If-帝光編(二年)


雷鳴は未だ遠く


二年に進級した初登校日。

『うーん…見えない』

クラス分け表を貼ってある掲示板の前は黒山の人だかりで、どんなに伸びあがっても見る事が出来なかった。
私はやむなく人だかりに突進し、人混みを掻き分けて入ろうとするが、人の圧力にあっさり弾かれてしまった。

…仕方ない。もう少し空いてからにするか。

私が溜息を吐いた時、頭上からのんびりとした声が降って来た。

「何してんのー? 綽名ちん」
『おお紫の。丁度良かった。私、背が低くて見えないから自分のクラスが分からなくて』
「じゃあ、見える様にしてあげる〜」
『えっ!? ぎゃあ!?』

私は紫原君に軽々と担ぎ上げられ、肩車されてる状態になった。
いや…確かによく見えますけども!

彼は、のっしのっしと人垣を掻き分ける。
背の高い紫原君の上に女子生徒が乗っている異様さに、ドン引きした人達が次々と道を開けてくれた。

「おい、何してんだ? 紫原」
「苗字を下ろすのだよ…!」

現れた青峰君と緑間君に、紫原君は顔を顰める。

「えー…だって綽名ちんが見えないって言うから〜」
「それなら問題ない。苗字は俺達と同じクラスなのだよ」

私は首を傾げた。"俺達"…?

青峰君は、にっと口の両端を釣り上げ、緑間君は生真面目に眼鏡のブリッジを上げた。

「つー訳だ。よろしくな名前!」
『えええええ…?』
「宜しく、なのだよ」

私は紫原君に肩車されながら溜息を吐き、空を仰いだ。

※※※

私達は連れだって二年の教室に入った。
取り敢えず好きな場所に座る様にと指示され、適当な場所に腰を下ろした。

そして…当たり前の様に私の前の席に青峰君が、隣の席に緑間君が腰を下ろした。
何だか挟まれてますけど私!?

『あの青峰君。…私、背が低いから青峰君が前だと見えないよ…?』

私の懸念に、青峰君は事も無げに言い放つ。
「ああ心配ねーよ名前。俺は授業中は寝てっからよ」

こうやってよ、と彼は机に突っ伏した。
確かにそれなら良く見える様になるが…それもどうなの……?

「でも別に今は眠くねーわ」
『…そう』
「おお」

そう言って、彼は何故か後ろ向きに椅子を跨いで座る。

『…………?』
「…………」

私は、ちらりと顔を上げた。
青峰君は、椅子の背に顎を乗せて後ろ向きに座っている。
パチリと互いの視線がかち合った。

な、何だか凄く心臓に悪いんですけど!? 何なのこの体勢!?

『何で後ろ向いてるの!?』
「あ? 俺がどこ向こうが俺の勝手だろ」
『前向く度に、一々ガングロがガン付けてくるから気が散る!』
「俺のイケメン面を無料サービスしてやってんだ。ありがたく思え」
『自分で言うか!?』
「ちゃんと前を向くのだよ、青峰!」

あ、緑間君が割り込んで来た。青峰君は鼻の上に皺を寄せて顔を顰めた。

「うるせー緑間! ケツはちゃんと前向けてっから文句ねーだろがw」
「大ありなのだよ! 尻に目でも付いているのかお前は!?」
「どーせ黒板に面向けても理解出来ねーんなら一緒だろ。なら名前を見てる方が良いわ」

な、と青峰君は同意を求めつつ、私の頭を軽く撫でた。

清々しいまでに授業受ける気がないのか、こいつは。
つか、恥ずかしいからやめて…

「開き直るな! …それに苗字が迷惑だろう」
「俺の後ろに名前がいるから仕方ねーだろ。名前、嫌なら俺と席交換しよーぜ?」

私は少し考えて彼の提案を却下する。

『…え、やだ。前に移ったら後ろからちょっかいかけられそう』
「よく分かってんじゃねーかww」
『図星かよ。つかすんな!』

とんだ二年の始まりだ。私は溜息を吐いた。


結果からすると、青峰君は前からでも、ちょっかいはかけてきた。
流石に厳しい先生の授業中は控えてくれてるけど、今回みたいな自習時間は必ず後ろを向いて来る。

でも今は…

私は前を見て、軽く溜息を吐いた。

「zzzzzz…」

青峰君はこっちを向いたまま、目を閉じて眠ってしまっていた。
……何だか少し可愛い。

彼が目を閉じて、組んだ腕に顔を埋めて眠る様は、いつもの彼より幼く見えた。
猛獣の子供が眠っている感じに思えて、私は人知れず頬を緩めてしまう。

私は、そうっと手を伸ばして彼の頭を撫でる。
ゆっくりと指を彼の髪に梳く様に滑らすと、彼は甘える様に頭を傾け頬を摺り寄せて来た。

何これ。可愛過ぎか。

「苗字」

私の撫でている手を、隣の緑間君が不意に掴み、強引に引き寄せた。
私は危うく体勢を崩しかけて踏み止まった。

『っ!? 緑間君?』

緑間君は眉間に皺を寄せ、私を鋭い瞳でじっと見た。

「このままでは苗字は授業に専念出来ないのだよ。俺と席を換われ」
『…え、でも』
「換わるのだよ!」
『…はい』

彼に気圧されて、私はつい頷いてしまった。
でも、確かに緑間君の言葉は一理ある。
これから青峰君の顔をアップで見ながら、ずっと授業に集中出来る自信はない。

私は青峰君を起こさない様に、静かに席を立った。

緑間君も静かに席を立ち、其々の持ち物を交換する。
今日の蟹座のラッキーアイテムも、彼はいつもの様に持っていた。

…でもそれ、机の上にそのまま載せるのはどうかと思うなぁ。


「…んっ…名前…?」

青峰君が目を覚ました。
目覚める時の掠れ声がやけに色っぽい。

彼はゆっくりと薄目を開けて― 次の瞬間、カッと目を見開き、大声で悲鳴を上げた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっっ!!!!!」

教室中の騒めきが静まり、何事かとクラスメイト達の視線が一斉に集中する。

青峰君が目覚めて始めに目にした光景は、交換した緑間君の机だった。

その机の上には、黒いロン毛の鬘が、そのまま青峰君の目の前に置かれていた。
どう見ても軽くホラーである。

机から所々黒い髪が長く垂れ下がっている様は、シュールを通り越している。
おは朝は、相変わらず飛ばしているなぁ…

緑間君は煩わし気に顔を顰めた。青峰君は目に薄らと涙を浮かべている。

「一々煩い」
「緑間っ!! こんな不気味なモン俺の目の前に置くんじゃねーよ!! 心臓止まるかと思ったじゃねーか!!」
「不気味とは何だ! これは蟹座のラッキーアイテムなのだよ! …それに」

緑間君はフンと鼻で笑うと、眼鏡のブリッジを指で押さえた。

「お前の心臓は剛毛が密生しているし、そう簡単には止まらん。安心しろ」
「それより、おめーら! 俺に何の断りも無く、いつの間に席換えやがった!?」
『だって青峰君が一々こっち向くから』
「苗字の気が散るからな」
「…チッ、わーったよ。前向きゃいいんだろ!」

ありゃ、青峰君が拗ねて前に向き直って、ふて寝してしまった。
私は苦笑いした。

『ねぇ緑間君。そのラッキーアイテム…は良いけど、もう少し置き方を変えない?』
「…む? 置き方とは、どうすればいいのだ?」

私もそれを見る度にぎょっとしてしまい、正直心臓に悪い。

『そうだなぁ。せめてウィッグの台とかあれば良いんだけどねー』

でもここは学校だ。美容院とかブティックならともかく…被服準備室にあれば良いけど。
私の提案に、暫く考え込んでいた緑間君は軽く頷いた。

「心当たりならあるのだよ。次の休み時間に調達して来る」


緑間君が鬘の台になる物を持って来て、それに鬘を被せた。
それは私が思った物とは近いけど…少し異なる代物だった。
それでも、机の上に直置きよりはずっとマシだと思うから、まぁいいか。


青峰君は早弁をしながらジュースを飲んでいた。マイペースな男だ。

「なぁ緑間…ブーーーッ!!!」

青峰君が出し抜けに振り向き、威勢よくジュースを吹き出した。
緑間君はカンカンに怒っている。

「青峰っ!! 俺のラッキーアイテムがジュース塗れなのだよ!!」
「俺のせいかよ!? そんなモンに鬘載っけるから、思わず吹いちまったじゃねーか!!」

確かに…美術のデッサン用の石膏胸像を持って来るとは、ちょっと意外だったかも。
しかも緑間君が選んだのは、よりによってゴリラ顔のアグリッパ像。何故だ。

そのアグリッパはウイッグ共々見事にジュースに塗れている。
しかもそれがトマトジュースでは、どう見てもスプラッタである。

「苗字が不気味がるから、台に設置してやったのだよ!」

余計に不気味になったけどな! 半分は青峰君のせいだけど。

「なら、せめて女の像にしろよな! まだその方がマシだろ!?」
「…女性像は出来ん」
『何で?』

緑間君は苦虫を噛み潰した様な表情になり、渋々口を開いた。

「…女の像は…その、青峰が胸に悪戯するからなのだよっ!!」

…やりそう…私はつい、うんうんと頷いてしまう。

「なっ…!? 緑間テメー!」
青峰君は絶句するなり、拳をぶるぶると震わせた。

「…っ、何故分かった!?」

そこは否定しろよ、おい。

※※※

『…はぁ』

昼休み、青峰君は購買でパンを買うついでに黒子君を拉致って来た。
そして私、緑間君、青峰君、黒子君でお昼を食べたけど、大騒ぎだった。

緑間君は、トマトジュースを浴びた鬘付きトルソーを綺麗に洗い流して拭き、ドライヤーで乾かすのは私も手伝った。
ちなみにドライヤーは演劇部の女子から借りた物だ。
ただ長いロン毛では芸がないから、三つ編みにしてリボンで飾ってみた。わぁ不気味。

それを机の上にどんと置いたものだから、黒子君はドン引くわ、青峰君はオカマ邪魔とか言い出し、緑間君が反論するわで、
クラスの連中から遠巻きで引かれた中での昼食となったのであった。

…黒子君は目立たないから良いけど、私まで彼等と同類項と見られていたらどうしよう…?
二年早々から頭痛い。

私は自販機で飲み物を買い、踵を返した時に声が聞こえた。

「…あ、母さん。親父の見舞い…着替え持って行くんだろ? 今日は部活ねーから俺が行こうか?」

……ん?

柱の陰で電話していたのは、虹村先輩だった。

…見舞い? 着替え…?

私はふと足を止めて彼を凝視した。
彼のお父さん…入院でもしているのかな。

「…お?」

彼は通話を終えて電話を切り、私がぼうっと見ていたのに気付いた。

『―あっ、こんにちは!』
「おう。もしかして、今の聞いてたんか?」
『聞くつもりでは…すみません。あの』

私の返事を聞き、彼は軽く舌打ちした。
…どうしよう? この反応は、もしかしなくても…

『…今聞いた話は口外無用…ですよね?』

私が恐る恐る口を開くと、虹村先輩はフッと息を吐き、軽く口を歪めた。

「察し良いな苗字。そうしてくれると助かるわ」
『…お父様、入院されてたんですか?』
「ああ。去年の春からな」
『…そう、ですか…』

私はそれ以上、何て言って良いのか分からず口を噤んだ。
虹村先輩はそんな私を見て苦笑した。

「おめー…そんな事まで一々気にすんじゃねーよ!」

彼は私の頭をグリグリ撫でる。地味に痛い。

『虹村先輩、痛いです』
「悪りぃ。俺、手加減苦手なんだわw」
『灰崎君を〆ているのと一緒にしないでください!』
「これでも女子相手だから一応手加減はしてるぞ。俺が本気で〆たら、この程度で済むと思うなよ?」

思えばこれが最初の不穏の兆しだったのかもしれない。
私は微かな不安を誤魔化す様に笑った。


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