途切れた夢
高尾君は、漫画のキャラクターだった。
常盤君が漫画を貸してくれると言ってはくれたけど、私は断ってしまった。
彼の事はもっと知りたいとは思う。
でも読む事によって、彼の世界と私の世界が交わる事は有り得ないと思い知らされるのが怖い。
もし、その漫画の中で彼に彼女がいても、私にはどうする事も出来ない。
私はまだ混乱している。
どうしても彼が架空の人物だと認める事が出来なかった。
常盤君は私を誘い出した。
今はコーヒーショップで話している。
「苗字の好きなのって、あの高尾なんだな…」
『…うん』
「俺は漫画好きで読んでたけど、あいつ、ライバル役で出てくるんだ。
で、お調子者っぽいけど努力家で、読んでると応援したくなって来るんだ」
『…そうなんだ? 私の知ってる高尾君もそんな人だと思う』
「ヤツがライバルなんてマジキツイぜ。でも俺、それでも苗字が好きなんだ。
こう言う言い方はずるいのは自覚している。けど、もう会えねえ奴なら諦めて、俺の事も見て欲しい」
常盤君は良い人だと思う。
スポーツ出来るし、普通に魅力的な人だとも思う。
…でも、私の中を占めているのは…
『…ごめんなさい』
想いに応えられないのは正直に辛い。
このまま高尾君を思い続けても、もう会えるなんて保証は無い。
彼を振って、後悔するかもしれない。
でも、自分の気持ちを偽る事は出来ない。
「……分かった。俺の方こそごめん。なら、これからも友人として付き合ってこうな?」
『…ありがとう』
家に戻ったら、円花から電話がかかって来た。
「名前、常盤振ったの?」
『…うん。もう知っているのね』
彼女の声は尖っていた。
「高尾君は漫画キャラなのよ?」
『…円花。貴女も高尾君と話していたでしょう? あれが実在してないって言うの?』
「確かに話したわ。…けど、貴女は今度いつ高尾君と会えるの?」
『……それは』
「遠恋なら遠くても会いに行ける。でも彼はどこにいるの?」
『……』
「そばにいる常盤より、そんなに漫画キャラが良いの?」
『止めてよ…!!』
もう私は彼女が、これ以上言うのを聞きたくなかった。
例え、それが私の為を思って言ってくれてるとしても。
私の気持ちが偽物だと踏みにじられている様で耐えられなかった。
『円花は…っ! 私の事より自分の事を考えなよ! もう私にあれこれ言わないで!!』
「名前!?」
『貴女がどう言おうと、高尾君は実在している…! 常盤君達とサッカーもしたのよ!? 彼等だって覚えてる!!
私は今は会えないけど、また会えるかもしれない! 望みは0…じゃない!』
「……集団催眠かもしれないわね。名前につられて私達が誤認したのかも―」
彼女の言葉に私の視界が怒りで赤く染まる。
ガシャン!
私は気が付くと、携帯を床に叩きつけていた。
※※※
携帯は、ディスプレイ画面にヒビが入ってしまっていた。
画面は真っ暗になり、何度電源ボタンを押しても反応しない。
『…壊しちゃった…? お母さんに何て言おう…?』
私は慎重な手付きで、携帯に付いていた根付を確認した。
根付には傷一つ付いてなくてホッとした。
『…高尾君はいるもん…』
私はプテリを抱えて家を出た。
そう、これも高尾君がくれた物だ。
幻覚が実在するぬいぐるみをくれる訳がない。
大体私は漫画なんて知らない。
彼と一緒に眠って、一緒に神社に行って初詣もした。
高尾君の願い事は、私の願い事でもあった。
私は彼と一緒に歩いた道を辿った。
あの時、彼と同じ景色を見て、歩調を合わせて歩いた。
その時に喋っていた、何気ない言葉を一つ一つ思い出しながら。
神社に着いて拝殿の前に立ち、私は初詣の時と同じ様に鈴を鳴らす。
『お願いです! 私…っ、高尾君の世界に行きたい…!』
神社は静かなまま、誰もいない。
『…無理、か。…そうだよね』
私は俯き踵を返した。が、その瞬間、辺りがやたらに明るいのに気が付いた。
私は訝しく思い、周りを見回した。
周りが明るいのではない。
明るく光っているのは、コートのポケットに入れた私の携帯。
『…? 再起動してるの?』
私は携帯を手に取ったが、ディスプレイ画面は黒いまま。
光っているのは、ストラップ代わりに付けた根付だった。
『―えっ!?』
私は急速に意識が薄れていった。
※※※
ガヤガヤと大勢の人達の声で、私は我に返った。
…ここはどこだろう?
私の周りには、同じ年位の沢山の学生達が歩いている。
辺りを見回したら、白い校舎が目に入った。
その時、門柱のプレートに気が付いた。
『学校…帝光中学校?』
帝光…どこかで聞いた事がある様な…?
「あれ、何で私服の子がいるの? 転校生かな?」
「他校生の入り待ちじゃない?」
「えー? サボってまで? 怒られるよぉ」
私に目を止めた数人の子達が、ひそひそ囁いている声が聞こえる。
その子達も次々と、吸い込まれる様に校門に入って行く。
これはありふれた登校風景だ。
私は彼等をぼんやり目で追った。
でも私は何故、こんな場所にいるのだろう?
確か神社にいたのは夕方だった筈なのに、今の日の光は明るい朝のものだ。
「おっと、気を付けろよ」
ぶつかった軽い衝撃と共に低い声が頭上から降って来た。
『す、すみません…!』
見上げた私は息を飲んだ。
私を見下ろしている彼は、背が高く、青い髪の色黒で目付きの鋭い少年だった。
「…ん? おめー、何で私服…見かけねー顔だな。他校生か?」
「何やってんのー? 峰ちん」
「お、紫原か。何だか他校生がうろちょろしてんだよ。変なぬいぐるみ持ってよ」
もう一人来た彼は更に背が高く、紫の髪でポッキーを口に咥えていた。
「ふーん…ミドチンみたいだねー? 他校生なんてどーでもいいじゃん?」
「そーだな。…行くか」
『あ…っ!?』
私は彼等を見た事がある。
高尾君の持っていたバスケ雑誌に出ていた…!?
て事は、ここはきっと高尾君のいる世界…!
私は胸を躍らせた。
きっと神様が私の願いを聞き届けてくださったんだろう。
でも高尾君の学校は彼等と同じではない筈。
高尾君はどこにいるんだろう?
私がきょろきょろと辺りを見回していると、姦しい女の子達の集団が歩いて来た。
私は慌てて端に寄ってやり過ごす。
良く見ると、その集団の中には一際背の高い黄色の髪の少年がいた。
彼の整った顔に、私はつい見入ってしまう。
あれは確かに女の子が寄っていくわ。芸能人ばりの華やかさだ。
「君、この学校に何か用があるの?」
いきなり横から話しかけられて、私はビクリと肩を揺らす。
声の主は、赤い髪の左右色違いの瞳を持った綺麗な少年だ。
彼は背はさほど高くないが、言い知れぬ威圧感がある。
気圧された私は一歩下がった。
『…いいえ。迷ってしまって』
「中学生? どこの学校?」
…ど、どうしよう?
私の行ってる学校はこっちには無い。
私は視線を泳がせた。
「…そのぬいぐるみは何だい?」
『えーと…?』
何? って言われてもなー。
「海サソリ。プテリゴートゥス。シルル紀の古代生物だ」
『えっ!?』
あまりにもニッチな答えに私は驚き、近付いて来た声の主を見上げた。
彼は背が高く、緑色の髪に眼鏡をかけている。
…実は古代生物マニアなのだろうか?
「そして、そのぬいぐるみは今日の蟹座のラッキーアイテムなのだよ」
………?
ラッキーアイテム??? …それに口調が…?
『な、なのだよ…?』
「真似をするなっ!!」
ひいっ! 怒られたー!!? 怖いこの人!!
『す、すみません! では失礼しま』
「待て」
逃げ出した私の腕を彼は素早く掴んだ。
「そのぬいぐるみを今日一日貸すのだよ」
『えっ…!?』
私はプテリを抱え込んだ。
『嫌ですっ!! これは私のお守りです! 貸すのは無理!』
「緑間…」
「以前はゲームセンターにあったらしいが、今はジュラ紀シリーズになっていて手に入らない。シルル紀のは見逃した。…俺とした事が」
「君も蟹座かい?」
何の事!? 訳が分からないよ、この人達!
逃げようにも、彼等が(特に赤い髪の人)がさり気なく、私の一挙一動に目を光らし、二人して私の退路を断っている。
『あの、私は別の場所に用があって』
「緑間、もうすぐ朝礼だ。このままだと遅刻するよ」
「蟹座の運勢は11位。…仕方ないのだよ。どうしても貸せないと言うのなら、お前ごと借りるまでなのだよ」
『ちょ、ちょっとぉー!?? 放して―!!!』
私は抵抗虚しく、緑髪と赤髪の少年に腕を掴まれ、学校に引き摺り込まれた。
※※※
…で、何故こうなった?
私は緑髪の人―緑間君の隣に席を作られて無理矢理座らされた。
クラスメイトには好奇心含みの視線を投げられ、教師達は彼の所業には何も言わない。
「教科書は見せてやる。筆記具も貸してやる。ノートを開け」
私は購買で購入したノートを開いた。
受験生なので、勉強はやっておかなきゃ。
彼は私の机にコロリと鉛筆を落とした。
その鉛筆は、片側に番号が付いていた。
『湯島天神…?』
「間違えた、こっちを使え!」
彼は私から鉛筆を奪い、代わりにシャーペンを寄越した。
こっちにも湯島天神はあるらしい。
授業中の彼の態度は真面目の一言で、姿勢良く真剣に聞いている。
彼のノートは既に予習済みで、綺麗に要点が整理され書かれていた。
…凄い。
この人、見かけ通りに勉強が出来るらしい。
バスケの優勝校のレギュラーで、スポーツも出来るんだろう。
何でも出来る凄い人。きっと彼は特別な人なんだろう。…変な人だけど。
お昼の時間は、彼にサンドイッチを奢られた。
ラッキーアイテムを貸してくれたお礼らしい。
怖い人だと思っていたけど、律儀で親切な所もあるみたい。
私達は教室で食事をしていた。
「…で苗字、お前の用事は何なのだよ?」
『探している人がいるの。その人の所に行こうと思って』
「場所は分かるのか?」
『うん』
「なら放課後付き合ってやるのだよ。俺もそのぬいぐるみが必要だしな」
彼はその身体にしては、意外な程小食だ。
私がそれを指摘すると、彼は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「…次の時間は調理実習だ。だから軽く済ませるのだよ」
※※※
調理実習の時間は、私まで何故かエプロンと三角巾を借り、身に着けた。
今回は二人一組でやる事になり、私と緑間君は当然の様に組まされた。
…何故だか、クラスメイト達の視線が私達に集まっている。
気のせいでなければ、やや同情を含んだ様な…?
今日のメニューはカボチャのグラタンと野菜サラダ。
彼の左手はテーピングしてある。
利き手を怪我してるなら、包丁は私がやった方が良いかな?
彼は不器用な手付きでカボチャを取り上げた。
『貸して、私が切るよ。緑間君はホワイトソース作って』
「…ああ」
私はサラダ用の野菜と共に、カボチャを薄く切っていく。
私は自分の手元に集中していて、横で行われている事に特に注意を払わなかった。
気が付いた時には、彼の操っているフライパンの上に、茶色っぽい丸い塊が出来ていた。
おまけにその上には、スライスしたカボチャが刺さっている。
『…それは何?』
「ホワイト…?ソースなのだよ」
どう見てもホワイトソースじゃなくて、茶色い大きなお団子にしか見えないのだけど。
「言われた通り、小麦粉をバターで炒めて牛乳を加えたらこうなったのだよ。作り方は間違ってないのだから、どう見えてもこれはホワイトソースなのだよ」
自分でも言ってて納得してないのか、彼は憮然としている。
どうやら、いきなり冷たい牛乳を加えてダマにさせ、何故か小麦粉を増量して焦がしたらしい。
「これにチーズを乗せて、オーブンで焼けばいいのだな」
『…そのまま作ったら、カオスな料理になるよ?』
しかし残念な事に材料の予備は無い。小麦粉は使い切ってしまった。
『…仕方ないね』
私は急遽、先生に告げてメニューを変えてもらった。
私達だけはカボチャスープに変更だ。
今度は私が付きっきりになって、彼と一緒にスープを作った。
勉強も運動も凄く出来る彼も、苦手な物があるらしい。
※※※
-緑間side-
放課後、俺は約束通り彼女に付いて行った。
俺の家からもそう遠くは無い街だ。
彼女は小走りに角を曲がった途端に足を止める。
『…あれ? 何か様子が違う…?』
表札には"高尾"ではない違う苗字が書かれていた。
彼女は戸惑いながらもインターホンを押す。
出て来たのは中年の女性だ。
「はい」
『…すみません。あの、ここは高尾さんの家では…?』
「は? 家はここ引っ越して来たばかりなんですけど。高尾さん?って前の家の人ですよね」
彼女は傍から見ても気の毒になる位に青ざめている。
『あの、高尾さんはどちらに引っ越されたか分かりますか!?』
「知りませんよ」
彼女は全身の力が抜けてへたり込んだ。
「おい…!」
俺が彼女の肩に手をかけようとした途端、彼女の姿は煙の様に消え失せた。
2017.3.1