シンデレラへの招待状
もうすぐ文化祭になる。
私は今では、美術部にほぼ入り浸りになっていた。
それでも、時々試合時や多忙時にはバスケ部にも出る。
兎に角、今の私の生活は、勉強と部活で塗り潰されていた。
何だか…これでは前世と変わらない様な気もするが、恋人である真太郎の存在が、前世と異なる所で。
彼と一緒に居られる一時が、私の強い支えになっていた。
『…あれ?』
私は点滅する携帯に仄かな期待を込めて開けた。
でも、ディスプレイが表示したのは真太郎の名では無かった。
私は軽い落胆を押し殺して電話を操作する。
《綽名っち!?》
『…涼太君? どうしたの?』
黄瀬君か…夏休みぶりだな。海常の人達、彼女とか出来た人いるのかな?
《緑間っちの近況を聞きたいんスよ。
本人に聞いても碌な返事が返って来ないから、綽名っちに連絡したんス。上手くやってんスか?》
碌な返事…真太郎、以前「死ね」とか私の携帯から彼に送っていたからなぁ…
『今の所は特に問題は無いかな…あ、でも』
《何かあったんスか?》
『ううん。問題があるとすれば、お互いに忙しくて、あまり二人の時間が取れない事くらいかな』
《WCっスか? 海常の方も毎日練習で、俺も今モデル業は休止中っスよ》
私は軽く頭を振った。どこも忙しいのは一緒だな、と思いながら。
『そうよね。…私もマネージャーと美術部の文化祭の準備で、二束の草鞋を履いているから休む暇も無いよ。
それでも、秀徳の人達には随分便宜を図って貰っているから、何とかやっていけてるけどね』
《文化祭、近いんスか? そーいや、海常もクラスで出し物とか決めたっス…》
そんな雑談を交えながら、軽くお互いの近況を交換し合った。
-黄瀬side-
「涼太ー、ちょっといい?」
夕食後、リビングで寛いでいたら一番下の姉に呼ばれた。
「何っスか?」
俺が返事をすると、姉は珍しく、俺に両手を打ち合わせた。
「秀徳の文化祭にゲストとして来てくれない?」
「はぁ!??」
一番下の姉は、秀徳高校に通っている。緑間っちと同じ高校だ。
この姉は将来デザイナー希望で、被服兼手芸部に入っている。
俺は、この姉との仲は別に悪くは無い。が、今はそんな面倒事にかかずらっていたくなかった。
俺はやや不機嫌に返す。
「……俺もWC優勝目指して、今仕事も休止してる状態なんスよ。…で、いつなんスか? 秀徳の文化祭って?」
姉が告げた日程は、幸いにも部活も無い休日だった。
俺は不承不承頷く。
「…仕方無いっスから、出てあげるっスよ。……ただ、そうっスねー…それには条件があるっス」
俺の返事に、姉は楽しそうに請け負う。
「涼太が出てくれるなら、大成功間違い無しよ。私も三年最後の文化祭で、被服部で派手な花火を射ち上げたいの。
来年以降の部員獲得もし易くなるしね。私で出来る事なら、何でも聞くから言ってみて?」
※※※
-名前side-
私は、美術準備室で呆然と立ち尽くした。
それは、今、目の前でにっこりと笑っている二人の先輩方が原因だ。
私は痛む頭に手をやりつつ、確認する。
『……その企画は大変素晴らしいと思いますが…でも、何で私なんです?
彼と組みたくて、私よりもずっと相応しい人が他にいくらでもいるでしょうに!』
「でもね苗字さん、それが彼の出した条件なの。
我が被服部のイベントの成否は、貴女にかかっていると言っても過言では無いわ」
この目の前で美術部部長と一緒に、私を熱心に説得している美女は黄瀬先輩。
そう、かの黄瀬涼太の姉らしい。秀徳に通っているなんて知らなかった。
『…………』
私がむっつりと押し黙っていると、美術部部長が困った様に言葉を重ねてきた。
「お願い! 苗字さんが承知してくれれば、美術部にも協力してしてくれるって言うのよ…! こんな機会は滅多に無いわ」
私は嫌な予感に顔を引き攣らせた。……協力…滅多に無い機会…??
部長は、がっしと私の手を握る。
「あの…っ、天下の黄瀬涼太が…っ…美術モデルになってくれるって言うのよーーーーーっっ!!!…ヌードはNGだけど!!!」
……私は被服部のイベントで、黄瀬君の相手となる事と引き換えに、美術部に売られたらしい。
頭の中でドナドナが鳴り響く。
『そんな私のあずかり知らぬ場所で、勝手に人の事やり取りしないでくださいよ!』
「お願い…っ!! 黄瀬君、貴女にだけなら特別にヌードモデルになっても良いって言ってるし…!!」
ヌードって…いやいや、私、多方面から殺されそう。
『……そこまで言って貰えるのは光栄ですが、丁重にお断りさせていただきます』
「文脈、可笑しくない!??」
部長は目を細めた。
「へー…そう、ふーん。苗字さん、断るんだー?」
『…私、恋人いますし。そんなイベントに出る訳にはいきません』
「…じゃあ、美術部辞める?」
『何でですか?』
「文化祭近くにも関わらず、その恋人君がいるバスケ部にもよく出てるでしょ?
そのバスケ部部長からも頼まれたから、こっちは展示数を減らしてあげているのに、それ位の協力も拒まれちゃねぇ…
いっそ中途半端な事は止めて、バスケ部に完全に行っちゃえば、その恋人君も大喜びするんじゃないの?」
『……っ!』
「貴女の彼氏は、そのイベントに出た位でも目くじら立てるの? ちゃんと説明してあげれば済む話でしょ?」
目くじら…立てそうなんですけど。
私は暫く沈黙した後、深い溜息を吐き、小さい声で渋々了承した事を伝えた。
私が了承した所で、説明は黄瀬姉が引き継いだ。
「ありがとう、苗字さん。これで一番の難関は突破したわね。きっと弟も喜ぶわ。それでそのイベントの詳細なんだけど…」
彼女が説明するには、被服部は講堂での出し物をする事にしたらしい。
その内容は、「シンデレラ舞踏会」
ドレスファッションショーを舞踏会形式で開催しようと言う骨子らしい。
そして、その目玉にコネを駆使して黄瀬涼太が呼ばれる。
王子様が一人では締まらないので、相手の姫役が必要で。
始めは公募かオーディションを考えていたらしいが、彼の一声で私が指名されたらしかった。
でも、それにはまだ問題がある。
『…舞踏会形式って事にするなら、踊れないと話にならないじゃないですか。
…自慢じゃないですけど、私はマイムマイムしか踊れませんよ?』
彼女は笑顔で頷いた。
「…それも部長と話はついてるわ。これから貴女を特訓するから、覚悟しといてちょうだい?」
『…あの…絵を描く時間は……?』
「文化祭前は、最終下校時刻が延びるから、何とかなるでしょ? いざとなったら持ち帰りね!」
『……鬼だ。鬼がいる…』
思わず私は呟き、部長に睨まれてしまった。
※※※
『……涼太君、恨むよ?』
私は帰宅後、黄瀬君と電話していた。
こんな事になったのも、彼が私を巻き込んだからだ。文句の一つも言ってやりたかった。
《綽名っちは既に緑間っちのものなんだから、俺にもこれ位の役得があっても良いっしょ? 折角秀徳祭に行くんだし》
『涼太君、モテるのに何も私を指名しなくても良いんじゃないの? 他にもっと可愛い女子いっぱいいるんだから!』
《…夏休みのちょっとした意趣返しっスよ。あれから先輩達が変になって、更に女の子達に引かれているっス。
下手したら、俺まで一緒にされるんだから、堪ったものではないっスよ》
『……そ、それは』
《その上テレビで見せつけてくれちゃって…追い打ちっスか!? あれで海常のライフはゼロっスよ…!》
私は頭を抱えた。
さすが全国放送は侮れない。思ってもいない所にまで波及効果があったみたいだ。
『わ、悪かったってば…! まさかそんな事になるとまでは思ってなかったから…!』
《なら、緑間っちのデータを教えてくれないっスか? それで、今までの件はチャラにするっス》
『データ!? バスケに関しては…!』
私は慌てて言い繕う。今特訓している内容をライバルにバラす訳にはいかない。
《ああ、違うんス。緑間っちの身体データ…身長と首回りと裄丈と胸囲、
肩幅と着丈とウエストとヒップと股下…今の服のサイズを教えてくれたらいいんス》
私は仕方なく、今の彼のサイズのデータを流した。
それを何に使うのかと聞いても、秘密だと教えてくれなかった。
※※※
『…はぁ』
バスケ部の洗濯機の前で、私はぼうっと洗濯物を抱えて溜息を吐いた。
「どうした? 疲れたなら、無理をしないで休むのだよ」
休憩中の真太郎が心配してくれてる。
私は慌てて大丈夫だと言い繕った。
今の私の中は、別の悩みが占めていた。
……文化祭の舞踏会に姫として参加する事を彼に伝えなければ。
私は、余計なトラブルを抱えるのはイヤだったので、姫を私が務める事は口外無用と約束させていた。
だから今、それを知っているのは部長と黄瀬先輩と…黄瀬君だけ。
でも、さすがに当日になったら周りにバレてしまう。
出来れば他の人を介してバレるよりも、自分から言ってしまいたかった。
『…あの。文化祭…だけど』
私がどもりながら言うと、真太郎はああ、と頷いた。
「秀徳バスケ部は、文化祭当日でも特別に体育館の使用許可を取ったのだよ」
『…!? 文化祭なのに練習があるの!?』
「レギュラーのみで参加は自由だ。半日だけだがな。催し物は第二体育館でやるそうだ。
だから出来れば一緒に周りたかったが…すまない。だが、午後から名前の絵だけでも観に行くつもりなのだよ」
彼はWCで常に忙しいのに、いつも私の事まで気を回してくれる。
私は心が温かくなった。
『…そっか。午前中は私は用事があるから…なら、午後は一緒に周ろうか?』
私がそう提案してみると、彼は口の端を柔らかく綻ばせた。
「望む所なのだよ」
今なら言えるかもしれない。
『……そう言えば、黄瀬君が秀徳祭のゲストに呼ばれているって知っていた?』
私が振ってみると、真太郎は渋い表情になった。
「……何やら、黄瀬からメールが来ていたな」
『…何て?』
「"文化祭、史上最高に面白くするから、緑間っちも覚悟しておくっスよ!"とか何とか戯言が書いてあったが。
……黄瀬のヤツがお前に何か言ったのか? ヤツの事だから、何かまた碌でもない事を企んでいるに違いないのだよ…!!」
うわぁ。真太郎の機嫌が音を立てて急降下してきた。
…これは…告げるのに勇気がいるな。
『…あ、あのね、真太郎……』
真太郎はぎろりと鋭い視線を向けた。
「……まさか、黄瀬の出し物を観に行くつもりではあるまいな…?」
『……え゛?』
観に行く処か出ろと言われているんですけど。
「ヤツがお前に手を出すつもりなら、ただではおかないのだよ…!!!」
真太郎の手の中の、空のお汁粉缶が音を立てて潰れた。
そのままの剣幕で彼は私に迫る。
黄瀬君の半径1m以内に近付かない様に、と言う彼の厳命に、私はこくこくと頷くしか出来なかった。
そして、慌ただしく準備に忙殺されている内に、文化祭当日になった。