異榻同夢(いとうどうむ)
いよいよ誠凛vs秀徳戦が始まった。
誠凛は王者正邦を下しての連戦で過酷な戦いとなる。
私は未だ感情が整理しきれていないまま。
高尾君とは敵同士。
でもさっきの彼は普通に親切だった。
嫌われてはいない…なら良いのだけど。
でも、彼はもう秀徳の一選手…緑間君とはチームメイト以上の絆を繋げている様だ。
同じ世界にいるだけで十分と思っていた筈なのだけど、声をかけるのも憚られる立場で遠目に彼の姿を時々ちらりと見るのが精一杯なのが辛い。
異世界にいる時よりは全然良い筈なのに、どんどん欲張りになる自分が嫌になる。
誠凛の速攻、火神君のアリウープを緑間君がブロックした。
そのボールが高尾君に渡る。高尾君は見もせずに背中からパスを出した。
…器用だなぁ。
どちらも攻めあぐねていた膠着状態が突如動いた。
秀徳の緑間君のスリーの先制点が入ったのだ。
だが、黒子君の縦にコートをぶっちぎったパスを受けた火神君がすぐさま取り返した。
高尾君が絶妙なフェイクで伊月先輩を抜き、ノールックで大坪さんにパスを出す。
まただ。
やはり彼の動きは他の選手とは違っている。
まるで―横や後ろにも目が付いているみたい…
秀徳の監督がマーク交代を告げた。
高尾君が黒子君のマークに…!?
高尾君は黒子君に話しかけていた。
「…やっぱねー、こーゆー形になると思ったんだわー。まっ、真ちゃん風に言うなら運命なのだよっ。俺とお前、真ちゃんとアイツがやり合うのは。
しかしまさかこんな早く対決出来るとはねー。初めて会った時から思ってたんだよ。俺とお前は同じ人種だって。
同じ一年だし? パスさばくのがスタイルっつーか生業の選手としてさ。だからねーぶっちゃけ何つーの? アレ…同族嫌悪?
お前には負けたくねーんだわ! 何か。ってか今までこんな感覚になった事ねーんだけどな。お前が多分…どっか他と違うからじゃね?」
「すいません。そーゆー事言われたの初めてで…困ります」
「えー」
「…けど僕にも似た感覚はちょっとあります」
「いーねマンマンじゃんやる気っ…て んがっっ!!?」
一瞬、高尾君は黒子君を見失ったかの様に見えた。
黒子君は、既にパス中継しに動いていた。…が。
えっ…!??
高尾君は黒子君のパスをスティールした。
カントクがタイムアウトを取った。
「失敗!?」
「アイツの失敗なんて初めてじゃ…」
「いや、多分失敗じゃない…アイツも持っているんだ。俺の鷲の目と同じ…いや、視野の広さは俺より上の鷹の目を」
伊月先輩の話に皆愕然としていた。
鷹の目…鷹の目…以前もいきなり頭に浮かんだ言葉。
どこで聞いた?
(バスケしてて、もろ鷹の目だなーって思った事何度もあるし)
常盤君…だ。
思い出すと私は高揚感でドキドキし出した。
あの時の彼と今の彼はやはり同一人物なんだ。
敵なのに。彼のせいで今皆困っているのに。
彼は私達を追い込んでいる張本人なのに。
それでも高尾君って格好いいんだな…
ついついこんな不届きな事を考えてしまう私って、誠凛にとっては裏切り者なんだろう。
私はちらりと秀徳チームに目をやり、ドキリとした。
こちらを見ていた高尾君と視線が合ってしまった。
彼は目を細めて私をじっと見ていた。
甘さは無く、搦め捕られる様な視線だ。
私は頬が熱くなってくるのを感じ、慌てて目を逸らした。
その時、私の額に柔らかくひんやりとした感触があり、同時に真っ直ぐな視線で覗き込んで来た黒子君と目があった。
「…大丈夫ですか? 顔が赤いです」
額に当てられたのは彼の掌だ。
私は驚いて仰け反った。
『わっ!??』
「熱いですね。具合は?」
『あっゴメンね、大丈夫! 試合の熱気に当てられちゃってね』
「ならいいのですが」
高尾君を意識したからだとは言えない。
私はパタパタとバインダーで扇いだ。
もう一度ちらりと視線を戻すと、高尾君は緑間君と何か話込んでいた。
何を話しているのだろう?
あの緑間君と高尾君が今では当たり前の様に一緒にいるのが不思議に感じる。
誠凛はタイムアウト取ったものの、然したる妙案がある訳でもないので、火神君の提言通りそのまま行く事となった。
「ね…苗字さん、これ撮っておいてくれる?」
『リコ先輩?』
彼女が寄越したのは小型のビデオカメラ。
『毎回試合は撮ってますよね?』
「そうだけど、今回は特に…高尾君…秀徳の10番の子を撮ってもらいたいの」
『は…?』
「今回のキーマンは高尾君よ。緑間君攻略も必要だけど、まずは高尾君をどうにかしないと黒子君を生かせないわ」
『…分かりました』
高尾君…こんな形で関わるなんて…
私は複雑な気持ちでカメラのスイッチを入れた。
誠凛は苦戦した。
黒子君のミスディレクションが、高尾君には全く通用しない。
それに加えて緑間君の3Pシュートはコート全てが範囲と判明し、脅威の得点源となっていた。
私は懸命にカメラで高尾君を追っていた。
彼はピタリと黒子君のマークに付いている。
…これが鷹の目の威力。
誰もが見失う黒子君を捉え続ける力。
全体の動きを捉える力。
私はカメラ越しに高尾君を追いかけながら、奇妙な高揚感でわくわくしていた。
これは敵チームのマネとして誠凛の為にやっている事なのに…
まるでアイドルの追っかけしている気分だ。
役得だけど、こんな事で良いのかな?
相変わらず我がチームは苦戦してじりじりと点を離されていると言うのに。
『!?』
そのカメラの中の高尾君が真っ直ぐにこちらを見た。
視線が合った私はドキリと心臓が跳ねる。
えっ…!??
彼の顔がどんどんとアップになり、そして―
どんっ! と身体に衝撃が走り、視界がぐるりと一回転する。
瞬間、身体がベンチから跳ね飛ばされていた。
「名前ちゃん、大丈夫!?」
『…え…っ?』
私はベンチの後ろでひっくり返され、高尾君に覆い被されていた。
彼は片手を私の後頭部に当て、もう片手で私の手首を押さえていた。
頭に軽い衝撃があったものの、幸いにも痛みはなかった。
…一体、何が起こったの…?
超至近距離の彼から伝わる彼の体温。
「レフェリータイム!」
彼に抱き起されて呆然としていたら、黒子君が控えめな声で教えてくれた。
「カットされたボールが苗字さんの所に跳んで行ったんです。お怪我はありませんか?」
『だ、大丈夫…高尾君、ありがとう』
「わり、元々それ俺が飛ばしたヤツだしー…怪我ねーなら良かった」
黒子君が私を覗き込む。
「何だか…顔が赤いです。ぶつけたりしましたか?」
『えっ、顔!?』
ひやりと今度は頬に両手を当てられた。
「やはり熱いですね」
「なら何か冷やすもん貰って来っか?」
高尾君は黒子君の手を外し私を覗き込み、額に手を当てようとした。
これ以上は私の心臓が保たない。
私は慌てて顔を後ろに反らした。
『だ、大丈夫! 怪我とかないから!!』
「ふーん。…なら良ーけど」
高尾君が不機嫌そうに顔を顰めてふいっと立ち上がり、背を向けてコートに戻って行く。
その後ろ姿すら格好良く見えてしまう私は重症だ。
試合が再開した。
私は心臓を静めながら、撮影を続けた。
※※※
第2Q終了後のインターバル。
秀徳高校の控室では監督が試合展開を値踏みしていた。
オマケして60点と中々の辛い点数だ。
走って帰るのは勘弁して欲しいぜ。
「後半は大坪も積極的に攻めろ。とどめを刺す。以上!」
監督の声を聞きながら、俺は第1Q終了後のインターバルの光景を思い出していた。
気に入らねー。
黒子…俺の目の前で名前ちゃんの顔に触りやがって…! それも二度も!!
しかも俺が触ろうとした時、避けられた…
やっぱ俺、嫌われちゃったのかな?
…敵チームだし?
ずっと一緒にいる仲間の方が大切になるだろーし?
くっそ…落ち込むわ。
確か黒子は試合前も彼女を追いかけて来たっけな?
折角…名前ちゃんと二人きりで話せる機会だったのに邪魔されて。
だだでさえ彼女と同じチームなだけでも目障りだっつーのに。
同族嫌悪も確かにあるけど、それに加えてもう一つ、どーしても負けたくねー理由が出来ちまった。
「どーした高尾?」
ごつりと重い痛みが蟀谷を走った。
「何すんすか、宮地先輩!?」
「高尾が静かだと不気味なんだよ!」
「ひっでー! 俺を何だと!?」
「ぼんやりしてるんじゃねーぞ、やる気ねーんなら轢くぞ!?」
やる気…?
俺はフッと口の端を歪めて笑った。
笑わずにはいられないっしょ、だって。
「やる気、むしろビンビンっすよ俺!」
「なら良ーけどよ」
…あっち選んだのを絶てー後悔させてやっからな?
見てろよ名前ちゃん…!
横では真ちゃんが爪を整えてる。
こっちのエース様の執念も伊達じゃねぇ。
俺は真ちゃんの信楽狸に向かって、決意の拳をかざしたが同時に木村先輩が狸に蹴躓いた。
※※※
誠凛高校の控室では皆黙りこくり、誰も話そうとはしなかった。
黒子君は黙ったままビデオを観ていた。
私も彼の横からそっと覗き込んだ。
緑間君が目立っているが、重要な場面で高尾君が動いているのが分かる。
やっぱり見惚れてしまう…
皆が絶望していると言うのに…私は本当はどっちが勝って欲しいのだろう?
その時、伊月先輩の声が聞こえた。
「黒子、何してんの?」
「前半ビデオ撮っといてくれたそうなので。高尾君を」
「! 何か勝算あるのか?」
「え? さあ?」
「は?」
「勝ちたいとは考えます。けど"勝てるかどうか"は考えた事ないです」
その後、隕石が相手ベンチを直撃するかも等との黒子君のとんでも発言で控室の空気は一変した。
泣いても笑っても今は最後まで行くしかなく、後の事はその時考えれば良い。
今出来る事を精一杯やる―
そんな黒子君の発言に私も勇気づけられた。
今は高尾君が敵だとしても、私も精一杯やろう。後悔するかもしれないけど、その時はその時だ。
※※※
第3Q、黒子君はベンチに入った。
火神君と緑間君の競り合いで、火神君の跳躍力がどんどんと増していった。
だが彼は周りとの連携を欠き、一人で暴走を始め―体力が尽きた。
インターバル中に火神君は日向先輩に注意されて周りと口論を始め、黒子君と殴り合いになった。
でも、その黒子君の言葉で火神君が我に返り、素直に謝罪し、その場は収まった。
嬉しくなければ「勝利」じゃない。
…もし勝った時、私は笑えるのだろうか…?
そして最後の第4Q
今度は黒子君もコートに入った。
火神君は水戸部先輩にパスを出す。
やはり高尾君のマークを外すのが勝利の大前提。
黒子君は第2Qで既に仕掛けていたみたいだ。
伊月先輩も"つられそう"と言っていたし…
黒子君が動いた。
高尾君のマークが外れてる?
高尾君が火神君とボールの間に入ろうとしたが、黒子君が殴って加速させたボールは、高尾君の手の先をすり抜け火神君に渡った。
火神君は立ち塞がった緑間君を吹っ飛ばし、ボールをゴールに叩き込んだ。
火神君のファインプレーに誠凛の勢いは増し、秀徳との差を一気に詰めていった。
黒子君は高尾君のマークを完全に外しているみたいだ。
通常のパスやスティールも出来る様になっている。
高尾君…
秀徳のタイムアウト後、秀徳がペースを落として、得点が動かなくなったが、緑間君が3Pを入れ、誠凛は一気に苦しくなった。
日向先輩も3Pを返して追いすがる。
でももう試合の残り時間は1分を切っていた。
日向先輩は大坪さんのマークを火神君のスクリーンで外す。
先輩はラインから離れた場所からスリーを撃ち、ゴールに入れた。
もう時間は殆ど残ってはいない。一点差で誠凛が勝った…!??
「勝ってねーよ、まだ!」
高尾君が緑間君にボールをパスした。
その3秒間で起こった事…
多過ぎて、私の頭では整理しきれない。
跳べない筈の火神君がブロックで跳んで、緑間君がフェイクで下げて―
もう一度撃とうとした緑間君のボールを後ろから取った黒子君…
試合終了のホイッスルが鳴った。
湧き立つ自陣営、信じられないと呆然となる相手選手達。
勝った…の?
私は自分でも気づかぬ内に、滂沱と涙を流していた。
嬉しいのか、悲しいのか。
自分でも感情が混乱して分からなかった。
夢はキセキの世代を倒す事―
誠凛は緑間真太郎擁する秀徳高校を辛うじて下し、決勝リーグに進める事となった。