銀色の鎖
私は左手首を手錠で繋がれているので、必然的に緑間君の右隣に座る事になった。
『…緑間君が左ききなのは丁度良かったけど…』
「ラッキーアイテムで繋がった者同士なのだよ」
青峰君は顔を引き攣らせている。
「その気持ち悪りー言い方は止めろよな!」
黒子君は私と緑間君にお茶を淹れて持って来てくれた。
私は黒子君に礼を言い、右隣の青峰君を見上げた。
「マネージャーって事は、桃井さん達は?」
「今日はおめーだけだぜ。さつきは和泉達と食べてるからな」
「桃井には既に必要な事は伝達してある。苗字と黒子は一軍に入ってまだ日が浅い。
だから一年同士で交流をしようと思ってね。…まさか手錠で繋がれて来るとは思わなかったが」
赤司君は苦笑した。そして一転して真面目な表情になり、全員を見渡して厳かに告げる。
「既に知っている者もいるが、あの時は全員いた訳ではないので、改めて通告しておこう。
今度の上位十校の非公式の交流戦は、帝光は一年のみで戦う事になった。
そして―黒子、君にもシックスマンとして出て貰う」
青峰君は目を輝かし、黒子君の肩をバンバンと叩いた。私もエールを送る。
「やったなテツ!!」
『来たー!! 頑張ってね黒子!』
「…………」
アレ…?
私は黒子君に目をやった。私は彼の目の前で手を振ってみた。
『…固まってね?』
「おーいテツ!?」
「…先が思いやられるのだよ」
緑間君は溜息を吐いた。
「黒子だけではないよ」
その時、赤司君の柔らかな声が周囲を圧した。
「苗字にも帯同マネージャーとして出て貰う。よろしく頼むよ」
……は?
今度は私が固まった。
一通りの伝達が済んだ所で、皆で食事を始めた。
赤司君、紫原君、青峰君は食堂のメニュー、黒子君、緑間君、私はお弁当を持ち込んでいる。
「お、名前、それ美味そうだな!」
青峰君が私のお弁当に箸を伸ばそうとするが、緑間君が素早く手を叩いて牽制した。
「青峰! 行儀悪いのだよ…!!」
赤司君は興味深げに私のお弁当を見ていた。
「そのおかずは苗字の手作りかい? 以前、君が食べていた料理と似ているね」
『うん、あのホテルのキッシュが美味しかったから、真似してお弁当用に生地無しで作ってみたの』
…ん? 何だかいやに静かになったな…
「…は?…ホテル…?」
「どう言う事なのだよ…!?」
青峰君と緑間君の引き攣った声が聞こえる。私は失言を悟った。
「…赤ちん、綽名ちんとホテルでデートしたの〜? そんな仲だったんだー?」
「……まさかお二人が付き合ってる、だなんて…」
紫原君は他人事の様にのんびりと、黒子君は呆然と呟いていた。
ガタッ!
不意に隣で椅子を引く音と同時に、私の左手が持ち上がる。
緑間君は無言で食べ終わった弁当と荷物を持ち、席を立つ。
まだ手錠で繋がれたままなので、私まで必然的に立つ事になった。
そして、そのまま引き摺られる様に歩かされる。
『み、緑間君?』
彼から苛立ちのオーラが漂って来る。私は怖々声をかけるが、彼からの応えは無かった。
唖然としたバスケ部の面々を放ったまま、私は仕方なく食堂を出た。
緑間君は私を振り返る事無く、どんどんと歩いて行く。
…どうしよう…? 怒らせた?
私が手錠を少し引いても、彼の足を止める事は出来なかった。
階段を上り、音楽室に着いて、彼はドアを開けた。
私は無言で促されるままに、椅子に腰かけた。
緑間君は身を返し、屈んで私の座っている椅子の背の両端を掴んだ。
『あの…っ、ひっ!?』
「…さっきの赤司との発言、説明してもらおうか?」
鋭い視線と低く怒りを含んだ声に、私は思わず身を縮込まらせた。
手首には手錠、左右は緑間君の腕に挟まれ、椅子に背を預けた私に逃げ場は無かった。
「…赤司と…その、付き合っている…のか?」
『つ、付き合ってなんていないよ!』
緑間君、近いよ…!!
彼が屈んでいるので、見上げると以前の下駄箱での時よりも顔が近い。
私の心拍数が否応無しに上昇して行く。
「それならホ…ホテルとは一体…?」
『一緒に食事なら…した、けど』
「なっ…!?」
『でも別にデートとかではないよ? 偶然会ったから、一緒に食事しただけ…!』
しかし、それを聞いた彼は鋭く目を光らせた。
「偶然…で中学生同士でホテルだと? そんな偶然など滅多にあるものではないのだよ!」
緑間君の追及に、私は諦めて白状した。
全く彼は、鈍いのか鋭いのか分からない。
『…実は赤司グルーブの創立記念パーティーでの話だったんだけど…』
「……成程。親絡みか」
『連れて来たのは親だけど、その時は本当に偶々テラス席で会って…』
って、何で私は緑間君の彼女でもないのに、一々言い訳しなきゃならないの!?
浮気した訳でもないのに…!!
その時、私のお腹が軽い音を立てて鳴いた。
…そう言えば、食事が途中までだった、と今更ながらに気が付いた。
『…お腹空いた』
私の台詞にぎょっとした緑間君は、慌てて手を離し身体を引いた。
と同時に、ポケットに入れっ放しにしていた携帯が鳴る。
青峰君からと確認した私は通話をonにした。
『はい』
《おー名前、弁当ごっそさん!》
『……は?』
私は一瞬、意味が分からずに聞き返す。
《おめーの作った弁当、美味かったわ!》
『ちょ、もしかして食べちゃったの!?』
《いつまでも戻ってこねーからな。あまりにも美味そうだったんで、俺と紫原で食っちまったわ。悪りーな!!》
《…すみません、僕と赤司君は止めたのですけど…!》
…信じられない。
私は携帯を切って頭を抱えた。
「どうした!?苗字!!??」
『…青峰君と紫原君にお昼、食べられた…』
「なっ…!! アイツ等…っ!!!」
緑間君は私を立たせた。
「苗字、行くぞ!!」
私はぼんやりと聞き返す。
『どこに?』
「お前の昼食を調達しに行かねばなるまい」
私は音楽室を出つつ時間を確認する。
『でも後15分位で昼休み終わるよ? 流石に購買も食堂も残ってないんじゃないかなー?』
手錠も外して貰わなければならないし、と言うと、緑間君は明らかに狼狽え出した。
「す、済まなかったのだよ…!」
緑間君は、あたふたと謝り始めたが、私は受ける元気も無かった。
…正直、昼無しで放課後の部活まで熟せる気がしない。
「苗字さん」
『わっ!?』
「く、黒子…っ!?」
音楽室の外の廊下に黒子君が立っていた。彼は私の空の弁当箱を持っていた。
…念の為に中を確認したら、綺麗さっぱりと無くなっていた。分かってはいたけど脱力する。
「苗字さん。これ、どうぞ。僕からの差し入れです」
私は彼が差し出した袋を開けてみて驚いた。そこには立派なバゲットサンドが入っていた。
『何これ!? こんな立派なサンドイッチここで売ってたっけ!?』
「高級黒毛和牛のパストラミビーフとモッツアレラチーズの三大珍味(キャビア・フォアグラ・トリュフ)乗せサンドイッチです。食堂に頼んで特別に作って貰いました」
何だかどこかで聞いた様な聞かなかった様な。つか、よく材料があったな。…まさか賄いって事はあるまいな?
「黒子。それは不自然なのだよ」
緑間君は眼鏡をチャキッと上げた。
「緑間君」
「その原材料を見るに、それなりに値の張る物と見えるが…それは黒子が一人で出したのか?」
黒子君は緑間君の追及に暫く黙ると、仕方なしに息を吐いた。
「…緑間君は時々アホみたいに鈍いのに、偶に鋭い事を言いますね」
「アホと偶に、は余計だろう…!!」
「出したのは、僕と赤司君です。赤司君には口止めされていました。
ああ苗字さん、後で青峰君と紫原君からきっちり徴収しますので、お代は無用です」
『ごめんね、ありがとう黒子。後で赤司君にもお礼言わなきゃね』
「…っ、俺からも出すのだよ…!」
※※※
時間が迫っているので、私は緑間君のクラスで食事をする事にした。
緑間君の席の隣に腰かけ、例のパンを一口食べてみる。
えぐい程乗せ過ぎと思っていたが…意外にも美味しい。
『…美味しい…!』
緑間君は軽く目を瞠ると、ふいと顔を背けた。
「…っ、そうなのか? 良かったな」
『緑間君も一口食べてみる?』
「要らん」
『…そっかー…こんなに美味しいのになー』
残念!と、顔を綻ばせながらまた一口齧る。
彼はチラッと横目で私を見た。
「…そんなに美味いか?」
『うん。幸せ〜』
緑間君は、こちらに顔を向けてじっと見た。
私は、にこにこしながら彼にパンを差し出す。
『食べてみなよ?』
「…良いのか? …なら一口貰うのだよ」
また断られると思っていたが、緑間君はパンを受け取り齧った。
しかし、私は自分の齧った方の反対側から差し出したのに、彼はひょいと返すと同じ場所を齧り出した。
『……!??』
「確かに美味いのだよ。ご馳走様でした」
彼はフッと柔らかく微笑んだ。
これ…って…まさか間接k…!??
私は暫し固まっていたが、彼が「食べないのか?」と促して来たので慌てて続きを食べ出した。
青峰君と言い、緑間君と言い…彼等はこう言うのは意識しないんだろうか?
…もしかして…意識してるのって、私だけ!?
私は頬が熱くなっているのに気が付かない振りをした。
『…で、手錠はいつ外してくれるの? もうすぐ予鈴が鳴るけど』
「それが…まだ見付からないのだよ」
『えーっっ!?』
「仕方ないから続きの授業はここで受けろ。見付けるまでに、まだ時間が必要なのだよ」
何でそうなるんだよ!?
『そ、それは困るよ…!!』
「五時間目と六時間目の科目は、お前のクラスと逆になるだけで同じ筈だ。教科書位は見せてやれるのだよ」
『そう言う問題じゃない…!!』
「では、どうしろと!?」
緑間君がムッと顔を顰めたが、私にはのっぴきならない事情があった。
彼を教室から人目のない廊下の片隅まで連れて行く。
私は彼に屈んで貰うと、そっと耳打ちした。
『…お手洗いに行きたいの!』
「なっ…!!??」
彼は真っ赤になった。
「…………」
彼は諦めた様に溜息を吐くと、懐から銀色の小さな鍵を取り出した。
『ちょ…!? それって…!!??』
「手錠の鍵なのだよ。…じっとしてろ」
彼はあっさりと手錠の鍵を外した。
『…もしかして、見付からないと言うのは…?』
「嘘だ。俺はそんな手抜かりはしないのだよ」
『何で…!?』
緑間君は頭をぺこりと下げ、謝罪した。
「すまない。…俺は…お前を困らせてばかりいるな」
『…どうしてそんな嘘を?』
「それは…俺の我儘なのだよ。少しでも…苗字と二人きりで一緒に居る口実が欲しかった。下手したら今日の昼は、奴等との時間で全て潰れてしまうかもしれなかったからな」
『…っ!?』
私は彼の、あまりのどストレートさに思わず俯いてしまった。
何でこの人はこう…いきなりど真ん中を撃ち抜くんだ…!??
自覚無し故の破壊力たるや、凄まじいの一言である。
「…苗字…? 怒ったのか?」
照れて俯いたまま顔を上げられない私に、緑間君はそっと声をかける。
私は、ゆっくりと首を横に振った。
『…怒れないよ』
「苗字…?」
私は彼の手を取り、顔を見上げて、はにかみながら微笑んだ。
『…ありがとう。緑間君の気持ちが嬉しい。
二人きりの時間が取れるかは分からないけど、私は傍に居るから…今はそれしか出来ないけど』
緑間君も私の目を見つめ、綺麗な微笑みを返した。
「十分だ。苗字が俺の元にいてくれるなら、手錠など要らないのだよ」