不器用な彼女
『うーん…中々上手くいかないなぁ』
私は今ストバスで、一人でシュートの練習を繰り返していた。
『…確かここでこう…踏み切って…ボールはバックボードの四角に…っと。…あれ?』
ボールはバックボードに跳ね返り、リングに掠りもせず地面を転がって行った。
『…なんでこう、上手くいかないんだろ…?
三軍でも、マネージャーやっているんだから、選手の動きは見慣れている筈なんだけどなぁ…』
私は、実は体育は苦手だ。
体力はまあ普通だけど、不器用と言うか…タイミングを合わせるのが超絶下手。
だから、マネージャーで雑用はやっていても、選手の練習に付き合ってボール出しとかはやらせて貰えない。
でも、私は三軍でも一生懸命に練習している、影の薄い彼の事を思い出す。
あの人だって…最近居残り練までして頑張っているんだ。…だから私も頑張る。
少しでも…一軍の…青峰君に近付きたいから。
今は超絶遠く、遥か宇宙の彼方辺りだけど、せめて普通に出来たなら少しは近づけるだろうか?
青峰君は、私の存在なんか知らないだろう。
彼には、とっても可愛い…彼女とか噂される可愛い幼馴染がいるし。
その娘は一軍のマネで、美少女で…スタイルも良くて胸も大きい。外見も中身も私なんかとは月と鼈で。
でも、片想いでもいい。
良くて並の容姿、地味な私でも、思うだけなら自由だから。
※※※
-黄瀬side-
「容姿オッケー、運動もオッケー、勉強もまぁオッケー…でも、つまんねーな…」
大抵の事は何でも出来て…モデル業も軌道に乗って…女の子は放って措いても寄って来る。
それなのに、退屈でしょうがない毎日。
何か面白い事ねーかなー…??
「……ん?」
俺は、途中で通りがかったストバスコートに目をやった。
女の子が一人で懸命にシュートの練習をしている。
「…あれ…? あの子…俺と同じクラスの女子じゃね?」
確か…名前は苗字名前ちゃん…と言ったっけ。
俺の取り巻きにいる様な派手なタイプじゃなくて、教室の隅で大人しい子達とひっそりとつるんでいるタイプの女の子。
バスケをやるのか。意外っスね。
そんな運動得意なタイプには見えないけど…?
何となく眺めている内に、俺は愕然とした。
…もしかして。さっきから一回もシュート成功してないんじゃないか…あれ…?
暫く見ていても、全然進展が無いので俺もすぐ飽きてきた。
「不器用にも程があるでしょ…」
俺は、その場を後にした。
それから暫く繁華街で買い物をして、女の子達に逆ナンされてゲーセンで遊んだ。
その時には、練習していた苗字さんの事なんて、頭から消えていた。
もう夕方になっている。俺は帰途を急いだ。
また、例のストバスコートに差し掛かった。
ボールを突く音が聞こえる。
今度は別の誰かが、またバスケをしているのかと何気なく覘いたら、何とさっきの彼女がまだ練習をしていた。
「まだやってたんスか!?」
いい加減に、少しは入る様になったんだろうか?
気になった俺は、また暫く眺めていたが、何度シュート練習していても、リングに掠る気配も無かった。
あれ…逆に凄くないっスか!?
どーしたら、あんなに外す事が出来るんだ!??
それなのに、彼女は息を乱しながら何度でもシュートをする。
フォームは…そう悪く無いんスけどねー…
つい見ている内に、余りの下手さに苛々してきた。
『あっ!?』
彼女の手からボールが零れ、俺の足下に転がって来た。俺はボールを拾い上げる。
「…随分、熱心に練習しているっスね」
彼女は驚いた顔をした。
『……!? 黄瀬君…??』
俺は黙ってゴールポストの下から、シュートを放った。
ボールはバックボードに軽くぶつかり、リングを潜った。
『あっ…!?』
「ずっと練習してた様だけど…成功はしたんスか?」
俺がそう問いかけると、彼女は俯いた。
『……まだ一回も』
俺は耳を疑った。
「…っ、はぁ!?? もしかして…まだ一回も成功してないんスか!? 何回練習したんスか!? 逆に凄いっスよ、それ!!!???」
『……ねえ黄瀬君。私…何で出来ないのかな…?』
彼女は真剣な顔をして訊いて来る。何でって言われても俺が知る筈ないじゃんか。
「あれだけやってたのに…逆に不思議っスよ、俺も」
『じゃあ、一回やってみせるから、気になる所があったら教えてくれるかな?』
「別に…一回だけなら良いっスけど…俺、バスケは素人っスよ?」
『でも黄瀬君は運動は万能じゃない? 分かる範囲で良いから』
彼女の熱意に根負けした俺は溜息を吐いた。
「…分かったっスよ。それでも良ければ見てあげるっス」
『ありがとう!』
苗字さんはドリブルをもたもたと入れてから、ゴール下に走り込む。
ジャンプしてボールを放る…が、入らない。
何だろう? この絶妙な違和感は。
「うーん…何だか……変っス」
『変?』
「動きが滑らかじゃないつーか…一つ一つの動きそのものは間違ってねーけど、全てがちぐはぐみたいな」
暫く俺は考えて、一つの結論を導き出した。
「そう、タイミングが合ってないんス!」
『タイミング…!?』
俺がそう指摘すると、彼女は絶望的な表情になった。
『タイミング合せたりとか…私が最も苦手とするものなんだよね…』
彼女はがっくりと肩を落とす。
『昔からエスカレータ乗るの苦手だし、縄跳びはすぐに引っかかるし。
リズム感も酷くて、楽器やると必ずリズムがずれて裏拍みたいになるし」
それ…逆に器用っス。
「なら、諦めるしかないっスね」
『…諦める…?』
「出来ないのに無理するなんて、労力と時間の無駄っスよ」
俺の言葉を聞いた彼女は、泣き笑いの様な表情を浮かべた。
『私…ね。男子バスケ部の三軍マネやっているんだけど、そこでずっと地道な努力している人がいるの。
彼はいつも励ましてくれて…だから私も、もう少し頑張ってみようって思った。
それに、黄瀬君が私の欠点を指摘してくれたでしょ?』
「俺?」
『うん。欠点が分かったなら、それを改善していけば直るかもって逆に希望が持てて来たんだよね。
だから…やってみるね!』
おいおい…人の話、聞いているんスか!?
最も苦手なものに無理してチャレンジする必要ってあるんスか?
別にバスケが出来なくたって、どうにかなるものではないし。何でそんなに固執するんスかねー…?
俺は仕方なしに彼女の練習を眺めた。
根性だけでどーにかなるのは、スポ根の漫画の中だけっスよ。
別に付き合う義理もないし、つもりもない。ただ、少しだけ…成り行きが気になった。
苗字さんはブツブツと、口の中で何か唱えているみたいだ。
よく聞くと、それは数を数えているのだと分かった。
『1、2、3!』
踏み込んでジャンプすると同時にボールをボードに当てる。
何度も何度も。
「…………」
でも次第に見てる内に、少しずつ、ほんの少しずつだが、バラバラだった動きが合ってきていた。
もう少し…あとちょっと…!
俺まで連られて無意識に、彼女のステップに合わせて呟いていた。
(1、2、3、1、2、3!)思わず握り拳に力が入る。
動きがシンクロした時、苗字さんの投げ上げたボールが、ボードに辺り、リングを潜り抜けた。
「『やったーーー!!!』」
その時の彼女の晴れやかな笑顔は…何て言ったら良いのだろうか。
容姿は一見地味な並の女の子にも関わらず、この俺が一瞬見惚れてしまう程にまで輝いていた。
気が付くと、俺と彼女は最高潮まで上がったテンションで、ハイタッチしていた。
はっ!?俺、何でハイタッチなんかしているんだ!?
次の瞬間、内心で思わず自分のノリに突っ込んだ。
……でも。
「苗字さん見てるの、面白いっスね」
『……え?』
何の事を言われているのか分からないらしく、彼女は不思議そうに首を傾げた。
最初は単なる退屈凌ぎ。
俺を楽しませてくれる相手なら、別に誰でも良かった。
でも彼女は残念ながら、シュートを体得したとは言えなかったみたいだ。
後は、俺が飽きて帰るまで、延々とシュートを外し続けた。
それでも、数えながらリズムを取る様にしたら、10回に一回位は入る様になってきた。
…努力も…強ち無駄とは言えないのかも…?
そう俺に思わせた時点で、彼女は凄いのかもしれない。