始まりのLegend
今日は休日だけど、一軍で大規模な練習試合が組まれている。
駅前広場で待ち合わせして、会場に向かう手筈となっていた。
虹村主将は苛々と広場の時計を睨みつけ、赤司君に声をかける。
「灰崎は!?」
「まだ連絡がつきません」
「ったく…! しょーがねーな。そろそろ時間だ、先に行くぞ!」
私は一軍と一緒に移動するのが初めてで、正直少し緊張していた。
……ん?
『黒子、手と足が一緒に出てるよ?w』
「苗字さんこそ。そこ、切符を入れる所ですから!」
『…へ?』
私の前で自動改札機が閉まり、耳障りな警報音が響いた。
どうやら気が付かずに切符の入れ口にICカードを突っ込んでしまったらしい。
「たく…っ、何やってんだよ? 名前」
「ちょーっとぉー通れないじゃん!」
青峰君に呆れられ、私の後ろにいる紫原君には文句を言われた。
私は慌てて謝り倒す。
『すみません! すみません!!』
ひーっ!? もう、こんな時に何やってんだ自分!?
「苗字、ラッキーアイテムをやるから落ち着け」
「大丈夫。駅員を呼んで来たからね」
…前途多難な予感しかしない。
会場に着いて一同が足を踏み入れた途端、周りが騒ついた。
ひそひそと声が聞こえる。
「来た! 帝光中だ!!」
「…中学最強だろ…すげーな」
黒子君を除いた一軍選手達は、慣れているのか平然としている。
『黒子、顔色が悪いよ?』
「……緊張して来ました。試合に出るのは生まれて初めてで…」
『公式じゃないけどデビュー戦かぁ。…頑張れ!』
※※※
真田コーチはメンバーを読み上げる。
「スターティングメンバーは赤司、青峰、緑間、紫原、そして灰崎の代わりに黒子、以上だ。行って来い」
いよいよ始まった。
大丈夫かなぁ…黒子、ガッチガチじゃね? 青峰君の言葉も聞こえてないみたいだし。
私は一旦、手元のスコア表に目を落す。と同時にビタンッ!とコートから音がした。
へ……?
私は目を上げて、視線をコートに移す。
一体、何が起こった…??
何故か黒子君が倒れていて、コートにいる選手達は敵も味方も固まっていた。
起き上った彼は鼻血が出ていて、レフェリーストップが入る。
「はぁぁー!? 何だアレ!?」
観客達が呆れ返っていた。
スタメンで出ていたキセキ達も茫然としている。
「ありえないんだけど!? 足引っ張るどころか、いきなりパンツ脱がされたキブン!!」
「何なのだアイツは…恥なのだよ」
「一秒で交代しちまったぞ…」
「いや…これは流石に…想定外だ」
あの赤司様を呆然とさせるなんて凄ぇ…やるな黒子。
『…大丈夫? 鼻血は飲まないで出して』
「すびばぜん…」
私は彼にティッシュを渡し、タオルを冷やして当てる。
『ドンマイ! 落ち着いてやれば上手く行くよ』
「…………」
彼はまだ話せないので、コクリと頷いた。
虹村先輩の入った帝光は、あっという間に大差をつけていく。
鼻血が止まり、黒子君は再びコートに入るが、彼のプレイは上手くかみ合わず失敗が続いた。
それでも始めの大差と、他メンバーの活躍に助けられ、結果帝光は30点近く差を付け勝利した。
※※※
一回目の試合が終わり、昼休みに入った。
私は自販機をチェックしていた。
そこには、私の気に入りの無糖ストレートの紅茶が入ってなかった。
『お弁当に甘い飲み物はなー。今は緑茶の気分じゃないし…仕方ない。買いに出るか』
歩いていると青峰君の声が聞こえた。彼はコーチと虹村先輩に必死に訴えている。
「もう一試合…もう一試合だけ、アイツを見てやってくれよ!!」
「…青峰?」
「駄目だ。これ以上は見る価値は無い。彼は降格にする」
「そんな…」
「話は終わりだ。午後に備えてきちんと体を休めておけ」
「〜〜っ…コーチ! なら…俺も一緒にお願いします!
次ももし駄目だったら、俺も一緒に降格する。だから…もう一度アイツを使ってやってください!」
彼の懇願に、コーチは根負けした。
ただし、もし駄目だった場合は青峰君もろとも降格の条件付きで。
私は黒子君が青峰君に財布を渡し、話しているのを横目にコンビニに足を向けた。
「よう名前」
私は後ろから近付く駆け足の音に振り向く。
『青峰君もコンビニ行くの?』
「おう。持たされたさつきの弁当が酷くてよー」
『そっか。ご愁傷さま』
「ったく…っ、他人事だと思ってよ…」
青峰君は私と並んで歩幅を合わせた。
私は、さっきからずっと気になっていた事を訊いてみる。
『青峰君、さっきの…って黒子の事だよね?』
「何だ、見てたのか」
『うん、考えていたから。何で黒子が上手く出来ないんだろう?って。緊張してたからだけじゃない様な…」
「テツの技はテスト以外では、実戦で使うのは初めてだよな」
『練習では上手く行ってたんだよね?』
「そーいや、テツの技を入れた練習はしてねーな」
『えっ!? してないの!? 事前に調整しといた方が良かったんじゃ…?』
「テストで上手くいったらしいから、そこまで考えてなかったんじゃね?
それよりも実戦で使える位には体力付ける方が先だしな」
『青峰君は…さっきの試合でどう思った?』
青峰君は考え込んだ。
「うーん…何か噛み合ってねーんだよな。成功させなきゃアレは、ただ足引っ張ってるだけだからな。おめーから見てはどう思うよ?」
私は口に手を当てて、さっきの試合の一部を脳内再生した。
『…ミスが多過ぎる…と思う。緊張して視野が狭くなって、常に変化する周りを認識出来ないのか…それとも』
「パスの出し方もなー…俺の動いた後に出して来たり、遅すぎて逆に肘にぶつかったり」
『……! それって…!?』
私と青峰君がピタリと足を止める。
「『タイミングが合わない!?』」
私と青峰君の声がハモる。
『そーいや、ミスディレクションの効果もあまり…効いてなかったねー』
「ミス何とかって目立たない様にする技だろ? 最初に目一杯目立っちまったのが敗因じゃね?」
『…あれはなー…さすがに無いわー』
青峰君は思い出し笑いをして、私の頭をクシャクシャと撫でる。
「おめーが言えた事かよ!? 改札でドジったのは、どこの誰かさんだっけな?」
『言わないでー』
コンビニで、私は希望の飲み物をゲットした。
その時、お汁粉缶が目に付いた。
…そう言えば、あそこの自販機にお汁粉は無かったなぁ。
私はお汁粉缶も籠に入れて、一緒にレジに持って行った。
「何だよ、おめーも汁粉飲むんか?」
『私じゃなくて、緑間君にあげようと思って』
それを聞いた青峰君は顔を顰めた。
会計を済ませた私の袋から、彼は勝手にお汁粉缶を取り出す。
「じゃあ、これは俺が貰っておくわ」
『何でよ!?』
「何でって、そりゃおめー…緑間だけが良い思いするのは不公平だからな!」
『青峰君は別にお汁粉は要らないでしょ!?』
「たった今、飲みたくなったぜ」
彼は高々とお汁粉缶を上に掲げるので、私は手を伸ばしても届かない。
とうとう私は諦めて、もう一本のお汁粉を買う破目になった。
戻った私は、早速緑間君を呼び止め、お汁粉缶を渡す。
『はい、差し入れー♪ コンビニ行ったついでに買って来たよ。そこの自販機にはなかったでしょ?』
「俺の為にわざわざ…? ありがたいのだよ、苗字」
緑間君は嬉しそうに缶の蓋を開けて飲み始める。
やっぱり買って来て良かった…
その時、青峰君がお汁粉缶を振り、大声で私を呼んだ。
「名前ーっ! これサンキューな!!」
「…! 青峰にもやったのか…?」
後ろからでも緑間君の機嫌が急降下したのが分かり、私は慌てて振り向く。
『いや、やったと言う訳じゃ…』
青峰君は私の肩に肘を置き、お汁粉を一口飲んだ。
「しかしこれ、甘めーな! 緑間おめー、よくこんな甘ったるいの飲むよな!」
緑間君は顔を顰めて反論する。
「お前の飲んでるコーラに比べれば、断然健康的なのだよ! そもそも小豆の成分はな…」
青峰君は、ぞんざいに私にお汁粉を押し付けた。
「はいはい。名前、残りはおめーにやるわ」
『何なの、もう』
だったら余分に買わせるなよ。…小豆は好きだから良いけど。
私が飲もうと口を近付けたら、それは緑間君に奪われた。
『…!??』
「それは俺が貰う。苗字には代わりにこれをやるのだよ」
私の手には、緑間君にあげた筈のお汁粉が渡された。
…確かにまだ半分位は残っている。でも何なの…? この状況……?
私が戸惑っていたら、今度は、そのお汁粉を青峰君がひったくって一気に喉に流し込んだ。
「青峰っ!!」
「悪りー、やっぱ急に飲みたくなったわw」
二人は私を挟んで睨み合った。
これはもしや"私の為に喧嘩はしないで"ってヤツだろーか? でも何でお汁粉で勃発する?…意味が分からない。
その時、紫原君がやって来た。
彼は全く空気を読まず、のんびりとポッキーを取り出した。
「ねーねー綽名ちん、口開けてー」
『…は?』
「あーん。早くー」
紫原君にせっつかれ、どうしていいのか分からなくなった私は、仕方なく口を開ける。
「はい、ポッキーあげるー」
ポッキーを一本、口に突っ込まれた。
「そのまま咥えててー」
『…ん』
「はむっ」
…ん? ちょっと待てよ。何で紫原君が私の咥えたポッキーの反対側を同じ様に咥えてるの?
つか、顔近いんだけど!!??
「ん〜」
紫原君の顔が徐々に近付いて来る。いやいや不味いだろ、このままじゃ…
私は状況の変化に頭が追い付かず、固まったまま動けなかった。
不意に目の前で手刀が振り下ろされ、軽い音を立ててポッキーが折れた。
と同時に、後ろに強い力で引かれて、私と紫原君は引き離された。
紫原君は不満気に顔を顰めた。
「二人共ー何すんのー?」
「それはこちらの台詞なのだよ! 不埒な真似をするな紫原!」
「紫原、どさくさに紛れて名前に手ぇ出してんじゃねーよ!!」
手刀の主は青峰君、私を引き戻したのは緑間君だった。
緑間君と青峰君は私の前に立ちはだかり、タッグを組んで紫原君を睨み付けた。
『…青峰君、そろそろ食べないと間に合わないよ?』
「やべっ!」
私と青峰君は、緑間君と紫原君が睨み合う中、慌てて食事を始めた。
※※※
休み時間が終わり、そろそろ午後の試合が始まる。
虹村先輩が灰崎君を連れて来た。
灰崎君はボコボコに顔を腫らしていた。
ゲーセンで遊んでいるのが見つかり、連れて来られたらしい。
試合前半は灰崎君が出て、黒子君は後半から出ると告げられた。
帝光レギュラー達も、さすがにほぼ交代無しの二試合目では動きが鈍くなった。
新たに入れた灰崎君も動きが鈍い。
前半はギリギリ二点差で帝光がリードして終わった。
コーチが黒子君を入れる事だけを告げ、黒子君が立ち上がる。
私は青峰君と話した事を黒子君に告げようと近寄った。
しかし、その機先を制するかの様に、赤司君が黒子君に声をかけた。
赤司君の端的なアドバイスは的を得たものだった。
この年にして、恐ろしい程の分析力。
彼は、この結論を恐らく一人で出したのだろう。
私が、ずっと二人を見つめていたら、赤司君と目が合った。
赤司君の真紅の瞳は私を捉えた。
彼は私の心を読んだかの様に、目を細め軽く頷く。
ふと視線を別方向から感じてコートに目をやると、緑間君と青峰君が私を見ていた。
彼等は、それぞれ顔を曇らせている。
私はにこりと笑うと、エールの意を込めて彼等に手を振った。
それからの黒子君は明らかに変わった。
どこか分からない所からパスが飛んでくるバスケに、選手も観客も度胆を抜かれた。
帝光中学校は原西中に大差を付けて勝利した。
そして―帝光の幻の6人目の伝説が始まる。