夢の始まり




「くそ…っ!! 全然追い付かねぇ!!」

最初から圧倒的な実力差は分かっていた。
でも、こんな化け物みたいな連中が、俺と同い年なんて信じられるかっつーの!

俺達がどんなに必死になっても、点差は無情にも開いていくばかり。
もう第四Q、試合終了まで時間は三分を切った。
誰がどう考えても逆転は絶望的だ。でも、このまま終わらせたくは無い。
せめて一矢ぐれー報いてやらねーと。やられっ放しは性に合わねーよ!

ボールは帝光の七番のシューターに渡った。
背が高くて眼鏡をかけてて緑色の髪のヤツだ。
そいつは俺の前に立ち、腹が立つ程悠然とした態度で見下ろした。

そいつは、この試合で一度もシュートを外さなかった。
七番が立っているのはセンターライン。
普通だと奇跡かマグレでもない限り、シュートは入らねぇ。

でも、そいつは迷いなく腰を軽く屈めてシュート態勢に入った。

「させるかよっ!!」
俺は跳んだ。だがそれはフェイクだった。

しまった…!!

俺が着地したタイミングで、ヤツは3pシュートを放った。
ボールは天井近くまで高々と上り、リングに掠りもせずゴールを潜ったと同時に、試合終了のブザーが鳴り響く。

俺達の最後の全中は帝光に惨敗し、地区予選止まりで終わった。

※※※

「ただいまー…っと」

俺は呼び鈴を押そうとした手を止め鍵を取り出す。
…そう言えば、昨日から俺以外の家族は旅行してるんだっけ。

「あー、疲れたーぁ! …ん?」

俺は自分の部屋に入って首を傾げた。
何だか妙な違和感があった。

でも疲れのせいかと思い返し、荷物を放り投げて着替えを出す。
兎に角、さっさとシャワー浴びて飯食って寝てしまいたい。


シャワーを浴びた俺は、ダルくて飯を食う気になれず、ベッドに寝転がった。

「…ん?」

ベッドがいつもの感触と違う…?

俺は飛び起きて、掛け布団の端を恐る恐る捲った。

「うわぁぁっ!?? 何これ!? 何で俺のベッドに!??」

布団の中には女の子が眠っていた。
俺は慌てて部屋の外に飛び出した。

…いや、やっぱり可笑しいだろ!?
ここは俺の部屋…だよな?

きっと疲れが見せた幻だ、そうに違いない。

俺は部屋の中に戻り、目をこすったが……やっぱり女の子が寝ている状況は変わらなかった。


その女の子は俺と同い年位で、色が白くて小柄で可愛かった。
良く見れば、彼女の胸は緩やかに上下している。

…生きている…人形じゃない。

俺は事態の異常さを忘れて、思わず彼女の白い頬を突っついた。


※※※

-名前side-


頬に軽い感触を感じた私は目を覚ました。

『なあに?お母さん…もう起きるよ…』

…ん?

目を開けた視界にいっぱい、つり目気味の知らない男の子の顔が映った。

「お、起きた!?」
『誰…?』
「俺は高尾和成。って、君こそ誰!?」

私は何故見知らぬ男の子がいるのかと訝り、寝惚けた頭で辺りを見回した。
ここは見慣れた私の部屋じゃない。

『…私は苗字名前。ここ…?どこ?』
「ここは俺の家で俺の部屋!」
『何で私、ここに寝てたの…?』
「それは俺の方が聞きてーわ!」

…何故だか分からないけど、私は彼のベッドで寝ているらしい。
どうしてか考える前に、他人の部屋で寝てる事態に私は動転した。
身体を起こし、慌ててベッドから下りる。

『すみません。知らない事とは言え、失礼しました!』
「お、おいっ!?」

私は彼に頭を下げて部屋を飛び出し、階段を降りて玄関にあったつっかけを拝借して家を走り出た。


結局、私は元の高尾家に舞い戻るしかなかった。
しかもパトカーに乗せられ、警官のおまけまで付けて。

パジャマを身に付け、サンダルを履いた姿の私を不審に思った近所の人に通報されて、警察に連れて行かれた。

そして散々やり取りした末に分かったのは、私の家も家族も友人達も学校も、ここには存在していないと言う事だった。
困った私は唯一覚えのある場所として、ここを告げる事しか出来なかった。

警官は呼び鈴を鳴らしたが、留守なのか応えは無かった。

…どうしよう。もう私、行く所もない…

私は携帯を持って無く、覚えのある電話番号は全て使われて無かった。
まるでこの世界から、私に関する存在が全て消え去ってしまったかの様だ。

「苗字ちゃん!」

その時息せき切って、高尾君が走って来た。
「どこに行ってたんだ? いきなり出て行くから吃驚したじゃん。捜したぜ!?」

彼は警官を見て目を丸くした。

「警察!?」
『…高尾、君……』

私は再びこの世界で唯一知った人、それがちょっと顔を合わせて自己紹介しただけの人でも、再び会えて安心した余り不覚にも涙を一筋流してしまった。

※※※

漸く落ち着いた私は彼の妹さんの服を借りて、いつになるか、帰れるかすらも分からないけど、暫く居候させて貰う事になった。

『…すみません、暫くお世話になります』
「今はどーせ俺だけだし? 家族が帰って来たら、それはそれで何とかなるっしょ」

私達は、彼の母親が作り置いていたカレーライスを食べていた。

『ご免ね。…何から何まで…』
「君の家、警察でも見付からなかったって?」
『無かったんです。…場所も町名も。該当する住所も戸籍も』
「戸籍!? うっそー!? まさか日本人じゃねーとか?」
『日本人です。学校だって行ってたし、戸籍だってある…筈です!』

彼は顎に指をかけ、興味深そうに首を傾げた。

「ならきっと、異世界辺りから来たんじゃね?」
『…異世界?』
「だって全て消えるとか有り得ないっしょ? 大体そうでなきゃ、俺のベッドにいた説明が付かないじゃん」
『…確かに…私、自分の部屋で寝ていた筈だったから。今が夢じゃなければね」

彼は好奇心を湛えた黒い瞳を煌めかせた。

「夢だと思う?」
『夢…にしてはカレーが美味しい』

高尾君は笑い出した。

「カレーが美味いって、いい夢だよな!?」
『…自分の居場所が無くなるのは困るけどね』

「以前読んだラノベの多次元世界ものがそんなんだったな。
何もかもがそっくりだけど、違う世界からスリップして来たって。
やべー! 俺、ワクワクして来たぞ!」
『ワクワク…? 他人事だと思って』

私は彼に恨めし気な視線を向けるが、彼は苦笑いして肩を竦めただけだった。
「悪りぃw ついな。だって面白いじゃん?」

面白がられるなんて不本意だ。私は真剣に困っているんだ!

でも…もし、そうなら。

『消えたのが家族じゃなく、私の方なら…戻れるかもしれないね?』

私は少しの希望が見えて元気が出た。
彼の家族が戻って来た時が心配だけど、今は彼の厚意に甘えさせて貰おう。

私達は食事しながら色々な事を話した。
彼は人懐っこく、話し上手で聞き上手だ。
私はいつの間にか心細さを忘れて、彼のペースに乗せられていた。

『えー高尾君、今日はバスケの試合だったの!?』
「残念だけど負けちまった。中学最後の公式試合が惨敗なんてな」
『…そっか…』

彼は試合後で疲れているのに、私を捜したりしてくれたのか。
結局、私は邪魔してばかりだな。

「悔しいけど、俺の実力が足りてねーって思い知ったぜ。
相手はバスケの名門校で同い年とは思えねー位の化け物揃いなんだ。
でも俺は、もっともっと練習してヤツをぜってー倒す! くっそ緑間、覚えてろよーっ!!」

『…緑間?』

私が首を傾げると、彼は一冊の雑誌を取り出した。

「帝光中学、キセキの世代の一人。ほらコイツ」
『キセキ…?』
「10年に一度の天才たちが5人揃ったってんで、奴等はそう呼ばれている」

彼が見せたページには、緑色の髪の美少年の写真が載っていた。

『…何? この髪色…? 地毛…??』
「地毛みたいだぜ」
『確かに異世界かもしれない。こんな地毛の色の日本人なんていないもの』

それを聞いた彼は吹き出した。

「ぶっは…!? いや、確かに少し変わってんな。でもこいつ等全員そんなだぜ?」

ページを捲ったら、確かに他のメンバーの髪色も全員有り得ない位にカラフルだった。


「『ご馳走様でした』」

私は食べ終わった食器を高尾君と一緒に片づけた。
そしてある事に気が付いた。

『カレー、無くなっちゃってる…』

これ、本来は彼の母親が彼の為にと作った料理だ。
今回は多めにあったから、私の分まで間に合ったけど…

『ね、良かったら私、何か作り置きしようか?』
「ホント? 助かるわー。俺、基本好き嫌いねーから何でも大歓迎だぜ!」

台所の片隅に材料のジャガイモと玉ねぎ、冷蔵庫に人参と豚肉があった。
カレールウは無かったので、肉じゃがを作った。

作り終わった私はリビングに戻った。

彼はソファーに凭れて寝ていた。
余程疲れていたのか、彼は規則正しい寝息を立てて眠っていた。

無理もない。試合の後も私を捜し回ったりしたから。
…私、とことん彼に世話かけちゃったな。

私はタオルケットを探して彼にかけ、彼の髪を指先で撫でた。

『…ありがとう。高尾君が居てくれて良かった』

私は彼の寝顔を見ている内に眠気に襲われ、向かいのソファに横たわると目を閉じた。

※※※

私が目を覚ました時、見慣れた天井が目に入った。

『…夢!? それにしても変でリアルな夢だったな…!?』

私は起きて自分の身体を見下ろしギョッとした。
自分の身に付けている服は、いつものパジャマじゃなかった。

『この服…!??』

その服は夢で借りた"高尾君"の妹さんの服だった。

『夢…じゃ無かったの…!?』

その時、下から「名前! いい加減に起きなさい、遅刻するわよ!」と聞き慣れた母の声がした。

帰って来たんだ…!!
私は自分の居場所に戻って来れた安心感と、奇妙に残念な気持ちを抱えてベッドに突っ伏した。

※※※

-高尾side-

俺は彼女と話している内に、落ち込んでいた気持ちを忘れて、いつの間にか笑っていた。
台所で苗字ちゃんの料理する音と匂いに安心して、とろとろと気持ち良くなり目を閉じた。

「…んーっ」

ふと目を覚ました時は、家には誰もいなかった。
…アレ?

「苗字ちゃん?」

気が付いた時には、俺の身体にはタオルケットがかけられていた。

「おーい、苗字ちゃん!?」

俺は台所に入った。
やはり彼女はいなかった。

鍋を開けたら作りたての肉じゃがが入っていた。

「まだ温けーな…?」

味見してみたら、とても美味かった。

俺は家中捜したが苗字ちゃんの姿は、どこにも無かった。
まさか、また外に出たのかと玄関まで来たが、サンダルはちゃんとある。

来た時と同じ様に、唐突に消え失せてしまったのか?
…それとも、彼女の存在自体が夢だったのか?
でもそれなら肉じゃがは誰が作った? 俺にタオルケットをかけたのは?

ベッドの中にも勿論誰も居なかったが、俺はその脇にある物を見付けて手に取った。
それは、さっきまで彼女が来ていたパジャマだった。

…やっぱり夢なんかじゃねーな。彼女は…苗字ちゃんは居たんだ。
彼女は無事に元の世界に戻れただろうか?

今の俺にそれを知る術は無い。

「ったく…黙って消えるんじゃねーよ! …心配、するだろーが!」

俺の独り言は行き場を無くし、虚しく空中に融け消えた。




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