夢再び




今は夏休み、私は友人と行きつけのコーヒーショップにいる。

『…ふう』

私は今日何度目かは分からなくなった溜息を吐いた。

高尾和成。

あのやたらと奇妙でリアルな夢を見て以来、私は彼の事を忘れる事が出来なかった。
いや、夢ではない。
その証拠に、起きたら着ていた服がある。
この服は、自分では買わないテイストのデザインだ。

「ちょっと名前、どうしたの?」

小首を傾げて私を覗き込んだのは、私の親友の蘇芳円花(すおう・まどか)だ。

『…ううん。ちょっと…寝不足なだけ』
「大丈夫? 寝不足はお肌の大敵だよ? ゲームでもしてたの?」
『ゲームなんかじゃなくて…』
「あ、もしかして…好きな人が気になって、眠れないのー、なーんて…?」

私は思わず黙りこくってしまった。それを見た彼女は驚いて追及を始める。

「ちょっと、マジ!? 誰が好きなの!??」
『いや、あの…』
「教えなさいよっ!! 内緒なんて水臭いわよ!!!?」

彼女は、私の襟首を掴んでガタガタと揺さぶった。


私が話すと彼女は呆れた顔をした。

「はあ!??? 夢で見た男の子〜!!???」

私は恐る恐る上目遣いで円花を見た。

『…変、かな?』
「……名前が、そこまで夢見がちとは思わなかったよ」
『好きと言うか…どうしても忘れられないんだ。何か…ひたむきで、純粋で…優しくて…格好良くて』

彼女は呆れた様に首を振った。

「それって…好きって事でしょ。そりゃ夢の中なら、理想がいても不思議じゃないわよね。
でもそれは、アイドルに熱を上げてるのと何ら変わらないわよ。
まだアイドルなら存在する人だから、万一にも恋が成就する可能性は少ないけどある。
でも夢の中の人なんて…それこそアニメやゲームキャラに恋する様なもんよ。不毛よ不毛!」

夢だけど実際に会った証拠があるなんて、流石に私は口にする事が出来なかった。
証拠があっても、次に会えるなんて保障は全く無いのだから。

『不毛…そうかもしれない。でも私は彼の事が気になるの』
「まぁ夢を見るのが悪い事とは言わないけど…
名前も実際の男の子と付き合ってみれば良いのに。アンタも結構モテるんだから」

「あれ? 蘇芳と苗字じゃん!」

不意にかけられた声に顔を上げると、常盤晶人(ときわ・あきひと)がトレーを持って立っていた。
彼もクラスメイトで、男子では仲が良い方だ。
背が高くてガタイも良い。目はちょっとクリッとして顔立ちは整っている。

「席いい?」
「いいよー」

彼は私の隣に座り、バーガーセットを食べ出した。

『あんまり食べ過ぎると、夕飯が入らなくなるよ?』
「これ位は楽勝だぜ。部活やってると腹減って仕方ねーのよ」
「常盤ってバスケ部だっけ?」
「ん、そう。全中地区予選突破したから今度は本戦。毎日練習でクタクタだよ」

『…全中…バスケ部…?』

私はドキリとして小声で呟く。

「常盤ってレギュラーなんだよねー、これでも!」
「これでもって何だよ! 俺ぁスタメンだぜ!」

『ポイントガード?』
「んにゃ、俺はスモールフォワードだけど…良く知ってんな? 苗字もバスケに興味あるんだ?」
『俄か…だけどね』
「そっか、なら今度観に来れば? 俺活躍すっからさ!」

円花は意味深に含み笑って手をパタパタと振った。

「名前が観に来てくれるなら張り切っちゃうって?」
「応援は多い方が嬉しいし、知ったヤツの顔見ると安心するだろ。会場は遠いけどなー」

高尾君は全中は地区予選で負けたって言っていた。
こっちにはキセキの世代って、いないんだろうなぁ。

彼と会って以来、私はこっちの世界の全てをその夢の世界に擬えてしまう。
彼は一体、今はどうしているんだろう…?

私は手元のアイスココアに視線を落とした。

※※※

-高尾side-

俺は苗字ちゃんの夢を見ていた。

俺の知らない場所で、見知らぬ連中と親し気に話していた苗字ちゃん。
彼女は、見ている俺には全く気が付いて無かった。
いや、そこには俺は存在すらしてなかった。
見えてはいても、彼女に触れる事すら叶わない。

俺はどうしようもない寂寥感に囚われる。

俺は、ここにいるのに何で彼女は気が付かねーの?
誰だよ、そいつ。
何でそいつとは、そんなに親し気なんだよ?

「苗字ちゃん!!」

俺は叫び、手を伸ばした。が、その手は虚しく空を切った。

俺が再び目を開けた時、見慣れた自室の天井が目に入った。

「……夢? …もう、会えねぇのかなー…?」

俺は交差した腕を顔に当てた。


あれから数日が経った。
あの出来事は、あまりにも非現実的だったので、俺は誰にもその事を話せなかった。

俺だって、そんな話を聞いたら、ぜってーそいつの頭が可笑しいって思うもんな。
今だって幻でも見たのか、って何度も思っている。…アレさえなきゃな。

俺は自室を出てリビングに向かおうとしたら、途中にある妹の部屋のドアが開けっ放しになっていた。
そこからは何か探しているらしい妹の姿が見えた。

「あれー?」

旅行から帰って来た妹が、しきりに首を傾げていた。

「どーした?」
「私のお気にのピンクのTシャツとクロップドパンツ、無いんだけど。どこに行ったんだろ?」
「いけね!」

妹ちゃんの服一式、苗字ちゃんに貸したままだった。

「お兄ちゃん?」
「あーそれ、ちょっと訳有りでー…服濡らした友達に貸しちゃったんだわ。悪ぃ」
「何それ!? 私に無断で勝手に貸すとか信じられないんだけど!? いつの話よ、それ?」
「……皆が旅行行ってる時…」

妹の視線が冷たくなった。

「へー…私達が留守の間に何やってんの? お兄ちゃんてば。…お母さんに言いつけちゃおうかなー?」
「止めてっ!! 代わりに別の買ってやるからさ! なっ?」

俺は慌てて両手を拝む形にして頼み込む。

「お兄ちゃん、私達が旅行中に彼女連れ込んだの? やらしー」
「そんなんじゃねーって! 友達! 雨に濡れて着替えが必要だったの!」
「私達が留守の時、雨降ったっけ?」
「こっちでは通り雨がな!」
「…本当かなー?」
「モンブランタルトも付けちゃう!」
「なら許す」

…これで、なけなしの貯金と今月の小遣いはパアだな。

俺は自室に戻り、溜息を吐いた。
全中は地区予選で負けちゃうし、小遣いは無くなるし。
散々な夏だ。

俺のベッドの横には紙袋が一つ置いてあった。
俺はそれを手に取って、中の物を引き出した。

これは苗字名前…と名乗った、彼女の置き土産のパジャマだった。
家族に見付かると怪しまれるので、こうして仕舞ってある。

「…………」

俺は彼女のパジャマに鼻先を埋め、ゆっくりと息を吸い込んだ。

彼女の優しくて微かに甘い残り香が、曖昧に曇りかけていたあの時の記憶を鮮明にする。

……俺って…キモいかも…?

内心で凹みながら、俺はそのパジャマを元通りに仕舞い、ベッドに寝転がった。

もう…会えねえのかなー…?
何で俺…こんなに彼女の事が気にかかっているんだろ?

肉じゃが美味かったし、負け試合の事吐き出すのを聞いてくれて…思ったより落ち込んで引き摺らずに済んだし。
…無事に戻れたみたいで良かったな、とは思ったけど、もう一度会ったら…礼を言いてえな。

…会えたら…良いのに。

俺は目を瞑って、彼女の顔を思い浮かべた。


※※※

-名前side-

「…ん、う…」

私は温かく心地良い世界の中で、ふわふわと揺蕩っていたが、耳元にかかる息と声が私の意識を引き上げた。

『……???』

この匂いは覚えがある。
あの優しくも辛い夢を見ている時の…

「うわっ!!??」

耳元で不意に大声とドタッと落ちた様な音が聞こえ、私はパチリと目を覚ました。

「どーしたの? お兄ちゃん、煩いよ!?」
「なっ…何でもねーよっ!!!」

私は至近距離のやり取りに身体を起こして辺りを見回そうとしたが、いきなり柔らかい物をかけられ、その上から強い力で押さえ込まれた。

『な…っ!? もごっ!!??』

驚いて叫び出そうとしたら口を押えられた。
私は縛めを外そうと暴れかけたが、耳元で囁かれた声に動きを止めた。

「しっ…!! 静かに! 俺だから暴れないで? ね、苗字ちゃん!!」

…俺?

聞き覚えのあるその声に、私はピタリと動きを止め、同時にガチャリとドアの開く音がした。

…ま、まさか、この声は…??

私は有り得ないと思いながらも、淡い期待に脈が速くなるのを感じた。

「じゃあ行ってくるねー。夏休みだからって、いつまでも寝てたりしちゃ駄目だよ!」
「おう」

足音が小さくなりドアの閉める音が聞こえてから、彼は漸く手を離し、私はやっと布団から這い出る事が出来た。

『…高尾、君…?』

やっぱり高尾君だ…!!

高尾君はパジャマ姿で頭を掻いた。

「悪ぃ。いきなり苗字ちゃんいるから、俺もつい動転して…」
『……今のは?』
「妹。これから友達と遊びに行くって」
『…妹…さん…?』

さっきの親しいらしい女の子の声にモヤモヤしていた。
妹…なら良かった。…ん? 良かった? …って??

私は自分の頭の中で自問自答を繰り返した。
自分の気持ちを量りかねて彼を見やると、彼は悪戯っぽく笑った。

「はは…っ、前回と言い、苗字ちゃんは俺の布団が余程気に入ってんのな? でも俺が寝てんのに中に入るとか大胆過ぎっしょ」
『ご、ゴメンなさい!! でも私、自分の意思で入った訳じゃないから…!!』

私が慌てふためいて謝ると、彼は後ろを向いて身体を震わせた。

『…高尾、君?』
「ぶっは…!!www 俺のベッドが異世界の入口とかwww」

私が怖々覗き込むと、彼は身体を折って爆笑し始めた。

『でもここに来る度に、高尾君のベッドにいるなんて…』
「俺は構わねーけどな。むしろ大歓迎!」
『なっ…!??』

彼の言葉に思わず頬がカッと熱くなる。

「なーんてな♪ そうだ、折角会えたんだし、これから遊びに行かね? 俺、案内するし!」

私も内心で二度も会えて嬉しいと思っていた。
私、少しでも彼の事を知りたい。

彼の魅力的な提案に頷いた私を見た彼は、ニカッと楽しそうに笑った。
彼は胸のボタンに手を掛けると、私を上目遣いでチラリと見た。

「…………」

何か言いたげな彼の様子に、私は首を傾げた。

『あの…?』
「あーっと、俺さー…着替えたいんで、出来れば後ろ向いててくれれば嬉しいかなー…なーんて」

苦笑しながらの彼の言葉に、私は慌てて後ろを向き、顔を手で覆った。

2016.10.03




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