期間未定ふたりぐらし
  • 表紙
  • 1 - 始まりは青い色から

    一番最初に感じたのは喉の痛みだった。
    小さい棘が刺さったような痛みは少しずつ私の体を蝕んでいく。
    最初の段階でちょっとでも気を付けておけばこんなことにはならなかっただろうに、忙しさにかまけてケアを怠った私が悪い。
    今の症状は本当に最悪としか言い様がない。
    悪化してしまった今の症状は、喉の痛みは最初より格段にひどくなり、声が掠れて喋るのも一苦労。
    頭と目が熱くてズキズキ痛み、関節痛も引き起こしている。熱があるのは間違いない。
    (しんどいわ、完全に風邪だわこれ。あーもう私のバカぁ……)
    頭を抱えて自分を罵ったところで今更遅い。
    幸いにも今日は金曜日。
    残業で遅くなってしまったから今日は行けないけど、明日は土曜日で午前中なら病院も空いている。
    (今日はもうシャワーだけ浴びて寝て、明日早く起きて病院行こう)
    そう決意して一歩、また一歩と重い足取りで歩いていく。
    最寄り駅から徒歩七分。
    遊歩道を歩き、大きな公園を抜けた先にある五階建てマンションの三階角部屋。
    それが今の私の住まい。
    広めの1LDKで一人暮らしにしてはそこそこ良い部屋に住んでいると思う。
    就職と同時に始めた一人暮らしは、最初こそ戸惑ってばかりだったけど今やすっかり慣れて快適になっている。
    それでもやっぱり一人が寂しくて心細いときがある。
    例えば今日みたいな時がそれなんだけど。
    (私、部屋に辿り着けるかなこれ。途中で行き倒れるかも……)
    いつもならとっくの昔に辿り着いているであろうマンションが今日はとても遠く感じる。
    建物がやっと見えたところなのにもう呼吸もままならない。
    でももう少し、あと少し、と足を踏み出したその時。
    頭に強烈な痛みを感じたと思ったのと同時に、足に力が入らなくなり体が前のめりに崩れ落ちていくのを感じる。
    まずいと思ってももう遅い。
    支える力もない私は(せめて土の上でよかった)と思いながら目を閉じて衝撃を覚悟していた。
    けれどいつまでたってもその衝撃は来なくて、代わりにあたたかい何か力強いものに支えられるのを感じる。
    もう目を開けるのさえしんどかったけどそれを開けられるところまで開けると、目の前に広がったのは青い色。
    倒れる私を抱き留めてくれたその人はたぶん男の人。
    厚い胸板に頬を寄せている状況で、普段だったら卒倒ものだ。
    それでも今はそれがすごくありがたい。
    お礼を言いたいのに声が出なくて、目もあんまり開けられないから顔を確認することすらできないし、意識が朦朧として何か話しかけてくれているみたいなのに内容が一切頭に入ってこない。
    (もうダメ、限界)
    最後の力を振り絞ってポケットからあるものを取り出し、マンションを指差しながら、私は意識を失った。
    それが、これから始まる彼との長い付き合いになるとは、今の私はまだ知る由もない。

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