夢は陽炎の如く
『…凄い』
秀徳と錦佳との試合は、既に第二Q残り4分で早くも30点差を付けていた。
センターの大坪さんの破壊的なまでに力強いダンクと、アウトサイドの緑間君の一度も外さない3Pシュートは恐ろしい限りだ。
得点稼ぎしまくる彼等に的確にパスをしてる高尾君。
『相変わらず上手いなぁ』
「? 相変わらずって何だ苗字?」
わっ! 私の独り言、日向先輩に聞かれていた!
まさか前の世界での話とか言う訳にはいかない。
『あのPG、前に試合観た事があるんで!』
「へえ…確かに。あいつ一年だろ? レギュラーだけあって上手ぇな」
その時、緑間君がまたシュートを放った。
火神君が感嘆した様に唸った。
「今日今んとこ5本中5本か。緑間は随分調子が良いみてーだな」
「そうなんですか?」
「いや、知んねーよ! つかお前の方が分かんだろが!」
「さぁ…? 彼が外したとこ見た事ないんで…スイマセン」
黒子君は緑間君とずっと同じチームにいた。
彼が言うには、彼はフォームを崩されない限り100%決める、との事だ。
緑間君と大坪さんが目立っているけど、高尾君…時々相手を見ずにパスしてる。
鷹の目。
その時、不意に思い出した言葉。
どこかで耳にした。
伊月先輩のは確か…鷲の目。
高尾君…伊月先輩と似た能力持ってるんじゃ…?
まさか…ね。
秀徳は132点の大差付けて勝利し、誠凛も続けての対白稜高校との五回戦を辛くも勝利した。
※※※
やっぱり私と高尾君はもう敵同士になってしまったんだなぁ。
私は、ぼんやりと街中を歩きながら周りを眺めた。
ここと高尾君のいる場所は空間的には繋がっている。
確か…ここは以前私と高尾君で歩いた場所だった。
このゲーセンで縫いぐるみ貰ったな。…あの時は楽しかった。
今でも私の部屋にいるんだよね。
あれ…?
私はそのクレーンゲームをぼんやりと眺めた。
そのゲーム機の後ろのガラスには「古代生物シリーズ・カンブリア紀ver.新登場!」とポスターが貼ってある。
『カンブリア紀って、何があるんだろ…?』
私はよく見ようと、そのゲーム機に近づいた。
そこで熱心にゲーム機を覗き込んで操作している人がいた。
背の高い、キャップを被っている男だ。
「…む、中々上手く行かぬな。この様な物は紫原が得意なのだよ」
聞き覚えのある声に特徴のある話し方。
私は記憶層を探ろうと軽く首を傾げた。
どうも先日から色々ショックな事が続き、頭が上手く回らない。
彼が再びクレーンを動かした時、取り出し口からコロコロと縫いぐるみが転がり出て私の足元で止まった。
私は機械的にそれを拾い上げた。
『何これ、足の付いた草鞋?』
「草鞋などではない! ウィワクシアと言うカンブリア中期に生息していた軟体動物なのだ…!??」
嫌な予感は得てして当たるものだ。
彼はあの忌々しくも私に水をかけた緑間真太郎だった。
彼の特徴的な髪色はキャップに隠れていたから気付くのが遅れた。
この人と会うと、大体碌な目に遭わない。
「お前か!!?? いい加減に成仏するのだよっ!!! いやその前にワラj…いやラッキーアイテム候補を返せ!」
『なに成仏て!!? つか自分でもワラジとか言ってなかった!??』
「お前が変な事言うから移ったのだよ! 幽霊は成仏するのが正しい道なのだよ!」
『失礼ね、私のどこが幽霊なの!?』
言いながら、私はギョッとする。
そう言えば…以前、私は前世で最上階の踊り場から飛び降りた…打ち所が悪ければ死んでも不思議はない。
『え、まさか…私…?』
「俺の目の前で消えたのだよ」
彼が言っているのは、高尾君の家を捜していた時の事だろう。
自分が元の世界に戻ったのだから、彼からすると消えた様に見えたのかもしれない。
何となく辺りの光が強まった様な気がして、私は見回した。
光っているのは緑間君の胸のポケットだった。
『何か光ってるよ?』
「…む、これか」
彼が取り出した物には見覚えがあった。
『その、根付…? 何で緑間君が?』
「高尾が寄越したのだよ」
『高尾、く…んが?』
彼の言葉は私を打ちのめした。
目の前が真っ暗になる。
あれは私と高尾君とを繋ぐ物。
それを彼は緑間君に渡し、自分の身から離した。
何故…? 以前私は高尾君を怒らせた。
私は彼に嫌われたのだろうか。
なら何の為に…私は…ここにいる、の…?
高尾君に疎まれて嫌われたのなら…私はここにいる意味は無いよ…
『そう…私はどうしても高尾君に会いたいから、ここに来たんだけど…もうそれも意味無いのかな…』
私は小さく呟いた。
もう彼に望まれないなら、私なんか…どうなっても良い…
でも、もう一目だけでも彼の太陽の様な笑顔が見たかった。
私の視界が涙でみるみる曇っていく。
そのままフラフラとあてどもなく歩き出す。
「おい! 苗字!!」
私の腕が掴まれたが、私は強引に振り払う。
今度は後ろから羽交い絞めにされた。
『放して…』
「赤信号なのだよ!!」
私はハッとして顔を上げた。
目の前の幹線道路は引っ切り無しに車が走っている。
そのままだと私は轢かれていただろう。
轢かれたら…死ぬのかな? 私は幽霊なのに?
可笑しいな。
私は俯き低い声で笑った。
笑っているのに、涙がぽろぽろと零れた。
私を幽霊扱いした彼が困惑した様にそんな私を見ている。
「その…例え幽霊だとしても、実体もあるし、俺の目の前で車に轢かれでもしたら寝覚めが悪いのだ…よ。
地区予選が終わったら…高尾に会わせてやってもいい」
『…え?』
「それで…満足するのだろう?」
『…でも私、高尾君に嫌われてるんでしょ?』
「そこら辺は本人に直接訊け。高尾も気持ちの整理がつくだろう。お前も成仏するのだよ」
やっぱりまだ私は幽霊扱いだった。
俺は彼女の後ろ姿を見送りつつ溜息を吐いた。
今度は、まだ危な気な足元ながらも歩道を歩いて行ってる。
さっきは幽霊の自殺を見るかと思ったのだよ。
思わず反射的に止めてしまったが。
苗字は帝光中で会った時も確かに実体はあった。
だが俺の目の前で消えた。
実体があるのに消えるのは、幽霊なのか人間なのか?
影の薄い黒子だって見失うかミスディレクション無しには消えたり出来ないのだよ。
高尾が以前俺に話したのは、苗字の事なのか…?
彼女は、この水晶玉に明らかに心当たりがある様だった。
いつも煩い高尾が、これが原因であれだけしょげていた。
これからまだIHが続くのに、下手に拗れてパフォーマンスに影響しては困るのだよ。
誠凛とうちとは地区の決勝予選で当たる可能性がある。
最も誠凛がその前に敗れたら関係ない話になるが。
「それにしても、よりによって誠凛とは…厄介な」
俺の呟きは街の喧噪の中に溶け消えた。
※※※
とうとう今日と言う日が来てしまった。
今日は関東二大王者と二連戦の日。
正邦高校と秀徳高校だ。
誠凛が正邦に勝てたなら、高尾君とはいよいよ敵同士になる。
誠凛には勝って欲しい。けど…怖い。
ドアを開けて家から出たら、ロードワークから戻って来た涼太君と出くわした。
「おはようっス!」
『おはよう、涼太君。最近いつも早くから頑張ってるね!』
「あんた達のせいっスよ。今度は絶対負けないっスから!」
『う…うん。でも誠凛も負けないよ』
「上等っス! 今日は誠凛は二試合あるっスね。正邦と…緑間っちのいる秀徳」
緑間…君。
彼はこの試合が終わったら、高尾君に会わせてくれるって言っていた。
…でも、高尾君に会えても…どうにかなるんだろうか?
傷付いてしまう位なら、会わない方がいっそ良いのかもしれない。
「どうしたんスか? 顔色が悪いっス。緊張してるっスか?」
『…あ、ああ。ゴメンね? そうね、今日の試合…怖くて』
「二大王者が相手っスからね。でも大丈夫っスよ。誠凛には黒子っちと火神っちがいるっス!
緑間っちは確かに凄いプレイヤーっスけど、俺を負かしたんスよ? 選手を信じるっス!」
『そうね、ありがとう。今は試合に集中しなくちゃね!』
「そうっス。後で先輩と試合観に行くっスから、マネージャー頑張るっスよ!」
そうだ。今は目の前の試合に勝つ事だけを考えなくちゃ。
高尾君が敵とか、もうこれは今ではどうしようもない事で、考えても仕方がない。
…今は、この立場を受け入れよう。
同じ世界にいる。
以前の会えない絶望よりはまだマシなのかも。
嫌われているかはまた後で考えるしかない。
私は彼に手を振り、深呼吸をして足を踏み出した。
※※※
今日は以前の様な学校体育館ではなく、客席まである大きな試合会場だった。
やはり皆固くて緊張している。
誠凛と正邦のコートの隣では、秀徳高校がウォーミングアップしていた。
…怖気付くな、自分! 覚悟するんだ。
そう思いつつも、つい隣のコートの高尾君が気になってチラチラ見てしまう。
「ガン飛ばす相手が違ぇよ、だアホー」
「いてえ!!」
日向先輩が火神君の首を無理矢理戻していた。
…吃驚した。私が言われているのかと思った…
火神君は、どうやら緑間君が気になっているらしい。
先輩達が控室で話していた事によると、以前正邦に大負けしてバスケが嫌いになったらしい。
私が控室から出た時、黒子君と火神君の話声が聞こえた。
「今はあんなに明るいけど、好きな物を嫌いになるのはすごく辛いです。
緑間君と話した時、過去と未来は違うと言ったけど、切り離されてるわけじゃありません。
この試合は先輩達が過去を乗り越える大事な試合だと思うんです。だから」
過去と未来は切り離されてる訳じゃない。
過去を乗り越える…
この世界でも、皆色々な思いを抱いて生きている。
どこに行っても私が変わるわけじゃない。
皆…ものは違えど、怖いものはある。
私は乗り越えられるだろうか?
ううん、今は…高尾君の事は考えないって決めたんだ。
後で嫌でもそれと相対する事になると思うけど…今は先輩達の手助けをするんだ。
この試合絶対…勝ちたいです。
黒子君の言葉を背に、私は扉を閉めた。
※※※
正邦戦はギリギリで勝てた。
でも三時間後にはまた王者秀徳高校との試合が始まる。
選手達は休息を取っている。
リコ先輩は、各選手達にマッサージを施している。
私は頼まれて選手達の飲み物を買いに出た。
『…10。流石に重い…って、うわっ!?』
自販機から出たペットボトルが落ちて、ゴロゴロと転がって行った。
それを追いかけて行ったら、足先に当たった人が拾い上げてくれた。
「よ♪」
『た、高尾…君!?』
「買い出しか。結構重くねぇ? 近くまで持ってってやるよ」
『…あ、ありがとう』
歩きながら高尾君はボソッと言った。
「…あん時はゴメンな。うちの真ちゃん、名前ちゃんの事幽霊だって聞かなくてよ」
『あの時…?』
「水かけちまっただろ? 風邪とかひかなかった?」
『それは大丈夫だけど』
「そっか、なら良かった」
中学の時はあれほどライバル視して悔しがっていたのに、今では"うちの真ちゃん"か…
『随分仲良くなったんだね?』
「は?」
『緑間君』
「仲良く、かぁー。あまりそんな意識はねーんだけど、確かに今では大切な相棒かもなー」
『大切…かぁ』
いいなぁ。
「まぁ真ちゃん、我儘で唯我独尊で先輩達をしょっちゅうキレ散らかせていっけどなw それでも呆れるほどの努力家だから嫌いにはなれねーんだ」
高尾君の口ぶりから、彼等の間には揺るぎない絆が確立してると窺える。
あの水晶珠も緑間君に持たせていた。
敵方である今の私よりも、ずっともっと緑間君は高尾君の近くにいる…
人の気持ちは移ろうものだ。
もし私が秀徳に行けていたら、彼との距離も変わっていたのかな?
同じ世界にいるのに、手を伸ばせば届く場所にいるのに。
手を…伸ばしてみれば、今なら高尾君に触れられる…?
「名前ちゃん?」
『あの、高尾君…』
「ん?」
私がそっと彼の腕に触れようとしたその時。
「あ、苗字さん」
『黒子君?』
「荷物持ち手伝おうと思って…」
と言うなり、高尾君にぺこりとお辞儀をする。
「あー、じゃ俺ここで退散すっわ」
『ありがとう、高尾君』
「良いって」
「ありがとうございました」
彼は私達に荷物を返し、軽く手を振って戻って行った。
私は今では、高尾君にとってどんな存在なんだろう?
嫌っていたなら、荷物持ってくれたりはしないと思うんだけど、でも高尾君は優しいから。
以前怒られもしたし…
「苗字さん、さっきの人は秀徳高校の?」
『うん。手伝ってくれたの』
「彼と苗字さんはお知り合いだったんですか?」
『何故?』
「何だか…今、酷く哀しそうです」
『そうかな? 自分では分からないな』
高尾君と少しでも話が出来て嬉しかった。
でも、私は…同時に緑間君に嫉妬しちゃってる。
私はもやもやした気持ちを抱えながら控室に足を向けた。
2019.9.10