fixerからの贈り物
-高尾side-
「高尾君、当番出ないなら、せめて食べに来てよー」
「悪りぃ、午前中は練習あるから、午後からなっ!」
「絶対だよー!?」
「それ位の貢献はしなくちゃマズいっしょ? 美味いの頼むわ!」
またな!と、俺はクラスメイト達に手を振る。
うちのクラスはありきたりだけど喫茶店をやっている。
俺と真ちゃんは、特別に当番を免除されている。
…そういや名前ちゃんも何故か免除され、代りに美術部の部員がクラスに手伝いに来ている。
……美術部は当日は普通に当番やるだけで良い筈だから、何故だろう?と訝しく思った。
「そーいや名前ちゃんは、どこに行ったのか知んね?」
「美術部じゃない?」
「えー? 私、苗字さんをさっき講堂で見たよ? 被服部の…そうだ、黄瀬先輩と一緒にいたよ」
「……黄瀬?」
俺は聞き捨てならない名前を聞いて硬直する。
黄瀬…って。確か……
「黄瀬先輩って、キセリョのお姉さんだよね」
「そう、確かに似てるよ。美人だしねー」
「今日はキセリョが来るんだよねー。ダンスパーティ形式のファッションショーだって。私観に行くんだ!」
俺の頭の中で警鐘が鳴る。俺はクラスメイトと別れの挨拶を軽くすると、講堂に向かって走り出した。
講堂の入口では、女の子達が屯って歓声を上げている。……黄瀬が来ているのか。
俺は裏手の方へと歩いて行く。
衝立に覆われたテントから、ヒョイと出て来た人物を認めて目を瞠った。
「……名前ちゃん…?」俺は低く呟いた。
彼女はサテン地の白いドレスを身に着けていた。清楚な佇まいに似合ってとても可愛い…
やべーって。アレは…俺は思わず口元を押さえる。
そこへ、黄色髪の女性が一緒に出て来る。
「苗字さん、サイズはどう?」
『あ、ちょうどいいです』
「フリルにビーズを少し足すわね。…回ってみて。うん、これなら涼太と踊っても映えるわね」
「真ちゃんっ!!!」
俺は体育館に飛び込んだ。練習中のメンバーが一斉に俺を見る。
「何だ、高尾。うっせーぞ? お前も加われ。3メン始めるぞ」
宮地さんが俺をぎろりと睨むが、俺は今しがた知った驚愕の事実を真ちゃんに告げずにはいられなかった。
「き、黄瀬が…っ、名前ちゃんと一緒にダンスパーティに出るって知ってた?」
言った瞬間、真ちゃんの動きが硬直し、放ったボールがリングに当たって跳ね返った。
「…………何だと……?」
ギギィっと音を立てそうに、ぎこちない動きで、ゆっくりと俺に向き直る真ちゃん。
宮地さんが忌々しそうに舌打ちしたが、俺はそれどころではなかった。
「名前ちゃん…黄瀬の姉ちゃんにドレス着せられて…黄瀬と一緒に踊るって。今、講堂で女の子達が大騒ぎしている」
「ああ、それは被服部と手芸部の合同イベントだろ? 確か…シンデレラ舞踏会、と言う名のドレスファッションショーを開催するらしいな」
「キャプテンは知ってたんすか!?」
「俺は手芸部とも懇意だからな。でも苗字が出ると言うのは初耳だな」
真ちゃんは、そのまま走って行きそうになったが、その時体育館の扉がガラリと開いた。
「おお緑間、ちょうど良かった。黄瀬からお前に届け物だそうだ」
「……黄瀬?」
真ちゃんは訝りながら、木村先輩から紙袋を受け取る。
「黄瀬と言ってもキセリョじゃねーぞ? 姉貴の方だよ。お前に合わせたから着ろ、だとさ」
宮地先輩は好奇心に逆らえずに覗き込む。
「何だそれ。…まさかドレスとかじゃねーだろーな?」
「ブフォッww真ちゃんのドレス姿wwww似合いそうだけど、ド迫力ありそうwww!!」
俺は飛んでくる相棒の拳を避けながら、堪らずに吹き出した。
真ちゃんはじろりと俺を睨み、その紙袋から中の物を引き出す。
「…これは」
「おお、黄瀬はこんな物まで作っていたのか。…凄いな」
キャプテンは感心した様に呟く。…ん? 今、俺にも教えて貰おうとか何とか聞こえた様な。
「もし来るなら、ドレスコードだけは守れって伝言だとよ。確かに伝えたぜ」
そう木村先輩は言いながら、練習に加わり始めた。
※※※
-名前side-
『…はぁ』
私は今日、何度目かも分からなくなった溜息を吐いた。
先輩の気合いの入った華麗なドレスに身を包まれてはいるが、気分はどん底で憂鬱なままだった。
『…ドレスなら、黄瀬先輩が着ればいいのに。私よりずっと美人なんだから…』
「あら、褒めてくれるのは嬉しいけど、私は弟と踊る趣味はないわ。それにこれは彼の出した条件なんだから」
私は再度溜息を吐いた。
「綽名っち。思った以上に可愛いっス!」
『…涼太君』
彼は私に柔らかく微笑みながら手を差し伸べた。
「溜息は姫に似合わないっスよ! …そろそろ出番っスね。ではお手をどうぞ、姫君」
私は機械的な動きで黄瀬君の手を取った。
ステージに進み出て、スポットライトの眩しさに目を細める。
タキシード姿の黄瀬君に、会場の女子は倒れんばかりだ。
黄色い声援と嫉妬交じりの視線が私の身体に突き刺さる。
私は彼にエスコートされ、一緒に花道に進み出る。
デザインの説明の放送が流れ、私はゆるりとターンした。歓声が一際高くなる。
やがて緩やかな音楽が流れ出し、他のドレスを纏った女子達と男子達は踊り始める。
舞踏会さながらの光景になった。
私も特訓された動きのままにステップを踏んだ。
『……?』
私は違和感に気が付いた。
『涼太君、少し近過ぎない?』ぶつかりそうなんだけど。
「姫をエスコートするには、これ位でも離れ過ぎな位っスよ。綽名っち、もっと身体を寄せるっスよ」
私が恐る恐る近付くと、彼は私の腰をグイッと引き寄せた。黄色い悲鳴が客席で上がる。
これは好きでやっているんじゃないから…!!
私の言い訳など客席の女子に聞こえる筈もない。私の背に冷や汗が流れる。
「…さて。そろそろ来る頃合いっスかね?」
彼が私の耳元で囁く。
一体何の事だろう?
その時、締め切った筈の講堂の扉が大きな音を立てて開いた。
乱暴に開けられた音に、入り口付近での騒ぎ。
私は眉を顰めて騒ぎの元に視線を巡らせた。
『……っ!!??』あれは…!!!!
「名前ーーーっっ!!!!」
その声にびくりと身を震わせた私は、足を止めた。
『し、真太郎っ!?』
真太郎は、白いタキシードに身を包み、お玉を抱えていた。
…そう言えば…今日の蟹座のラッキーアイテムは「お玉」だっけ…
モノが普通なので油断していたけど、タキシードに似合わない事甚だしい。
タキシードだけなら恰好良いんだけどなぁ。
私が動きを止めて、ぽかんと事の成り行きを見ていたら、真太郎が目の前まで走って来た。
そして「名前、来るのだよ!!」と私の腕を引くと、すかさず黄瀬君が私の腰を引いた。
「……っ、黄瀬!! 名前を離せ!!」
「…今は、綽名っちは俺と踊っているんスよ。いくら緑間っちが相手でも、渡す訳にはいかないっスね」
「それなら…っ、こっちも遠慮はしないのだよ…っ!!!」
真太郎は、持っていたお玉を黄瀬君に振り下ろした。
「……っ!!!」
パシッと小気味良い音を立てて、黄瀬君がお玉の首を掴んでいる。
彼は、くいっとお玉の首に力をかけた。
「いいんスか? 緑間っち。これ、蟹座のラッキーアイテムじゃないんスか? …このままだと俺、へし曲げてしまうっスよ」
それを聞いた真太郎はフッと口の端で不敵に微笑う。
「…やれるものなら、やってみろ」
黄瀬君は少し怯んだ。
「何っスか!? その余裕の笑みは!?」
黄瀬君はお玉の首を持ち、真太郎から奪い取った。持ち替えて先を突き付ける。
「…形勢逆転っス。覚悟するっスよ…!!!」
黄瀬君が、お玉を振りかぶった。
カンッ!
甲高い金属音が響き渡った。
真太郎が黄瀬君の攻撃を今度は鉄製の大きなお玉で防いでいた。…二つ持っていたのか。
「ああっ!? ずるいっス!!! まだ他にも持ってたんスか!?」
「ラッキーアイテムは、一つだけとは限らないのだよ…!」
「しかも、そっちの方が大きくて丈夫そうっス!!」
「ラッキーアイテムは大きい方が効き目はいいのだよ…っ!!!」
会場中が唖然と見守る中、タキシードのイケメン二人は、お玉でチャンバラをしていた。
当人同士はいたって大真面目な筈だが、どう見てもモノがお玉なんで、じゃれあっている様にしか見えない。
何度目か打ち合った末に、片方のお玉が手から外れて宙を舞った。
「ああっ…!!?」
お玉を弾き飛ばされたのは黄瀬君の方だった。
真太郎は呆然と立ち竦む黄瀬君にお玉を突き付けた。
「勝負…あったのだよ。名前は返して貰うぞ!!」
黄瀬君は両手を上げて降参した。
「…全く、緑間っちは綽名っちが絡むとこれっスからねー。本当敵わないっスよ」
そして、黄瀬君は優雅な動きで客席に向かって一礼した。
会場からは、ここまでイベントの一環だと思われたのか、割れんばかりの拍手と、更に質量を増した黄色い声援が浴びせられた。
「…緑間っち。WCでは負けないっスよ!」
「フン、望む所なのだよ…!!」
私を引き寄せた真太郎と、黄瀬君は視線で互いに火花を散らし合った。
それから真太郎は、私の手を引いて会場を後にしかけたが、ふと足を止めて振り返った。
「…黄瀬。お玉を返すのだよ」
会場中は爆笑に包まれ、黄瀬君は顔を引き攣らせた。
「折角の良いシーンが台無しッス! これじゃ、タキシード着たお笑いコンビッス!!!!」
お玉を返して貰った真太郎は、今度こそ私の手を引いて、拍手と笑い声に包まれながら会場を後にした。
「緑間っち…綽名っち。これは俺から二人への贈り物っスよ。せいぜい有効に活用するっス」
背中に投げかけられた黄瀬君の言葉は、会場の歓声に掻き消されて、私達の耳には届く事はなかった。
※※※
真太郎は黙ったまま、私の手を引いて歩いていた。
講堂から出てしまうと、私達の姿はそれだけで人目を引いた。
『……あの…真太郎…?』
かなり怒ってる…?
私が小さく謝罪の言葉を口にすると、彼は漸く足を止めて振り返った。
「…謝ると言う事は…お前は自分の非を認めるのだな…?」
『真太郎に言おうと思ったけど…言い辛くて』
「あいつの1m以内に近寄るな、と言ったのだよ。…俺は」
『……ごめん…』
真太郎は小さく溜息を吐くと、私を引き寄せ抱き締めた。
『真太郎…』
「…このまま……一緒に周るか?」
『……え?』
「俺は…お前の絵が観たいのだよ」
彼の柔らかくなった声音に安心し、私は返事の代わりに彼の背中に腕を回した。
彼と一緒に美術部の展示室に来た。
そこは騒がしい外とは別世界の様に切り離されていた。他の人達も静かに鑑賞している。
「名前のは…これか。以前描いていた静物画だな」
『うん…』
その絵を観ると、以前二人で過ごした時間を思い出す。
真太郎も黙って、眼鏡のブリッジを上げた。
優しく静謐な時が流れる。
『実はね、もう一つあるんだよ』
「どれだ?」
『…ほら、……あそこ』
私の指し示した先を見た真太郎は硬直し、傍目にも分かる位に真っ赤になった。
私の描いたもう一枚の絵。
それは、真太郎の美しいシュートする姿。
当の本人に見られるのは少し気恥ずかしい。でも、何よりも真太郎に見て欲しくて。
「……っ、お前の目には…俺がこう映っているのか?」
『ううん。…本当は、もっと綺麗で恰好良い。でも私の力で描き出すのは、今がこれで限界なの』
「…そうか。…気恥ずかしいが…嬉しいものだな」
彼は、私の手に指を絡めてギュッと握ってきた。
私も握り返す。
まるで時が止まったかの様に、真太郎と私は、ずっとその絵を眺めていた。
※※※
『わぁ。下では後夜祭が賑やかだねー!』
「…俺は騒がしいのは好かん」
私達は一通り周って、今は自分達以外は無人の屋上にいた。
私は、ぼうっと人気投票の結果を聞いている。
《一位は…シンデレラ舞踏会!!!》
響き渡る発表と共に大歓声が上がった。
『黄瀬先輩…良かったねぇ』
私は笑顔を真太郎に向けた。
自分達が抜け出す時に、イベントを滅茶苦茶にしてしまったので、私は気になっていたのだ。
彼女がこのドレスを作るのに、心血注いでいたのは知っていたから。
『後でこのドレス、先輩に返さなきゃね』
「…名前」
真太郎が徐に私の名を呼んだ。
下では音楽が流れ始めて、皆で列を作って踊っている。
『…ん? 何?』
私は首を傾げて真太郎に向き直ると、彼はすっと手を差し伸べた。
「その…ドレス、お前にとても良く似合っている…のだよ。…綺麗…だ」
最後の声は小さくなってはいたが、私には辛うじて聞き取る事が出来た。
私の頬が熱くなり、心臓が煩く鳴り出す。
私はぎこちない動きで真太郎の手を取った。
下から流れて来る音楽に合わせて、彼は私をリードする。
私も彼に合わせて、緩やかにステップを踏んだ。
夕焼けから藍色に染め上げられた空だけが、私達を見下ろしていた。