If-帝光編(二年)


修学旅行(エピローグ)


その時、突如辺りを圧する声が響き渡った。

「名前、それを奴に渡すな」

『えっ!??』
「何だと!? うあっ…!!」

男の手から拳銃が弾き飛ばされたと同時に、その男は突如出現した数人の黒服の男達に押さえ付けられていた。

そして黒服の後ろから白地に赤い龍の着物姿の赤司君が悠然と現れた。

「赤司っ!?」

赤司君は辺りの全てを圧倒していた。
彼は私に優雅な所作で手を差し伸べた。

「名前、その赤烏を僕に渡せ」

その声に抗える術を持たない私は素直に彼に手渡した。
彼は会心の笑みを浮かべた。

「良い子だ」

そのままそれを傍に控えたSPに手渡す。
SPは暫く縫いぐるみを探っていたが、鋏を取り出し背中の一部の糸を切った。

『せーちゃんが…』
私の呟きに赤司君が反応する。

「僕がどうかしたのかい?」
『へ…?』
「せーちゃんとは赤烏の事なのだよ、赤司」
「それはそれは…僕と同じ名とは奇遇だね」

せーちゃん…せー…征十郎???

『あーーーっ!??』
「ンだよ、今頃気付いてやんのw」

誰が彼を"せーちゃん"と呼ぶのか…? お母さん? それとも…あの、お父さん…??
想像も出来ないんだけど。
この鳥せきちゃんにすれば良かったのかな…?

「征十郎様」
「これか」
「はい」

そのSPが取り出した物は小さなメモリーカードだった。

「ではそれを本社に」
「畏まりました」

「赤司、もしかしてそれは」
「ああ真太郎は気付いたか。そう、これは漏洩したうちの機密情報だ」
『ええっ!?』
「どうやら元社員が大金と引き換えに、外国のライバル会社に売り込むつもりだったらしい」
「確か京都支社での事件だったな」

京都…

「おめーんとこは修学旅行中の息子まで働かせんのかよ?」
「今回は偶々だよ。丁度良ければ何でも使う、そんな親だ」

うわぁ。

『…私はずっとそんな物を抱えてたのか…?』

赤司君は私にその赤烏を返した。
背中の一部に穴が開いてしまったが、繕えば目立たなくなりそうだ。

「ああ、お陰で助かった。君は良い目印になってたからね」
『目印って…』
「疑惑の社員の動向を追っていたら君に突き当たった。だから僕に連絡が来た。自由時間でもあったからグループから抜けて来た」

「そんでコスプレまでしてんのか?」
「ここまで来て何もしないのも芸が無いと思ってね。お前達もしてるじゃないか。折角だし記念写真でも撮ろうか?」
「別に何でもいいけどよ…」
「俺は構わん。ラッキーアイテムになるかもしれん」

緑間君、赤烏抱えた私、赤司君、青峰君の順に並んで黒服の部下の人にシャッターを切って貰った。

丁度その時、背後の堀から怪獣の咆哮が聞こえた。
撮れた写真に写っていたのは、コスプレした私達が並んでいる姿とその背後の怪獣と、頭の上に気絶して乗っていた、さっき青峰君が堀に蹴落した男。

確かにめっちゃ記念になるけど、とてもシュールな写真だ。

私は縫いぐるみをしげしげと眺めた。
見れば見る程…か、考えない方が良いかな?

…今度からはこれを"せきちゃん"と呼ぶ事にしよう。

そうひっそりと決心して振り向いたら含み笑った赤司君と目があった。

※※※

『…とんだ修学旅行になってしまった…』

やっと戻れたホテルの大部屋で、私は一人ぼやいていた。

「苗字さん、警察とか行ったって?」
「何かあったの?」
『ああ…私が変な連中に襲われたんで、助けてもらったんだけど』

誰に…とは言えない。

「何それ怖い! でも無事で良かった!」
『うん、何とかね』

あの後、警察で事情聴取されたが、赤司君のお父さん?の口利きで早くに開放された。

「でさー、苗字さんも行くよね」
『…は? 行くってどこへ?』
「決まりね!」
『おーい…』
「じゃ行くよ!」

私が事情も知らされずに半ば無理矢理連れて来られた所は、同じクラスの男子大部屋。

部屋は布団が敷かれ、数名の男子達が空いてる端に輪になって座っていた。

「おーい!」
「お、来た来た」
「お前らこっちこっち」

緑間君も同じ部屋にいたが、彼はその座に加わる事なく広縁の椅子に座って静かに本を読んでいた。
青峰君はいないみたい。

『な、何が始まるの…?』
「修学旅行と言えば定番でしょ?」

定番って…? どう見ても枕投げとかする様な雰囲気じゃないけど。

「怪談話だよ。なんちゃって百物語」
「百もねーけどw ローソクもねーし」
「だからなんちゃってなんだろ」

『え゛!? 話せるような怪談話なんてないよ!』
「なら聴いているだけでいいから」
『やだー怖いの苦手なのに!』
「だから良いんじゃんw」

雰囲気を盛り上げる為に彼等は部屋の電気を消した。
今の唯一の灯りは、緑間君のいる広縁の電灯のみ。
閉めた障子からは緑間君の影を包んだ柔らかい光が漏れていた。

〜中略〜

「で、その足音がドアの前で止まって、ドアノブをガチャガチャ回してて」
『ひ、ひぃ…!』
「鍵が外れてギィィィって…少し開いて。でも外は真っ暗で何も見えない」
「や、やだー」
「そこで後ろから突然…っ!!」

その時、突然後ろから私の肩に手を置かれ、私は悲鳴を上げた。

「ひひひw 良い反応♪」
『ちょっとー!』
「失礼するぞ」

私の肩に手を置いた男子と私の間に、突然緑間君が割り込んで来た。

「何だよ、お前今まで本読んでたろ」
「煩くて集中出来ないのだよ」
「何か怪談出来んの?緑間」
「実話ならな」
「実話ーーーっ!?? 緑間の超怖そうww」

「……第四体育館での噂話を知っているか?」
「あー…幽霊が出るっていうやつ?」
「青峰がな、聞いたのだよ。もう三軍の練習の終わった、誰もいない筈の体育館から、バッシュの音やスキール音を…」
「ゴクリ…」
「そこでヤツが意を決してドアを開けた…!」

ガラッ!!

同時にタイミング良く開いたドアの音に私達は悲鳴を上げた。

「何だよ、脅かすなよ!青峰!」
「…あ? 今隣の部屋に先公が来て追ん出されたんだ。しゃーねーだろ」

「先公来てんの? やべっ!! 女子隠れろ!」
「え、やだどこに!?」
「押し入れがあるだろ!」
「何か狭ーい! 色々入ってるし」

彼女等の後に続けて押し入れに入ろうとしたら、上も下も既に満杯になっていた。

「おい早くしろ苗字!」
『いやだってここ一杯で。…トイレは?』
「そっちは入口傍だから見付かるって! それに今青峰が入ったぞ!」

ど、どうしよう…??
広縁もすぐ見付かりそうだし、テーブルの下とか…?

私がおろおろしてたら、緑間君に腕を取られた。

「苗字、こっちだ!」
『…え?』

彼に連れられた場所は沢山敷かれた布団のうちの一枚だった。
そこに置かれていた縫いぐるみが誰の布団かを示しているがこれは…

私は一瞬躊躇ったが、彼は構わず私をその布団に引きずり込んだ。

『わっ!?』
「しっ、静かにしろ! 頭を下げろ、見付かるのだよ」

布団の中で私は彼にすっぽりと包まれる。
私は前から彼に抱き抱えられる形で布団に潜り込んでいた。

私の頭は彼の胸に押し付けられている。
彼の体温と匂いに包まれ、私の鼓動も早さを増していく。

「おう、全員いるか?」
「お、せんせー」
「また青峰か。早く入れ」
「うーす…」

先生が間一髪で入って来た。
端から確認するかの様に、少し歩いては止まる足音。
生徒達は静かに息を殺していた。

次第に足音が近付いて来ると、私を抱く彼の腕の力が強くなった。
速く打ち付けてくる彼の心音が私の耳に響いてくる。

足音が前まで来るとピタリと止まった。

「おい緑間」

先生の声に私の心臓が飛び跳ねた。

「はい」
「その…膨らみは何だ?」

見付かった!?

私は微かに肩を震わせたが、彼は安心させる様に軽く私の背中を撫でた。

「これは…明日のラッキーアイテムのジュゴンの縫いぐるみなのだよ」
「そんなでかいの持って来たのか!?」
「はい。大きい方が効果があるので」

彼は私の背中の縫いぐるみを少し引き出した。

「あー…分かった。そうだな、お前は真面目な生徒だし…縫いぐるみなら問題ない」
「ありがとうございます」

この背中のでかい縫いぐるみはジュゴンだったのか。…アザラシかと思った。

先生が去った後、私は漸く布団から顔を出した。
至近で見交わした彼の顔が赤い。
私も頬が熱くなっていた。

『あ、ありがとう。お陰で助かったよ…っ!?』

布団から出ようとしたら突然私の右脹脛に激痛が走った。

「…いや。見付かれば連帯責任だからな。…どうした?」
『痛っ!足が…っ…攣って立てない』
「こむら返りか」

私を心配したクラスメイト達が集まってきた。

「えー? 名前ちゃん、大丈夫?」
「お前等さっさと帰らねーとまた先公が来るぞ!」
『あの、私は大丈夫だから! すぐに行くから皆先に行って…』
「分かった。じゃ、先に行ってるね!」

緑間君が足をマッサージしてくれた。
いつもは私がマッサージしているけどされたのは初めてだ。
彼は大真面目に私の足を擦ったり、足首を動かしたりしている。

触られると…少しドキドキする。つか事態を弁えろ私!

「痛みは…どうだ?」
『まだ少し痛いけど…楽になって来たかも』
「足を手前に曲げて引っ張ってみろ」

漸く痛みが引いてきた。

『あ、痛みが消えてきた。ありがとう』

私もぐずぐずしていてはいけない。
皆の後を追い、私も部屋を出ようとしたら緑間君が付いて来た。

「部屋まで送って行くのだよ」
『え?』
「足を攣るのは癖になりやすい」
『…ありがとう』

そのホテルは増改築を繰り返しているので、内部はかなり迷いやすくなっている。
私は有難く彼の厚意に甘える事にした。

途中の薄暗い連絡階段で、彼は私に手を差し出した。

「足元に気を付けるのだよ。掴まるといい」

私の手が彼の手に包まれた。
彼の体温は先程の布団の中での出来事を思い出させた。
思い出すと恥ずかしくなり、まともに彼の顔が見れなくなる。
私は目を伏せ、彼の手をそっと握り返した。

部屋の近くまで戻った時、私は彼の手を離し向き合った。

『今日は大変な日だったけど、最後まで私、真太郎君に助けて貰いっ放しで…本当にありがとう』

彼は眼鏡のブリッジを指先で押さえた。

「本当にな。全くお前は…いつも世話の焼ける女なのだよ」
『うっ…ご、ご免…』
「お前に銃口が向けられた時、俺は生きた心地がしなかった」

突然私は彼に引き寄せられて強く抱き締められた。
彼の身体は小さく震えていた。

「何も考えられず、身体が勝手に動いたまでなのだよ…だがもう、あんな思いはしたくない。だから」
無茶はしないでくれ…

最後の言葉は囁く様に微かに聞こえた。

私はどれだけ彼を心配させてしまったんだろう?

『真太郎君…ごめんね』
「別に…謝って欲しい訳ではないのだよ。ただ、俺は」

その時、女子大部屋の扉が開く音がした。
と同時に、彼は弾かれた様に私から離れた。

「ではな。…おやすみ苗字」
『おやすみなさい、緑間君』

彼は素っ気無く背中を向けた。
でもその態度とは裏腹に、彼の耳は薄っすらと赤らんでいる。

私は部屋に入り、自分の布団に潜り込んだ。
布団は冷たかったけど、真太郎君の温もりがまだ自らの身体に残っている。
私はその温かさを抱き締め瞼を閉じた。


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