね。私もそれで六道君を知ってたわけだし」


六道君も私のことは知っていたんだ。私なんかには興味もありませんって顔しているのに。


「とんでもない。僕はあなたが気に入った。ぜひ、仲良くしてください」

「……裏がありそうで嫌だなあ……」

「僕のことをなんだと思ってるんですか?」

「いや、六道君はただ者じゃないと私の勘が」

「……クフフ。成る程」

「ほら、そういうの。私よりも裏側が凄そうだよ」

「何とでも言ってください。お弁当、楽しみにしていますからね。持ってきてくれなかったら口が滑りに滑って、あることないことを吐き散らかしてしまうかもしれませんよ」

「ほらーそういうとこ!怖いって六道君!」


彼は完全に私をおちょくっている。楽しそうに笑っているその顔が綺麗で美人さんであることは認めよう。だけど話せば話すほど、六道君はなかなか危ない奴なんじゃないかという気がしてくる。いろんな意味で。

ある意味、この世で一番恐ろしいのは不良よりも優等生なのかもしれない。表向きに良い顔をしている子 が裏側まで綺麗だなんて保証はされていない。私も六道君も見えるところを美しくしているだけで、本当の自分を誰にも見せていないだけなのだとしたら。もしかしたら、私たちは似た者同士、だったりするのかもしれない。

「――鐘が鳴ってしまいましたね」

「えっ、うそ、もうそんな時間」


六道君と話をしていたらお弁当も少ししか食べていないのに予鈴が鳴ってしまった。慌ててご飯をかき込む私。対する六道君は口元に笑みを浮かべて慌てふためいている私を見下ろしているばかり。……何だか厄介なひとに目をつけられてしまったな。私の高校生活に怪しい光が差し込んだような気がする。

しかしなんにせ よ、私がこの学校で優等生の皮をかぶっている為には、おいしいだし巻き卵を作らなければならないという事らしい。今日は帰ったら明日のお弁当の仕込みをしなければ。


「ああ、それと。言いそびれていましたが、」

「何?」

「制服のボタン、掛け違えていますよ」

「……そういうことは早く言ってよ!」





【掛け違えたボタン/六道骸】





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