If-帝光編(二年)


僕の為の


気が付いたらもう12月。
慌ただしい秋は駆け足で過ぎ去り、期末テストも終わり、もうすぐ冬休みに入る。

私は部活終わって片付けをしている時に赤司君に声をかけられた。

「お疲れ様、名前」
『お疲れ様です』
「次の日曜日だが、予定とかあるかな?」
『いえ…特には』
「悪いんだけど、部の買い物に付き合ってくれないか?」
『赤司君と?』

私は首を傾げた。
普段の部活の買い物は大体私達マネージャーの仕事だ。

「駄目かい?」
『いえ…そう言う訳では。キャプテン直々に休みの日を使う程の買い物なのかなと思いまして』
「いつもの備品だけではなく、他にも直接吟味をしたいんだ。君の意見も聞きたい」
『分かりました。そう言う事なら』
「助かるよ。では日曜日はよろしく」

赤司君とのやり取りは正直緊張してしまうけど、最近はあまり無理強いもなく淡々としていたので、軽い気持ちで受けてしまった。
彼直々に休みを潰してまでの買い物って余程大物か重要な物なのかな?

…そう言えば、明日って赤司君の誕生日…だった様な?

例の事件の後、もう皆で集まって誕生日祝いとかしなくなっていた。
もう仲良しこよし…ではいられないけど…寂しいな。

10月の紫原君の誕生日は、私もお菓子一応用意したんだけど、本人がさっさと帰宅してしまった。
結局後日渡したけど。
それからその手のイベント自体が無くなってしまった。


帰宅した私は自室のアイスフラワーに目をやった。
半年経っても、変わらない美しさを湛えている。
あの時から人工的に時を止めた花…

もうあの楽しかった時は戻っては来ない。

これ…赤司君からの私の誕生日祝いだったんだよな…

赤司君は、きっと沢山誕生日祝い貰うんだろうな…
赤司家でパーティーとかやるのかな?
でもその当日は部活の買い物って、真面目だけど良いのかな?

貰いっ放しとか…悪いよね、やっぱり。
こんな立派な物に見合う程のプレゼントを用意するのは無理だよなぁ。
そりゃ親に協力して貰えば何とかはなるだろうけど、それは絶対に嫌だ。

私の出来る範囲で…祝えたら良いんだけど。

※※※

『行って来ます!』

私は部の買い物がある、とだけ告げて外出した。
誰と、なんて口が裂けても言える訳がない。

いや…でも二人きりとは限らないよね?
特に聞いてはいないけど、他にもマネージャーとかいるし。
さつきちゃん辺りも一緒かな?

赤司君は私の家まで迎えに来る、と言ったのだが、私は丁重にお断りした。
そんな状況、母が聞いたら狂喜乱舞だ。冗談ではない。

私達は駅前広場で待ち合わせしていた。
繁華街を擁する大きな駅の広場は、中央にクリスマスツリーが飾られ、植え込みにはイルミネーションの電球が被せられている。
周りの建物も全てがクリスマス仕様で、思い思いに飾られていた。

凄いなぁ。
まるで、街全体が赤司君の誕生日を祝っているみたいだ。

クリスマス近くの日曜日は、人出が多い。
私は着いたのが少し早過ぎたみたいだ。

赤司君は時間はキッチリ守る人だ。
私は植え込みの縁に腰掛けて、ぼんやりと辺りを見渡した。

…忙しさにかまけていたけど、緑間君からの告白も返していないままだ。
このままでは良くないのは分かっている。

私は…いつまでこれを続けられるのだろう?
私は携帯を出して時間を確認した。…まだ約束の時間まで5分以上ある。

「可愛いね。君、一人?」
「俺達と遊びに行かね?」

…は?

私は顔を上げた。
気が付いたら軽薄そうな三人の男達に囲まれていた。

『すみません。今人待ち中なので、他を当たってくださいませんか?』
「ならそのお友達も一緒にさー」
『男性ですけど』
「またまた〜」
「でも実は女の子だったりしてー俺達も待たしてもらお」

『私は貴方達と遊びに行くつもりはありませんので、お引取り願えませんか?』
「そんなつれない事言わないでよ〜」

その男達の一人は無遠慮に私に手を伸ばした。
だが、その手が私に届く事はなかった。

その男は独りでに体勢を崩し、倒れ込んだ。

「!??」

「汚い手を彼女にかけるな」
「何だてめぇ!」

男達の背後に赤司君が立っていた。
赤司君はただ立っていただけだが、オッドアイを光らせ尋常ならざる殺気を纏わせていた。

「…うっ!? この…っ!!」
襲い掛かろうとした男の膝が沈んだ。

「僕を見下ろす事は許さない」
「何だ、コイツは!?」
『危ないっ! 後ろ!!』

一人の男が背後から赤司君に拳を振り上げたが、赤司君は素早く振り向くと空を切らせ、その拳の手を軽く捻り上げた。

「痛たたたたっっっ!!! 放せっ!!」
「僕に命令するな、お前が平伏せ。僕に逆らう者は親でも殺す」

「…何だこいつ。…やべぇ」
「行こうぜ」

男達は這う這うの体で逃げ出した。

『…赤司君、ありがとう。大丈夫だった?』
「僕は大丈夫だ。君こそ大丈夫か?」
『はい、お陰様で』
「…だから君の家まで迎えに行こうかと言ったのに」
『それは…まさか絡まれるとか思ってなかったですし』

私服の赤司君は新鮮だ。
彼は白いコートにグレーのマフラーとチャコールのパンツに黒い靴と言うシンプルな服装だが、それが品良く似合っていた。

「では邪魔者も片付いた事だし行こうか」
『他の方達は?』
「?…僕と君の二人だけだが」

ふ、二人っきり!?
私は思わず顔を引き攣らせた。

「嫌かい?」
『いえ…ちょっと吃驚しただけです』
「最もSPは付いているから厳密には二人ではないが」
『SP…あの、さっき立ち回った時は他には…』
「あれ位なら彼等が出て来るまでもない。僕一人で十分だ」

どこにSPが!?

私が辺りを見回したら、彼が面白そうにくっと笑った。
「分からない様に一般人に紛れているよ。さあ行こうか」

※※※

…………
……………
………………あれ?

「これなんかは君に良く似合うと思うが」
『それ、凄く素敵ですね…でも私には少し大人っぽいかな?』
「試着してみたら良い。僕の目に狂いは無い」

ってか何故私はハイブランドの店を連れ回されているんだろう?
そして彼は何故かその内の何着かを会計しようとして…

『ちょっと待った!』
「何だ? 名前」
『それ、何で買おうとしているのですか?』
「僕の買い物だ。何を買おうと僕の自由だろう」
『普通はそうなのですが…この場合、私は関係ないのですよね? 赤司君が着用するなら構わないですが』
「何故僕が女物を? 大体君とはサイズが違う」

女物も似合いそう…とこっそり思っていたら、彼は怖い表情で睨んだ。
…え、まさか考えている事バレてる!?

『それに部活の買い物は…』
「ボール7号珠20個、デジタイマー、ラインテープ、マーカーコーン…学校から注文しておいた」
『えっ!?』
「そのまま外出して何も無しにするのもつまらないだろ」
『はぁ…では、赤司君自身の買い物は?』
「僕は…必要な物は全て揃っているからな。自分の為だけに買い物するのも面白くない。悪いが付き合ってくれ」
『いやあの』
「……」

赤司君の目が凄味を帯びた光を湛える。

『…す、すみません。お付き合いさせていただきます…?』

※※※

何とかさっきのハイブランドはお断りした。
うっかり貰いでもしたら後が怖い。

ただ一緒にウィンドーショッピングしたり何となく歩いているだけなのに、彼は妙に楽しそうに見える。
普通にクリスマス前の街の雰囲気を楽しんでいるみたいだ。

私は不意に足を止めた。

『ここ…良いですか?』

そこは楽器の専門店だった。

「どうぞ? 何を買うの?」
『ピアノの譜面を見たくて』

彼はくすくすと笑った。

「そう言えば、君と緑間で学祭で演奏していたね。君の格好には驚かされたが」
『……それは忘れてください…』

彼はあの時の赤司君とは別人格だが、記憶は共有しているんだな。

私は楽譜の場所をゆっくりと歩き回った。
幾つか目当ての楽譜を見付け、手に取り辺りを見回した。
が、周りには誰もいなかった。

あれ? 赤司君は…?

兎に角、手持ちの楽譜を会計しようとレジに向かうと、店の奥から典雅なヴァイオリンの音色が聞こえてきた。

ヴァイオリンを弾いているのは赤司君だった。
私は暫し声をかけるのを忘れてただ聴き入ってしまった。

その演奏は完璧、孤高の完成された美しい音。
やや危うさをも感じさせる微妙な揺らぎが、不思議な魅力を感じさせる。

もう一人の彼も同じ様にヴァイオリンを弾くのだろうか?
その音色は人格によって異なったりするのだろうか?

不意に音が途絶えた。

「会計は終わったのか?」
『まだ…だけど、赤司君ヴァイオリン弾くんだね』
「ただ待ってるのも暇なので試奏させて貰った。…そうだな、君も弾くかい?」

『えっ!? 私、ヴァイオリンは弾いた事ないよ?』
「ピアノだ」

彼は店員を呼び、近くに展示してあるピアノを開けさせた。

……えっと…これって、私も弾かなくてはいけない展開??

「曲は何が良いかい?」
『赤司君は?』
「大体弾けると思うから君に任せるよ」
『ではバッハのシチリアーノで』
「BMW1031?」
『はい』
「OK」

私が弾き出したら、彼も優美な音を寄り添わせた。
…何だか不思議な気分だ。
他人と合奏するのは緑間君以来。

ゆったりとしたテンポの美しく哀調を帯びた調べが店内を流れて行く。
今度は私のピアノが彼の音を引き立てる。

彼がどちらの赤司君なのか…今はそんな事は気にならなくなっていた。

演奏が終わり顔を上げたら、店員も他の客達もぼうっとした顔でこちらを見ていた。

赤司君はヴァイオリンを置き、優雅にお辞儀をした。
その時我に返った彼等は、私達に盛大な拍手を浴びせた。

※※※

楽器屋を出て暫く歩いた。

「疲れたかい? どこかで食事でもして休もうか?」

うーん…?確かにお腹も空いたし休みたいけど…何となく気分がカジュアルなんだよな…

『赤司君は?』
「僕はどっちでも大丈夫だが、少し空腹かな」
『なら、ちょっとやってみたいんだけど良いかな?』

私は近くのコンビニで肉まん二つと温かい飲み物を買って彼に渡す。
近くの大きな公園のベンチに並んで座った。

彼は珍しそうにそれを眺めた。

「ここで買い食いするとは思わなかったな」
『外じゃ寒いから、室内の方が良かった?』
「いや…今は日も出てるし暖かいから大丈夫だ。君のしたかった事ってこれなのか?」
『そう。学生らしいでしょ?』
「僕はあまりした事がない」
『やっぱりレアだったんだね』
「偶には…新鮮だ」

あ、そう言えばここの公園って。

『以前ね、ここの噴水で虹が出来るの緑間君に教えて貰った事がある。その日は私の誕生日で…』
「あの後こっちに来たのか。名前、緑間の事は随分嬉しそうに話すんだな」

赤司君が不機嫌な口調になった。
えーと…まさかこれって。
私は慌てて話題を変えた。

『そう言えば今日は、赤司君の誕生日だったんだよね? 誕生日おめでとう! ケーキ焼いたんだけど…』
「ケーキ?」
『うん、以前赤司君、私にアイスフラワーくれたでしょ? それとは比較にならない位ささやかで悪いんだけど』

その時、彼は紅と金色がかったオレンジ色の瞳を陰らせた。

「…名前、それは僕じゃない、以前のヤツだ。その理由なら貰う訳にはいかない」

うっ……!? 更に拙ったかも!?

気まずく口ごもった私は俯いた。
自分のデリカシーの無さを自覚して情けなくなる。

『…赤司君、ゴメン』

彼は黙って視線を遠くに投げた。
肉まんを食べる動作すらも優雅だ。

「……僕は、ヤツを守る為に生まれたんだ。僕の存在を望んだのはヤツだ。僕は勝ち続ける事でヤツを守る。
…それが出来なくなった時か、ヤツが僕を必要としなくなった時が…僕の消える時だ」

消える…?

「何を驚いているんだ、名前? 僕に消えてヤツに戻って欲しいんだろう?」
『何で…そんな事…』
「でも残念ながら暫くはないだろうね。僕に勝てる者はいない。ヤツは暫く戻る気も無さそうだし。いつかは…僕が消えるとしても、今じゃない」

公園の広場中央には、大きなクリスマスツリーが飾られていた。

赤司君の誕生日って、クリスマス前なんだよな…
ぼんやりと目の前の広場を眺めていたら、雪がちらちらと降って来た。

目の前の緑の円錐型のツリーがキラキラと光り、白い雪とのコントラストが美しい。

「ご馳走様、名前。さて雪が降って来たから移動しようか?」

私は頷いて立ち上がった。

※※※

並んで傘を差して街中を歩き、途中で目に付いた雑貨屋の前で思わず立ち止まった。

「どうしたんだい、名前?」
『ううん、ちょっとこれ、さっきの光景みたいだなって』

彼もショーウインドーを覗き込んだ。

「スノードームか」
『この中央にツリーの。赤い髪の男の子もいるね!? まるで赤司君みたい…って』

彼はさっさと雑貨屋のドアを開けて入って行った。

『赤司君!??』
「これ、お願いします」

彼はそのスノードームを購入していた。
そんなに気に入ったのかな?

更に丁寧にラッピングまでしてもらっていた。

「ありがとうございましたー!」

彼は店員の声を背にして、その包みを私に渡す。

『…は??』
「僕から君へのプレゼントだ」
『あの、でも…?』
「何だ名前、僕からのは受け取れないとでも?」
『いや、決してそんなんでは』

っつーか、何で私が今日誕生日の人から貰ってんの!? と言う話ですが!??

「さっきの景色そのままと言ったのは君だろう?」
『はい…?』
「それは僕と君の時間を閉じ込めた記憶だ。僕は忘れないから、君が持っているべきなんだ」
『あ、ありがとうございます…』
「僕が欲しいのは君だけだ。君の気持ちが欲しい」

いくら誕生日だからって、無茶ぶりにも程がある。
彼もそれは分かっているのか、困惑している私を見てクスクスと笑う。

「今はそのケーキを受け取っておくよ。いずれは君の気持ちを貰う」

※※※

帰宅して暫くしたら、赤司君からメールが入っていた。

「今日は僕の誕生日を祝ってくれてありがとう、将棋の駒型のケーキはデザートにいただいた。味も美味しかったよ」

私は彼に返信し、貰ったスノードームを取り出した。
ひっくり返してから戻すと、チラチラと雪が降り注ぐ。

普通なら、ツリーの元にいる赤いのはサンタクロースの筈だ。
でもそれは、どう見ても赤い髪に赤い目の少年で。

『…まるで赤司君みたい…』

彼は自分がいつか消える運命なのを受け入れているのか…?
そしてその時は昔の彼が戻る時なのか?

昔の彼が戻って欲しいと、そうなればきっと全て良くなると、私は望んでいる筈だった。…それなのに。

ポタリ。

ドームに水滴が一滴落ちて流れる。

何故…私、泣いているの?
私は指先で涙を拭った。

ドームの中の少年は雪を纏わせながら、外にいる私をずっと見上げていた。


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