催涙雨 -2-
今日は七夕だ。
学校近くの神社の境内では笹が飾られていた。
短冊は好きに書ける様に授与所のカウンターに紐の付いたペンと共に置かれている。
何か書こうか…? でも何を?
そうだ。帝光バスケ部が仲良くバスケしているのをもっとずっと見ていたいな…
勿論、凄く厳しい練習積み重ねた末に勝利しているのは知ってる。
仲良くだけしてるだけじゃない。…でも。
私が短冊を結び付け終わり、ふと横を見たら、緑間君がいて同じ様に短冊を結んでいた。
彼の短冊には"勝利の為に人事を尽くす"と書かれていた。
『緑間君…!?』
「苗字。お前も短冊を書いたのか?」
『ああ、まぁ…』
「どんな願いを?」
そんなの恥ずかしくて言えないよ。
『それは…内緒、かな?』
その時、私は緑間君が大きな紙袋を提げているのに気が付いた。
『それ随分と大荷物だね? 今日のラッキーアイテム?』
「いや、誕生日プレゼントなのだよ」
『誕生日…?』
「今日だからな」
あっ…!? 七夕が誕生日なんだ。そういや蟹座って今ぐらいだったよね。
『…それは…誕生日おめでとうございます』
「ありがとう」
『お菓子が沢山入っているね』
「それは紫原なのだよ。でもその内の半分はヤツに食べられたがな…全く祝う気があるのかお菓子のついでなのか…」
『でも嬉しそう』
「フッ…友人に祝われるのに悪い気はしないのだよ」
私も…何かプレゼント出来たら良かったなぁ。
「食うか?」
『え、でも…』
「以前のラッキーアイテムの礼なのだよ」
誕生日の人からお裾分け貰ってしまった…
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夏の全中は地方でやったので、私は準決勝と決勝だけテレビで観た。
帝光は優勝した。
夏休みが終わり新学期になって、久し振りに体育館に行ったら閉め切られていた。
中に入るのも躊躇われて入口近くでうろうろしてたら、桃井さんと会った。
『あの…』
「あ、名前ちゃん見学?」
『うん。閉められていたから。入って良い?』
その時、彼女は困った様に曖昧な笑みを浮かべた。
「うーん…ゴメンね、今ちょっと取り込み中なので…また落ち着いてからの方が良いと思う」
『何か…あったの?』
私の問いに彼女はちょっとね、と表情を曇らせた。
私はそれ以上彼女に訊く事が出来ず、体育館を後にした。
それから私は体育館に行く事が無かったが、一月程して桃井さんからまた見学に来て大丈夫だと教えて貰った。
暫く振りに体育館に行った私は驚いた。
いつも目にしていたメンバーのうち、青峰君、黄瀬君、紫原君がいなくなっていた。
そう言えば友人が、黄瀬君がまたモデルの仕事を再開すると聞いて喜んでいたっけ?
でも青峰君や紫原君は?
青峰君とはクラスが一緒だけど、最近は授業もサボりがちで雰囲気は怖い感じになり、声をかけるどころか近付く事も出来ない。
緑間君も機嫌が悪そう。
そして以前よりも部内の雰囲気がピリピリしていた。
緑間君は淡々と練習している。
黒子君は…ちゃんといる。シュートが下手なのも相変わらず。
そして…赤司君。
何か…上手く言えないのだけど、何かが違う…? 様な。
全体の雰囲気が…以前より重苦しい。
一体何が起こったの?
部外者な私には、その訳を知る術はなかった。
『…あっ!』
緑間君が高々と3Pシュートを放った。
その重苦しさを切り裂く様に天井まで高々と上がったボールは、綺麗な放物線を描いて真っ直ぐゴールに吸い込まれる。
そう。あれが私の全ての動機だった。
私はあれが見たくて魅了されて、ずっとここに通っているんだ。
私はその軌跡をずっと目で追っていた。
『あちゃー…傘忘れてた…』
部活も終わり、私は学校の出口で立ち尽くしてしまった。
天気予報でも雨予報が出てたのに、私は傘を持って来忘れていた。
『しょーがない、駅まで走るか!』
私が走り出そうと足を踏み出した瞬間、「おい」と横から傘を差し出された。
『緑間君!?』
「何を馬鹿な事をやっているのだよ? 今日は夕方から雨予報が出てたのだよ」
『傘干しっ放しにして忘れてて』
「入れ」
『良いの!? あ、でも相合傘になっちゃう…!』
緑間君は顔を真っ赤にした。
「くだらない事を言ってるのではないのだよ! 濡れたら風邪をひくのだよ!」
『あっ、そうだね! ゴメン。ありがとう』
帰り道、同じ傘の下で一緒に歩きながら、何となくバスケ部の話をした。
最近、青峰君、黄瀬君、紫原君が来ない事に言及すると、緑間君は秀麗な眉間に皺を寄せ顔を顰めた。
「俺は人事を尽くさない奴等をチームメイトと認める事は出来ん…!」
『でも試合では勝ってるよね』
「だから監督も赤司も認めている。俺は認めんがな」
苛々している彼が悲しく見える。
何か起こったのだ。
でもそれを訊く勇気は持てなかった。所詮私は見てるだけの部外者だ。
『緑間君はいつも努力してるね。3Pシュート本当に綺麗だもんね。私、緑間君を応援してる』
彼は少し驚いた様に目を見開き私を見た。
『あのシュートは緑間君の絶え間ない努力の賜物だもの。私は…色々上手くいかない時とかあるけど、その頑張りを見てると勇気付けられる』
「俺も…いや、何でもない」
『?』
彼は軽く咳払いした。
「また見に来たければ何時でも来れば良いのだよ。選手は観客の応援があれば折れずに頑張れるものだ」
彼は駅まで送ってくれた時に傘を貸してくれた。
『緑間君はどうするの?』
「心配ない、俺は予備がある。用意周到なのだよ、苗字と違ってな」
最後の一言が余計なイケメンだ。
でもその時私は、彼がそれ以外の傘を持ってなくて、別れた後に駅に併設されたコンビニでビニール傘を購入した事に気が付かなかった。
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三年生になり、私は緑間君とはクラスが別になった。
しかし私は相変わらずバスケ部の見学に足を運んでいた。
黄瀬君が来なくなってからは、見学者の数も激減していた。
友人には「いっそマネージャーになれば?」とか言われていたりするけど、それでは緑間君のシュートばかりガン見出来なくなる。
そろそろ梅雨に入り、七夕が近づく。
緑間君の誕生日だ。
去年は知ったのが当日でプレゼント一つも出来なかった。
今年は折角だから何かあげたいけど…彼が何を喜ぶのか、ラッキーアイテム以外では皆目見当が付かない。
桃井さんに相談してみたけど、「やはりミドリンはラッキーアイテムじゃない?」以上の回答しか得られなかった。
「それかお汁粉」
『お汁粉!?…そう言えば好物って』
青峰君にからかわれていたっけ?
でもなぁ…学校にお汁粉…どうやって持って来れば?
お汁粉がダメでも、和菓子ならいけるかもしれない。
ドンピシャの好物でなくても割と好きかもだし。
私は七夕に因んで、笹の葉を模った練り切りを作った。
中に餡を入れ、笹型の抹茶で染めた餅で包んだ。
でも残念な事に、この日は期末テストの時期で部活は休みだった。
休み時間に緑間君を捜したが、彼を捕まえる事が出来なかった。
試験中は生真面目な彼の事だ。
きっとさっさと帰宅したに違いない。
私は肩を落とし、しょんぼりと帰途に就いた。
帰り道、雨が降って来た。
以前緑間君に傘借りた事を思い出す。
あれは翌日に返したけど。
今回は私も折り畳み傘を持って来たので、慌てる事なく傘を差した。
『七夕…雨降ったら織姫と彦星は逢えるのかな?』
ずっと飽きずに観に行っている私は、彼に惹かれているけど勇気を出して告白するとか出来ないでいる。
この曖昧な関係を崩してしまうのが怖い。
この和菓子も友人として渡すつもりだ。
でも底の気持ちは…少しでも私を見て欲しい、気にかけて欲しい心が隠れている。
私は去年緑間君と会った神社に立ち寄った。
以前と同じに短冊の下がった笹が軒先に飾られていた。
私は短冊を貰い、今の願いを書いた。
ここの神社は縁結びの御利益があると言う。
せめて今日中に「おめでとう」が言えれば良かったな…
私は短冊を笹に結び付けようとしたが、短冊がひらりと落ちた。
そのまま地面に落ちたら濡れてしまう。
私は慌てて舞い落ちる短冊を掴もうとした。
その短冊は後ろから来た人のテーピングした手にふわりと収まった。
『えっ!?』
その時の私の願いが通じたのかもしれない。
緑間君が私の短冊を持ち、後ろに立っていた。
彼は無言で私の短冊を目を落とした。
『見ないで…!!』
「苗字、それは無理なのだよ。もう見てしまったのだからな」
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
私は顔を両手で覆った。
彼は短冊を笹に結び付けた。
彼の態度が変わらず淡々としていたので、微妙に寂しく思いながらも恥ずかしさも少し落ち着き、私は彼に向き直りプレゼントを差し出した。
『あー…っと、そうだっ! お誕生日おめでとう! これ…作ったの』
「覚えていたのか? ありがとうなのだよ。ふむ、練り切りか。器用なものだな」
彼はその場で開けて、和菓子を食べ出した。
「美味しいな。お前らしい優しい味なのだよ」
『あ、ありがとう』
「ずっと食べていたくなる…」
彼は目を細めて微笑んだ。
凄く褒められてるの…かな?
苦労して作った甲斐があったな。
「苗字は…進学先は決めたのか?」
『ふえっ!? まだ…だけど、そろそろ決めなくちゃね』
「俺は…幾らか見当を付けているが、一緒の高校に行く気はないか?」
一緒って…どういう意味?
頭が一瞬フリーズする。
『えっ!? でも緑間君の事だから、バスケの強豪校なんだよね?』
「当然だ。加えての条件は首都圏で学業に力を入れてる進学校だ」
『うっ…!』
「俺のシュートを見るのなら、同じ高校に行くのが最も手っ取り早いがどうだ?」
それはとても魅力的な申し出だ。
『えっと…行けたら行きたいな。でも成績が』
緑間君は不敵な笑みを閃かせた。
「勉強は見てやる。願いを叶えたいなら人事を尽くすのだよ」
『が、頑張ってみる…!』
ここで引き下がったら女がすたる。
でもいつになく彼が強硬だ。どうしたんだろう?
「俺の誕生日だ。俺の願いも叶えるのだよ」
えっ…それって。
ずっと一緒にいたいと思ってる私の気持ちと一緒?
どうしよう…凄く嬉しい。
雨がいつの間にか止んでいた。
彦星と織姫は雨が降ったら逢えないかもしれない。
でも渡る努力を続けてカササギも手を貸したと言う。
ずっと一緒にいたい。
彼もそう思ってくれるなら、きっと叶えられる。
緑間君は手を差し出し、私はその手に自分の手を預ける。
ふわりと彼の温かさが私の掌を包む。
私と彼は無言で見つめ合った。
彼の強い意志を湛えたエメラルド色の瞳が優しく細められる。
(緑間君のシュートをずっと見ていられます様に)
私は思いを込めて、彼の手を握り返した。
-END-