催涙雨 -1-
「名前、早く早く!」
『うっわー! すっごい人だね!』
「こっちが空いてるよ」
今、私達は帝光中学校の第一体育館に詰めかけていた。
辺りは殆ど女子ばっかりだ。
『凄い人気だねー』
「そりゃ人気モデルがバスケやってりゃね」
「黄瀬くーーん!」
黄色い声が姦しい。
そこにゆっくりと歩を進めて来た小柄な少年は、足を止めてギャラリーに向き直った。
無言の威圧感を感じた見物人達は一瞬で静まり返る。
「応援は嬉しいけど、節度を持ってね」
彼の声音や表情は柔らかだが、有無を言わせない威厳があった。
「…はい、赤司様」
赤司君のファンも来てるけど、彼女等の態度は大人しい。
私はあくまで友人のおまけ。特にバスケに興味もないんだけど…
その時、綺麗な放物線を描いたボールがゴールに吸い込まれた。
今の…あの人って、同じクラスの緑間君?
『綺麗なシュートね…』
あの3pシュート、入れるの難しいのにいとも簡単に入れてる様に見える。
流石強豪校の一軍なだけはある。
あ、また…!
彼の位置が異なっていても、まるでその軌道は計算されつくしたかの如く正確に入った。
何度も何度も。…って。
『は、外してない…!?』
少なくても私が見ている時は一度も。
いくら一軍でもそんな事あるの?
私は気になって、ずっと緑間君を見続けてしまった。
同じクラスと言っても、私は緑間君や青峰君とは特に接点はない。
運動も得意じゃないし、席も近い訳ではないし。
緑間君は成績もクラス1で、真面目で運動も出来て…外見も整っている。
だが、おは朝信者の変人で無愛想な所がミーハーなファンを遠ざけていた。
でも表には出さなくても隠然たるファンはいる。
私はバスケに特に興味は無かったのに、彼のシュートには強く惹き付けられた。
それから私はちょくちょくバスケ部の練習を観に行く様になった。
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《明日の蟹座のラッキーアイテムはレモン大福っ!》
最近チェックする様になった、おは朝のお告げはまたピンポイントで突拍子のない物だった。
『…れ、レモン…??』
あるのか、そんなんが。
でも面白いかも?
実は私は和菓子作りが趣味。
早速国産レモンの調達に向かった。
「で、作ったの? 名前」
『うん。食べてみる?』
「うーん…いいわ、今ダイエットしてるし」
『何でダイエット? 全然太ってないじゃん?』
「だってー黄瀬君見てたら…ねぇ?」
モデルと一般人と比べるのもどうかと思うけど。
「苗字」
いきなり後ろから声をかけられ、私は驚いて軽く跳びあがった。
『み、緑間君っ!?』
「その―レモン大福作ったのか?」
『うん』
「その…いきなりで悪いが、一つ譲って貰いたいのだよ。勿論金は払うのだよ」
彼が千円札を出したので、私は首を傾げた。
「これで間に合うだろうか?」
『は…!??いや…あの』
「足りないのか?なら…」
更にお札を出そうとする彼を私は慌てて押し止める。
普通の大きさなのに一つ千円以上する大福って、どれだけ高級品なの!?
「今日の蟹座のラッキーアイテムだが、通販では間に合わないのだよ」
市販しているのかい!?
『お金なんていいよ。面白がって試作したけど少し作り過ぎちゃったから持ってって』
「いいのか?」
『うん! 緑間君の綺麗なシュート、いつも見させてもらっているからお礼ね』
「……」
『? 緑間君?』
「い、いや…俺のシュートを見てたのか」
彼が眼鏡のブリッジを指で押さえた。
『うん? ついつい綺麗なんで見入ってしまって。って悪かったかな?』
「いや、悪くは―ない」
『?????』
その時、青峰君が緑間君の肩に腕をかけた。
「はっきり言ってやれよ緑間。嬉しいんだろ?」
「黙れ青峰っ!」
「照れてんだよコイツ。素直じゃねーからwww」
「照れてなんてないのだよ!! だがその…苗字、礼を言うのだよ」
『……!!?』
その時の彼は怒った様に口を引き結んでいたが、頬がほんのり赤みを帯びていた。
あんな顔、するんだ―
クールなだけじゃないんだな。
ちょっと可愛いと思っちゃったりして。…親近感が湧いちゃったかも?
『緑間君って面白い人だね』
「おもっ…!? 心外なのだよ!」
「ハハッ!w 確かに面白れーよな、変人だし」
「俺はただ…人事を尽くしているだけなのだよ!」
『だから良い意味で、だよ』
今日もいつもの様に、練習を観に行った。
小休憩中に緑間君が席を外した時、紫原君がベンチに座って何か食べていた。
紫原君が休憩の時にお菓子とか食べているのは別段珍しい事ではない。
ああ見てると、大きい縫いぐるみみたいで妙に可愛い。
しかし、その時戻った緑間君の怒鳴り声が聞こえて辺りは騒然となった。
「何をしているのだよ!!?」
「あ〜ミドチン。美味しいね、これ変わってるけど〜」
「それは俺のラッキーアイテムなのだよっ!!」
「あらら〜ごめーん」
「ごめんでは済まないのだよ! 今日の蟹座の順位は…!」
「でも食べちゃった」
「紫原っ!!!!」
その時、赤司君が割って入り窘める。
「紫原。自分以外のはせめて確認してから食べないと」
「うーん…ごめんミドチン。でも戻せないし〜」
「うっ…!」
私は自分の鞄からタッパ―を取り出し、桃井さんをこっそり呼んだ。
『これ、緑間君に一つあげて?』
「えっ苗字さんこれって」
『蟹座のラッキーアイテム』
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ある日、昼の学生食堂でバスケ部一軍メンバー達とすれ違った。
「何だ緑間、おめーまたそんなん買ったのかよ? ほんっと好きだなー」
ちらりと緑間君の手元を見ると、お汁粉缶を持っていた。
学校の自販機にあるとは気付かなかった。しかも今は五月。
冬のラインナップじゃなかったっけ?
「小豆は炭水化物の他に鉄分、ビタミンB1B2、カリウム等が含まれているのだよ。粒餡は食物繊維も豊富だ。身体に良いのだよ」
「あ゛〜よくそんな甘ったるいもん飲むよな!」
「俺はミネラルウォーターっすね! これも身体に良いんスよ? カロリー無いし、ミネラルも身体に良いんスよ」
「聞いてねーよ」
「酷いっス!」
緑間君、お汁粉好きなんだ…
私も和菓子好きが高じて作り始めてしまったから、嬉しくて口元が思わず綻んでしまう。
あのレモン大福、気に入ってくれてたら良いな♪
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そろそろ中間試験になる。
私は一人、放課後の図書室で勉強していた。
自慢ではないが、私は基本文系の人間なので理数系が少し苦手だ。
分からないではないが、分かるのに少し時間がかかると言うか…
もう少し効率的に勉強出来ると良いのだけど。
あう…この幾何、苦手なヤツだ。
『ABの対角線上の交点MとP…』
「苗字、何を悩んでいるのだよ?」
『緑間君…』
「幾何か。分からないのか?」
『う、うん』
彼は馬鹿にした風もなく、少し小首を傾げて何か思案している。
「見てやるから来るのだよ」
『えっ!? 良いの?』
彼の後ろを付いて行くと、何とキセキ達が揃って勉強していたのを見て、私は驚いて足を止めた。
でも緑間君はそんな私に頓着無く、そこに座れと空いていた赤司君の隣を差した。
恐れ多いと辞退しようとしたが、緑間君は「ラッキーアイテムの礼だ」と引かない。
困って赤司君に視線を投げると、赤司君は柔らかく微笑んだ。
「俺は構わないよ。ましてや緑間の恩人なんだろう?」
「お菓子くれるなら教えるよ〜俺物理得意だしー。あのレモン大福? また作ってね〜」
「紫原! てめー俺には教えるの面倒臭いとか言ってたくせによ!」
「だーって峰ちんはオームの法則の解答欄に"攻撃したら赤くなる"とか書いてんじゃん。Ωに赤い目玉沢山描いてさー」
うわあ。
「青峰も黄瀬も赤点取ったら追試で予選に出られなくなるからな」
「うーっす…」
「分かっているっスよ…」
って、もしかして黄瀬君も教わる側なんだ? しかも赤点の可能性に言及されてる…
「…で、苗字。分からない所を出すのだよ」
結果、私は緑間君にだけではなく、赤司君や紫原君にまで勉強を見て貰ってしまったのだった。
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それからも変わる事なく私は淡々と彼等の練習や試合を観に行った。
時折、隣に白髪交じりの男性がいたりした。
誰かの父兄だろうか?
それにしても、最近の青峰君の成長ぶりが凄い。
他の2年メンバー達も上手くなって来ているが、青峰君のプレイには素人目にも度肝を抜かれた。
「苗字さん」
休み時間の廊下で突然声をかけられた。
だが、辺りを見回しても誰もいなかった。
『…気のせいかな? 空耳?』
「落としましたよ、このボールペン貴女のですよね?」
『うわぁっ!?』
不意に目の前に現れた小柄で薄い印象の少年がボールペンを差し出していた。
確かにその水玉模様のは私のだ。
『あ、ありがとう…』
「どういたしまして」
『あ、でも何で私の名前知ってるの?』
彼は軽く小首を傾げ、柔らかく微笑んだ。
「だって…何度もバスケ部の見学に来ていますよね?」
『えっっ!?? 貴方バスケ部!?』
しかも一軍らしい。とてもそうは見えない。
「…もしかして気が付かなかったですか?」
『あ、御免なさい…』
「それに僕もいたんです。図書室の勉強会に」
『ええーっ!??』
全っ然気が付かなかった私って…!!めっちゃ失礼なヤツではっ!?
頭を抱えて謝り倒す私に彼は苦笑した。
「割とよくある事なんで気にしないでください」
彼は黒子君と言う。
改めて挨拶を交わした。
『ああそう言えば、時々試合で不思議なパスが通ってると思ったら君の仕業だったんだ?』
「仕業なんて…人聞きが悪いです」
『ごめん。でもそれで謎が解けてスッキリしたよ。あれは何だろう?ってずっと思っていたから』
黒子君は苦笑した。
「貴女はずっと試合中は緑間君ばかり見ていましたからね」
『えっ!? そんなつもりは無いんだけどな』
「緑間君のシュートは凄いですから」
『うん。それが見たくて行ってる様なもんだけど、でも青峰君の動きも凄いなぁって。特に最近どんどん増してきてるね』
「……そうですね」
その時黒子君の表情が曇った。
その訳を不思議に思いながらも、私は彼にそれ以上その事を聞けなかった。