Tip off!


この手を離さないで


-黄瀬side-

「はぁ〜暑っち〜」

俺の座っている窓際の席は、風が吹けばまぁ快適なんだけど、日差しが当たると暑くて死にそうになる。
こんな日、特に午後はボーっとして授業の内容なんか頭に入ってこない。

俺は何気なく校庭を見下ろした。

「…あれ?」

あのやけに見慣れた動きは…綽名っち?
どうやら走り幅跳びをしているらしい。
…どうやら次に跳ぶ順番なんスね。

彼女は勢い良く走り出した。
以前からずっと、ロードワークして体力作りに励んでいるからか、中々スムーズな走りだ。

…やれば出来るんスね。

ところが踏切の線に差し掛かるなり、彼女は足を縺れさせ、つんのめって腕をバタつかせて頭から倒れ込んでしまった。

「ぶっ…!ww」

思わず吹き出してしまったが、漏らした声が意外に大きく響いたらしく、俺はクラスの注目を浴びてしまっていた。

「黄瀬?」
「あー、すんませんっス! トイレ行って来たいのですが!」

女子達の愕然とした表情を尻目に俺は席を立った。
イメージ壊れるって? 俺だって出すモノは人と変わらないっスよ!

教室を出た俺は、保健室に向かっていた。

あの後、綽名っちは、すぐには起き上ってはいなかった。
この暑さだ。…もしかしたら

俺は保健室の扉を開けた。

「すいませーん!」
「あら黄瀬君? 珍しいわね。どうしたの?」
「少し怠くって、ボーっとするんス」
「熱中症かしら? 熱計るわね」

俺は体温計を腋に挟みながら、カーテンがかかっているベッドに視線を向けた。

「…先客がいるんスね」
「さっき体育で倒れてしまったのよ。貧血みたいね」

保険医は俺に冷やして休む様に指示すると、立ち上がった。

「私は少し出て来るけど、具合が良くなったら戻るのよ」

俺は適当に返事をして、寝台に身体を横たえた。
保険医が出て戻って来ないのを確認すると、俺は身体を起こし、そろそろとベッドに近寄った。

「…綽名っち?」

そっとカーテンを開くと綽名っちが眠っていた。

「大丈夫っスか? 具合は?」

俺の問いに彼女は答えず、そのまま眠り込んでいた。

「…俺、昨日はあんな事言っちまったっスけど…正直、まだ怖いんスよ。勝ちたいっス。けど…!」

思わず独り言を漏らしてしまい、ふと彼女を見ると、綽名っちの唇が微かに動いた。

『…き……せ、く…』
「綽名っち……」

俺…の言葉、届いているんスか…?
そうだ、俺は…

(黄瀬君のバスケ好きなんだ…応援してるね!)

彼女の表情、揺らがない視線に裏付けられた信頼…
記憶がそのまま再生される。

闘う前から気持ちで負けてどうする?

不意に俺の目尻が熱くなり、頬を伝って落ちた雫が彼女の頬を濡らした。
俺は彼女の上に屈み込み、彼女の頬の雫を指先で払った。
そのまま顔を近付け、彼女の額に口付けを落とす。

「綽名っちの唇は青峰っちに勝ってから貰うっス。…絶対に綽名っちは渡さない」

俺は呟く様に宣言すると、そっとカーテンを閉めて保健室を後にした。

※※※

-名前side-

『どーしよう!? 迷ったー!』

今日は夏休み、IHの準々決勝。
私は特急を乗り継ぎ、遥々とIH会場まで足を運んだのは良いけど、海常の控室に差し入れを届けようとして会場内で見事に迷っていた。
その時、後ろから黄色い歓声が聞こえて来た。

「キャー! 黄瀬くーん!!」
「頑張ってください! これ、差し入れです!」
「あー、ありがとね」

反射的に振り向くと、黄瀬君と目が合ってしまった。
や…やば……っ!!

私は慌てて逃げ出した。

「あっ!! ちょっと綽名っち!!!?」
「黄瀬君っ!?」
「ちょっとあの子何〜?」

私は廊下の隅まで走ったが、すぐに彼に捕まってしまった。
私に比べて彼は息一つ切らしていない。

「何で逃げるんスか?」
『…ご、ごめん。……心の準備が出来ていなくて』

俯いて謝ると、プッと軽く吹き出す声がした。

『……え?』
「いや、綽名っちが可愛くて」

……今、何か凄く聞き慣れない言葉が聞こえた様な。

か、かわいい…って言った? 今。

頭が意味を理解すると同時に、私はかあっと全身が熱くなった。

「あ、真っ赤っスね。ホント可愛い」

これ以上は私の心臓が保たない。

『あの…っ! これ、差し入れ!! 皆で食べてっ!!!』

私は恥ずかしさに耐えきれなくなり、彼に持って来たフルーツゼリーを押し付けた。
俯いたまま視線も合わせられず、そのまま踵を返すと彼に手首を掴まれてしまう。

「綽名っち。こっち向いて?」

私が恐る恐る振り向き、彼と視線を合わせた。
黄瀬君の瞳が真剣だったので、私は目を合わせたまま動けなくなる。

「この試合が終わったら―綽名っちに伝えたい事があるっス」

私はゆっくりと頷いた。

『…頑張って!』

黄瀬君は、くしゃりと笑うと私の頭を撫でた。

※※※

私は客席に着いた。暫くしてから選手達が入場して来た。
さすがIH。両方とも注目株の学校だけあって、客席もテンションが上がって大盛り上がりだ。

あ、青峰君と黄瀬君が言葉を交わしている。

「負けねっスよ、青峰っち」
「あん? 随分威勢が良いじゃねェか黄瀬。けど残念だがそりゃ無理だ。
そもそも今まで一度でも、俺に勝った事があったかよ?」
「今日勝つっス。なんか負けたくなくなっちゃったんスよ、ムショーに」

試合が始まった。最初は海常ボールだ。

大方の予想していた通り、キセキの世代それぞれのエースが激突した。
始めは海常が少しだけリードしていたが、同点に追いつかれ抜かされる。

私は知らず知らず組み合わせた両手をきつく握り締めた。

『黄瀬君…っ!!』

ブザービーターで桐皇の主将が放ったシュートが入り、海常34対桐皇43で第2Qの試合は終わった。


会場は白熱した試合に興奮し、観客達は熱気に包まれていた。
私は喉の渇きを覚え、席を立った。

10分間の休憩時間中に飲み物を買って来よう。

飲み物を買った後、会場をふらりと歩く。
不意に外の空気が吸いたくなり、外廊下に続くドアを開けた。

外は晴れ渡り、入道雲が立ち上がっていた。
日差しは強かったが、吹き渡る風が涼しく私の髪を吹き散らす。

少し歩を進めると話し声が聞こえてきて、思わず私は立ち止まった。

「ただ勝負は諦めなければ何が起こるか分からないし、二人共諦める事は無いと思います。…だから、どちらが勝ってもおかしくないと思います」

聞き覚えのある声。黒子君の声だ。

「…ふーん。じゃあせいぜい頑張るっスわ」

話し相手は黄瀬君…?
私はそっと彼等を覗き見た。

黄瀬君はこちらに戻ろうとしたが、何か言いたげな黒子君を見て胡乱気に向き直った。

「なんスか?」
「いえ、てっきり…「絶対勝つっス」とか言うと思ってました」
「何スかそれ!? …そりゃ勿論そのつもりなんスけど…正直自分でも分かんないス。
中学の時は勝つ試合が当たり前だったけど…勝てるかどうか分からない今の方が気持ちイイんス」

黄瀬君、今の試合…楽しんでいるんだ。

私は一人微笑んで、彼等に気付かれない内に踵を返した。


後半戦は、黄瀬君の動きは青峰君そっくりになってきた。
試合は激しさを増し、とうとう黄瀬君は青峰君を抜いた。

第4Qは、殆ど両エースの独壇場。
青峰君がシュートを入れると同じ動きで黄瀬君が返す。

会場は息詰まる程に静まり返っていった。
私も息を詰めて試合に見入っていた。
彼等の動きから目を離せない。

しかしそんな海常の奮闘にも関わらず、98対110で桐皇に負けた。


黄瀬君…

私は、まだ身体の中に残った熱に浮かされながら、ぼうっと廊下を歩いていた。

試合の後の黄瀬君の姿が何度も頭の中で去来する。
黄瀬君が立てなくて、右拳を床に叩きつけていた。

笠松先輩に支えられて流した涙が彼の悔しさを物語っていた。

…そんな彼に、どんな言葉をかければいいのか、私には分からない。

控室の近くの廊下のベンチに座り込んでいた人影を認め、私は足を止めた。
彼はタオルを頭にかけたまま、一人俯いていた。

『……黄瀬、君?』

考え無しに呼んでしまった私の声に、彼はゆっくりと顔を上げた。

「…綽名っち…」

彼の手には痛々しく包帯が巻かれていた。
さっき打ち付けていた時に怪我をしたのだろう。血が滲んでいる。

彼は私から顔を背けた。

「…は、カッコ悪いっスね俺……綽名っちに、あれだけ威勢の良い事言っておいて…」

私は彼の前に跪き、彼の右手をそっと取った。

『…手、大丈夫…?』

整った彼の顔がくしゃりと歪んだ。

「……っ、綽名っち……!」

と同時に、私の手の甲に熱い雫がポタポタッと滴る。
グイッと私の背に回された彼の手に力が入り、私の顔は彼の肩に押し付けられた。

「おれ゛のがお…見ないで…っ。今…みっどもない、がら…っ!」
『…黄瀬君、とってもカッコ良かったよ。私、凄く感動したもん…!』

今の私の気持ちを伝えるには、とてもこの拙い言葉では足りなかった。
私は黄瀬君の背に腕を回し、精一杯の気持ちを込めて優しく抱きしめた。


※※※

-黄瀬side-

夏休みも後半に入り、俺はスポーツ選手専用のリハビリセンターに通っていた。
青峰っちとの試合で、足を少し痛めていたのだ。

IHで負けても、次のWCでは絶対勝つっス…!!

『…あれ? 黄瀬君?』

俺は弾かれた様に声の主を見た。

「綽名っち!?」

俺は試合の後の事を思い出して恥ずかしくなってしまった。
あの時、彼女に縋ってボロボロ泣いてしまった。
あんなみっともない姿の俺の事なんて早く忘れて欲しいっス。

結局、あの後彼女に"伝えたい事"を伝える処ではなくなってしまった。
…本当は、告ろうと思っていたんスけどね。

俺は彼女に抱き締められた時の、胸の高鳴りも同時に思い出してしまい、熱を持った頬を隠す様に手の甲を当てた。


『じゃあ、そこのベンチに寝て』
「こうっスか?」

俺はリハビリ室の片隅のベンチに横たわる。
俺がリハビリを受けてると聞いて、彼女がマッサージをしてくれる事になったのだ。

『うん。上に乗っていい?』
「うえっ!??」
『…あ、ごめん。嫌なら…』

綽名っちの顔がさっと赤くなる。

「…あ、イヤじゃないっス! 乗っていいっスよ!」
『体重はかけない様にするからね』
「綽名っちなら、かけられても大丈夫っスよ」

俺の腿に彼女の少しの重みと体温が伝わり、彼女の手が俺の膝に触れる。
少しひんやりした柔らかな手に触れられると、不思議な事に今まで感じていた違和感が薄れて行く様な気がしていた。

「……気持ちいいっス」
『本当!? 良かった!』

綽名っちは今日、リハビリセンターでの講習会を受けに来ていたらしい。
献身的に俺の膝をマッサージする彼女を見ている内に、俺の気持ちも固まってきた。

「綽名っち…この後、少し良いっスか?」

青峰っちには勝てなかったけど、俺はもう一つの勝負に出る事にした。

※※※

-名前side-

試合以降、会ったのは今日が初めてだった。
リハビリ後に二人で一緒に歩いていたが、彼はいつになく寡黙で少し緊張すらしているみたいだった。

…どうしたんだろう?
やはり先日の試合の事とかかな…?

歩いていたら、無人のストバスコートに差し掛かった。
私は、この息詰まる空気を変えようと、彼に提案してみる。

『ストバスコートに少し寄って行こうよ』

彼はふぅっと息を吐くと、口の端を緩めた。

「いいっスね。丁度ボール持っているんスよ」
『わぁ! 貸して!?』

私は軽くバウンドさせると、ドリブルを始める。
ゴール前で踏み切って、ボールを投げ上げた。


「レイアップシュートで外すとは相変わらずっス…w」

苦笑交じりに黄瀬君に言われて、私は盛大に溜息を吐いた。

『全然進歩が無いよねー…私…』
「綽名っち。…覚えているっスか? ここ…」
『…え?』
「綽名っちが初めてシュート決めたコートっスよ!」

言われてみて気が付いた。…そうだ、ここは。

黄瀬君は悪戯っぽく微笑んだ。

「綽名っち、もう一度シュートして。今度はスリーで!」
『ええっ!? レイアップでさえ外すのにスリーなんて無理っ!!』
「外してもいいから!!」

何だか黄瀬君が今までになく強硬だ。
私は首を傾げたが、更に彼が促したので仕方なくダメ元でスリーを打った。

彼は私が打つと同時に走り出し、ゴールサイドでジャンプしてボールをゴールに押し込んだ。
見事なアリウープだった。

彼はゴールポストにぶら下がり、手を離して着地する。
彼は私にニッと笑い、親指を立てた。

『もう!! 足を休めなきゃ駄目じゃない!?』

私が慌てて駆け寄ると、彼は私をその腕に閉じ込めた。

『…!?? 黄瀬…君?』
「名前……」

不意に、いつもと違う名前を呼んだ彼の甘い声音に、私は思わず身体を震わせた。

「俺…名前が好きっス。愛してる…だから…俺のものになって?」
『………!!!』

私は頭が真っ白になって、身体が縛られた様に動けなくなってしまった。
反応出来なくなった私を、彼が心配そうに覗き込む。

「…綽名っち?」

彼は切なげな瞳で私を見つめた。

「……やっぱり俺、青峰っちには勝てないんスかね…?」

ポロリと寂し気に零れた彼の言葉に、私はハッとした。
彼の腕が緩んで私を離そうとした時、私は逃すまいと彼の腰に腕を回し、決心して彼を見上げた。

これは、どんなにタイミングの悪い私でも外す訳にはいかない。
不器用でも、ありきたりの言葉でも何でも、兎に角気持ちを伝えなければ…!

『わ、私も…! 私も黄瀬―涼太君が好き、です!! …だから…っ!』

この手を離さないで、と続けようとした私の言葉は、声になる前に彼に飲み込まれた。

「名前…っ!」
『ん…っ』

彼は何度も何度も角度を変えて、私の全てを奪う様に激しく口付ける。
唇から伝わる熱が、吐息が、私の意識の全てを攫っていく。
私も夢中になって彼に応えた。

眩暈がするほど甘くて―幸せで。

涙を一筋零した私は、彼を思いっきり抱き締めた。


-FIN-

2016.7/17


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