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あれから、私は、青峰君が苦手になった。
隣の席と言っても、必要以外、滅多に口を利く事がなかった。
青峰君は、良君とはクラブが同じだから、二人は多少は話してはいたが、私からは一方的に良君が苛められている様にしか見えなかった。
そんなやり取りを見たのも、私が青峰君を嫌いになった一因だと思う。
サボり魔で無気力で、スポーツ特待生を良い事に授業も偶にしか出ない、言動の柄が悪くて乱暴で。
多少イケメンだの格好いいと騒がれても、セクハラオヤジみたいに露骨な巨乳好きを公言して憚らない。
おまけに、学校にグラビアアイドルの写真集を持って来る不真面目さ。
後で知ったが、彼に言わせると、私はその巨乳のグラビアアイドルに少し似ているらしい。(胸以外は)
全然嬉しくない。そんなんで興味を持たれたり絡まれたりとか、逆に迷惑以外の何物でもない。
※※※
私は、いつも帰宅してから、犬の散歩に行くのを日課にしている。
うちの犬種はセントバーナード。
名前はパット。
実は、この子は脱走癖がある。
この日も、いつもの様にリード着けて散歩していたら、パットがいきなり走り出した。
私はリードに引っ張られ、勢いに負けて転んでしまった。手がリードを外れる。
そのままパットは走り出す。私は呆然と去り往く犬を見送る以外に手立てがなかった。
私は痛む膝を擦りながら起き上り、犬が逃走した後を追いかけて探した。
『パット!!どこに行ったの?』
いくら慣れてても、あんな大きな犬を野放しにするのは危険だ。
私は必死に探した。
公園に差し掛かった。いつもはここで一巡りするコースだ。
割と広くて、芝生も生えてて…パットもお気に入りだ。
一応、この公園の中も見てみる事にする。
ここには、ストバスのコートも併設されている。
その近くを通りがかった時、楽しげな笑い声が聞こえた。
「おっ!お前、中々上手えな!!あはは!そんなに抱え込んでいたら、ドリブル出来ねーぞ?」
…ん?
あれ…?
私は、ストバスコートの中で遊んでいる人物に、視線が釘づけになった。
『青峰君…??』
今の青峰君は、私が知っている彼とは全くの別人の様だった。
無邪気で屈託のない笑顔で…一緒にじゃれている犬に向ける視線は優しくて。
あろう事か、私は彼に見惚れてしまった。
って。ちょっと待って!?…あれ…あの犬って!?
『パット!!?』こんな所にいたー!!!?
「ゥオンッ!!」
パットが私に気付き、突進して来た。
「おいっ!?」
『きゃあっ!!』
青峰君の驚いた声と私の悲鳴が交錯する。
どしっっ
私は呆気なく倒され、犬に圧し掛かられていた。
く…苦しい…!!
いや、顔をベロベロ舐めなくていいから!とにかく上に乗るのやめて。重いし!!
「おい、苗字!?ちょ、お前どけよ!潰れちまうだろ!?」
青峰君は、パットの首輪を引っ張り、私から引き剥がした。
そして私の腕を引っ張り、上体を起こしてくれた。
『…あ、ありがと…』
「おー、大丈夫かお前?」
青峰君はしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだ。
突然の近い距離に、私の心臓が跳ねる。
『あ…うん』
戸惑う私の視界の端に、パットが再び跳びかかって来るのが見えた。
…今度は青峰君の背中に。
どすっっ!!
「うおっ!?」『きゃっ!!』
青峰君はいきなりの衝撃に耐えかねて、前方、即ち私のいる方向に身体を倒してしまう。
私はそのまま、青峰君を抱き抱える体勢で後ろに倒された。
「ったー…お前な…」
青峰君は、背中に乗ったパットに抗議している。
が、私はそれどころではない。
今の体勢って、上半身は密着していて、私の顔のすぐ左横に彼の顔がある。心臓が爆発しそうだ。
非常にマズい。
青峰君も、身体を起こそうにも、背中に大型犬に乗られていて、中々思う様にならない。
「…ん?」
青峰君は、私をまじまじと至近距離から見ると、ぎゅっと抱きしめた。
「おー、柔らけーwww」
『えええええーーーっっ!!!???』
何で私は青峰君に抱きしめられているの!?
頭の中は真っ白になった。
青峰君は、私の首筋に顔を埋め、「苗字、お前…いい匂いがするな」と耳元で囁いた。
もう、心臓が保たないよ!!
私は恥ずかしさのあまりに足をばたつかせた。
「おい苗字、暴れんな!!」
青峰君は、私を押さえつけた。…傍から見たら、私は襲われている様に見えるんじゃなかろうか? 背中に犬がいなかったら。
何とかパットをどかして、青峰君は身体を起こした。
そして、私の真っ赤になった顔を見て、ぷっと吹き出した。
「お前…取澄ました顔しかしないと思っていたから意外だわ。こっちの方が自然で…ずっといいぜ?」
『押し倒されて、抱き付かれているのに、平静でいられる訳ないでしょ!?』
私は、涙目で青峰君を睨んだ。
「わりーわりーw不可抗力なんだから、怒るなよ」
『抱きしめたのは、不可抗力じゃないでしょ!?』
「かてー事言うなよ。俺は据え膳は食らう主義だ」
『開き直らないで!!』
パットは一声鳴いて、私達の間に割り込んだ。
尻尾を振って、青峰君に体を擦り付ける。
スゴイ気に入り様だ。
青峰君はパットを、やや乱暴な手つきで撫で回した。
「これ、お前んちの犬?」
『うん。パットと言うの。散歩中に脱走されたから、探していたの。遊んでくれてありがとう』
「散歩の途中だったのか。こいつは、俺が一人でバスケしていた時に、乱入して来てボールにじゃれだしたんだぜ。
退屈しのぎには丁度良かったから、一緒に遊んでやったんだけどな」
……退屈しのぎ?
バスケ、好きなんだな。…でも…
今日も、バスケ部は練習していたと思うけど…良君が練習で遅くなるって言っていたから。
桐皇のエースなのにいいのかな…?
青峰君は、私を凝視した。
何だろう?…見つめられると、心臓がドキドキする。
「おい、苗字…」
と低い声で言い、いきなりスカートの裾をぴらりと捲った。
膝の上…腿辺りまで足が丸出しになる。
『何すんの!?』
私はびっくりして、反射的に引っ叩きそうになる手首を青峰君に掴まれた。
「落ち着け。…膝、血ぃ出ているんじゃねーか」
『…あ』
「気が付かなかったのか?」
そう言えば…パットが脱走した時に、転んで膝を怪我していたのだった。探すのに夢中になってて忘れていた。
青峰君は私を水道の所に連れて行き、水で傷口を洗い流し、荷物の中から絆創膏を取り出し貼り付けた。
『絆創膏…?』
「ああ、テープと絆創膏は一応常備しているぜ。煩いヤツがいるからな」
『あ…ありがとう』
「おー、傷は浅いみたいだから、すぐに治るだろ」
…思ったより…優しい…?
※※※
私が散歩を再開して歩き出した時に、青峰君はボールを突きながら一緒に歩き出した。
話してみると、意外と気さくで思ったよりも嫌な人ではないみたいだ。
「苗字。お前、良と仲良いんだな?」
『同じ中学だったからね。私はバスケ部ではなかったけど。良君料理上手だったから、教えてもらったりしたよ』
「へー…お前、料理出来んの?」
今度は、青峰君は指先でボールを回している。…器用だなぁ…
『そんなに上手じゃないけど、普通に食べられる位なら』
「十分じゃねーの?…さつきとは大違いだな。今度、食わせろよ」
『…大した物は作れないけど…簡単な物で良いなら』
「楽しみにしてるぜ!」
青峰君は、にっと笑った。
笑うと凄く魅力的。こんな表情も出来るんだな…
さつき…って入学式の時一緒にいた女の子…だよね?
確かそう呼んでいた。…どんな関係の人なんだろう?
青峰君が親しげに名前で呼んでいる、あの可愛い女の子…
思い出すと、胸の下あたりがもやもやと閊えて気持ちが悪い。
…私は一体、どうしたと言うのだろう?
結局、青峰君は散歩コースの全行程を付き合ってくれて、家の前まで送ってくれた。
時々パットを撫でてくれたりする表情は、楽しげで無邪気だった。
『送ってくれて、ありがとう。じゃ、また学校で』
「おー、またな!」
青峰君は、長身を翻すと、後ろ姿のまま手を振った。
私は、漠然とした期待と不安の入り混じった不思議な気持ちを抱えたまま、彼の姿を見送った。