飯テロを終えて

店内に充満する食べ物の臭いをここまで不快だと感じたのは、初めてではなかろうか。
鼻腔を満たす豚骨の濃厚な臭い。
ズルズルと堅めの麺をすする音。
六道骸は、苦々しい表情を崩さずに出された水に手を伸ばした。
もはやビールやハイボールですら限界まで張りつめた胃は受け付けない。
当分は飲み物も食べ物も視界に入れたくない気分である。
しかし、隣に座る彼女はそんな骸の事情など知ったことではないとばかりに次々に食べ物をその小さな口に放り込んでゆく。
卵色の麺、白く濁ったスープ、繊維のはっきりしたメンマ。
そして、はふはふと湯気を逃がしながら叉焼を口にした彼女の顔を見て、彼は小さくため息をついた。


「本当によく食べる女ですね」
「骸は食べなさすぎ〜。今日、夕方以降は何も食べてないじゃん。」


お腹空かないの?と絶えず麺を口に運びながら彼女は首を傾げるが、腹など減るわけがない。
インスタ映えだか飯テロだか知らないが、今朝からあちらこちらを連れ回されて飯の写真を撮ってはTwitterに上げ、絶えず何かを食っているのだ。
ただでさえ食の細い骸は、夕方に食べさせられた「カップル限定超巨大パフェ」で脱落せざるを得なかった。
元来、甘いものは好む方ではあるがアイスクリームやパンケーキの店をはしごした直後のパフェでは胃が死んでしまう。
結果、夕方以降の骸は彼女が幸せそうにカロリーを摂取する姿を眺めるだけの存在となり、現在に至る。

ようやく時計の針は20を指し、もう1日も残すところ4時間ほど。
底なしの彼女の胃袋もようやく落ち着きを見せ始めたらしく、遂には「1日のシメ」としてラーメン屋の暖簾をくぐったのが先程の話である。



「あ〜、やばい。シメのラーメン超美味しい。」



ズルズルと周囲の客と同じく麺を啜る姿には、一種の恍惚とした雰囲気すら感じられる。
むわりと湯気と共に立ち上る豚骨のクセのある臭いをスープと共に飲み込んで、彼女はほう、と満足そうに一息ついた。
その顔があまりにも幸福そうで、愛らしくて。


「美味しかったですか?」
「うん。満足!」



ラーメンの臭いと、油でつるつると滑る床と、狭いカウンター席。
ハチマキを巻いた若い店員の騒がしい声。
どれもこれも彼自身の好む店内の雰囲気とはあまりにかけ離れてはいるが、それでも隣に彼女がいるならば悪くはない。


夜は着々と、彼女の胃袋事情よりも幾分足早に更けて行く。
この後はきっと晩酌に誘われるのだろうとやや期待を抱きつつ、時計盤を確認した9月の夜のこと。



(飯テロを終えて/六道骸)



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