夢との距離




年越し蕎麦を食べ終わり、百八つの鐘の音と共に静かに年が明けて往く。

あれから高尾君と私は、ずっと同居していた。
と言っても、別に何かがある訳ではなく、一緒に勉強したり、高尾君は時々バスケをしに行ったりしていた。

高尾君は持ち前のコミュニケーション能力の高さで、常盤君達とも仲良くなっていた。

「『明けましておめでとうございます! 今年もよろしく』な!」

年が明けたと同時に向き合い、真面目くさってお辞儀しながらのご挨拶に、高尾君は吹き出した。
今年明けて早くも初笑いだ。私もつられて笑ってしまった。

「あー、俺…名前ちゃんとこんな風に過ごせるなんて思わなかったわ」
『…そうね。私も。まさかこっちに来てくれるなんて』

彼がいてくれる、思いがけず二人の時間が持てた事は単純に嬉しい。
でも私には、気がかりな事があった。

もし…時間が同時に進んでいるなら、高尾君のご家族や友人達は心配しているかもしれない。
それに高尾君も、あっちにいつかは帰る必要があるだろう。

世界が交わらない限り、私達がずっと一緒にいられるのは無理だろう。
円花が心配する通り、いつまでも一緒にいられないだろうし、彼との将来の夢を見る事すら叶わない。
…でも、それだからこそ、今この時を大切にしたい。

「ふぁ…じゃ名前ちゃん、おやすみー」

手を軽く振って、客間に入ろうとした高尾君の腕を、私は掴んで引き止めた。

「ん? どったの?」

私の思い詰めた様な顔を、彼は不思議そうに見やった。
私は意を決して彼に頼んだ。…もしかしたら、引かれるかも、と思いながら。
でも後悔だけはしたくない。

『あの…っ、その…私と一緒に…寝て、くださいっ!!』

彼は固まった。

「…………」

フリーズして動かない彼の目の前で、私は手をひらひらと振ってみせる。

『…高尾、君…? あのー…もしもし?』

これは…やっぱり引かれてしまったのだろうか?
ああどうしよう? やっぱり言わなきゃ良か―

「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!??????」

驚愕の声が新年の夜に響き渡った。

※※※

-高尾side-

…結局俺は、名前ちゃんの部屋の同じベッドで一緒に寝てしまった。
つっても、手を繋いで寝ただけだからな!!

それにしても彼女に頼まれた時はビックリしたぜ。
ただ一緒に寝るってだけなのには、がっかりした様な、ホッとした様な複雑な気分だったわ。

お陰でさっきの眠気が思いっきり吹き飛んじまった。
それなのに、名前ちゃんはしっかり眠ってやんの。
何だか不公平だっつーの。俺だけドキドキしてんじゃんか。

「俺だって男なんだぜ? こんな無防備に眠っちゃってまー…襲っちゃおっかなー?」

俺は彼女のほっぺをふにふにと突いた。

『……』

彼女はころんと俺の方に半身を向け、俺の胸に擦り寄った。

「……っ!?」

俺は自然に彼女を腕に抱く体勢になる。

やべーだろ、これ…俺、マジで理性が崩壊しそうだ。

俺は堪らなくなり、彼女を抱く腕に力を込めた。
彼女の頬に手を滑らせ、唇に俺のを寄せる。

『…高尾…く…行かな…で』

彼女の閉じた瞳から、一滴の涙が頬を伝った。

「名前ちゃん…?」

俺は…いつか帰らなくちゃならねぇ。
でも名前ちゃんと離れるのは…やっぱりキツイわ。

せめて今だけは…彼女と一緒にいてーよ。
まだ…少しだけ、時間はあるよな…?

もし神様なんてものがいるなら…と、柄にもなく願ってしまう。

俺は彼女の涙を指先で拭い、髪をそっと梳き、彼女の温もりを感じながら目を閉じた。

※※※

-名前side-

一礼してガラガラと大きな鈴を鳴らし、二度お辞儀をし、柏手を二度打つ。

近所の神社は普段は閑散としているが、正月三が日とお祭りの日は賑やかになる。

私と高尾君は揃って拝殿の前でお祈りをした。
ここは縁結びの神様の神社だ。

…少しでも長く高尾君といれます様に。
ずっと一緒にいられる奇跡が起きます様に。

お祈りを終えて顔を上げると、同時に高尾君も顔を上げて私と目を合わせた。
彼は照れ臭そうに軽く笑い、私の手を引いて拝殿から下りた。

「長かったな」
『高尾君こそ』
「何祈ってたの?」
『ふふ、もし叶ったら教えるよ』
「……俺さ、名前ちゃんが俺の世界に来ます様に、って祈っちゃった!」
『ええっ…!??』

高尾君は少し気まずそうに私の表情を窺った。

「ははっゴメンな? でももし俺が帰った時にさ、名前ちゃんがいないのって寂しいかなー? って思うと…つい、な?」

高尾君は私の事、どう思っているんだろう?
ずっと聞きたくても聞けなかった。

少しでも寂しい、って思ってくれてるんだ。
無理矢理一緒に寝た事、引かれたりしてないと良いけど。

目が覚めた時、高尾君は私の首元に顔を埋め、しっかりと私を抱き締めててくれていた。
恥ずかしかったけど、とても幸せだった。
毎日がこんなだったら嬉しいな。

売店でお守りを見ていた私は、横にある物に目を止めた。

『縁結びの珠…?』

それは小さな水晶の根付だった。

「縁結びかー…俺達も不思議な縁だよなー」
『…そうね』

本来なら交わらない世界の住人同士の縁…
これって縁があるって言っていいのかな?
神様の気紛れで、いつ切れてしまうか分からない…不安定な縁。

こんな…小さな物にまで頼ってしまいたくなる程頼りない―

『二つ、買おっか?』
「は?」
『一個ずつ持つの』
「名前ちゃん、お呪いって信じる方なんだ?」
『高尾君は信じないの?』
「俺は…あんまり。…でも、今ここにいる事自体が不思議っちゃ不思議だもんなー」
『うん。私もあまり信じる方じゃないけど、今は気休めでもいいの』

目に見える形での絆が欲しい。
何も無いのに信じ続けられる程、私は強くないから。

『貰ってくれる?』
「ははw お揃いってか?」
『もし…高尾君が戻った時に…私の事忘れないで欲しいかな、って』
「何も無くても、俺は名前ちゃんの事は忘れねーよ。忘れるなんて…!」

真剣な眼差しで言ってくれるのが凄く嬉しい。

『ふふ、ありがとう。私もね。でも元気の素があれば良いかな?って。
これ見る度に、きっと高尾君の事思い出すから』

私はそれを二つ買い、一つを高尾君にあげた。
少し強引だとは思うけど。無理に付き合せてしまったな。

でも彼は、それを見てにっと笑った。

「ありがとな! 携帯に付けるよ!」

それから私達は、出店で買ったおでんを食べたり、お汁粉飲んだりと、まったりゆっくりと過ごした。

そんな何でもない事が幸せで。
でも、いつそれが断ち切られるか分からなくて。

私達は、どちらともなく、彼の戻った時の話をするのを避けていた。
それを口にしてしまうと、それを呼び寄せてしまいそうだから。

※※※

家に戻った高尾君は、私の部屋でプテリを抱えた。

「おっ、これ…?」
『高尾君に貰ったの、覚えている?』
「おー、古代生物シリーズな。また名前ちゃんが来たら取ってやるよ」
『今度は三葉虫がいいな』
「今は恐竜シリーズになってんぜwww」
『なら首長竜…』
「マジかよ!? 名前ちゃんの部屋、古代生物ぬいぐるみで埋まっちまうぞw」

高尾君がくれる物で部屋が埋るなら…

『それもいいな♪』

途端に彼は身体を折って笑い出した。
マニアックな部屋を想像してしまったらしい。


その夜、高尾君は熱を出した。

昨夜と同じ様に、私達は抱き合って眠っていた。
夜中、熱さと息苦しさに目を覚ませば、私は彼にきつく抱き締められていた。

でも彼の様子が変だ。

彼はうなされていた。
時折苦しそうに息を荒げていた。

私は彼の額に掌を当てた。熱い。

『熱がある!? 風邪!??』
「名前ちゃ…!」
『どうしたの? どこか痛いとか苦しいとか…!?』

正月三が日は通常の病院はやっていない。
救急車呼ぼうか? 保険は無いけど、お金ならまだ何とか…!

立ち上がった私の腕を彼が掴んて引き止めた。

『高尾君、救急車呼ぶから…!』
「名前ちゃん、いいからここにいて…」

私はどうしていいのかも分からず、ただ彼の手を握り、彼の頭を撫でていた。
その時、私は別の異変に気が付いた。

…まさか…気のせい…じゃ?

私は眼を瞬いた。

気のせいじゃない…!!
高尾君は少しずつ薄くなっていく。

『イヤだ、イヤだ…!! 消えないで…!!! まだ、私は何も―…!』

私は彼を逃すまいと握った手に力を込めた。
高尾君は薄目を開けた。

「ゴメンな? 名前。心配…させちまって。…泣くなよ」
『泣いてなんか―』

私は目の下に触れた。雫が指を伝った。

「はは、俺もうちょっとだけ居れると思ったのにな…」

彼の熱も声も少しずつ、だが確実に薄れて淡雪の様に消えようとしている。

『高尾君…っ!』
「――――…」

彼は薄れながらも唇を動かし、私に懸命に何かを伝えようとしていた。
でも、もう私は彼の声を聞き取る事は出来ない。
手の中の熱も淡く頼りない。

私は微かな声を聞き逃すまいと、覆い被さる様に彼の口に耳を近付けた。

高尾君は力を振り絞る様に身体を少しだけ起こし、私に顔を近付ける。
しかし、彼は既に消えかかっていた。
私の手は彼を掴む事が出来ず、すり抜けていた。

『高…っ!?』

ふわりと。

微かに温かい風が私の唇を薙いだ。
その一瞬後、私が瞬いた時には、彼の姿は消え失せていた。

※※※

「名前、元気出しなよ」
『…うん。ありがとう、円花』

あの後、私が泣きながら電話したら、円花が駆けつけてくれた。

玄関のインターホンが鳴った。

「あ、常盤呼んだから」
『常盤君!?』

円花は玄関まで出て、常盤君を連れて戻って来た。

「…高尾、消えたって?」
「ちょっと、常盤! 直接的過ぎ!」
「あ、ワリ!」

常盤君は少し口篭ってから、話し難そうに切り出した。

「蘇芳、苗字…ちょっとこれ見てくれよ」

彼は一冊のコミック本を出した。

「何これ? 少年漫画がどうしたの?」
『バスケ物みたいね』

彼はパラパラとページをめくり、広げたページを見せた。

「これ。どっかで見た顔じゃん?」
「…と言われても」
『読んだ事無いし』

でも彼の指した箇所に描かれていたキャラには、何となく親近感を覚えた。
私はもう一度、マジマジとそこを凝視する。

既視感と言うか…まさか。
いや、きっと私は何を見ても彼に結び付けてしまう状態だから、そう見えるのかもしれない。

円花はギョッとした様に、その本を奪った。

「高尾…和成?」
『えっ…!?』

そこには、バスケをしていた高尾君そのものが描かれていた。

『何で…!? 高尾君が漫画に出ているの?』

常盤君は沈痛な面持ちで私に向き直った。

「高尾が漫画に出ているっつーか。…俺も信じられねーんだけどよ、アイツ、漫画の世界から出て来たんじゃね?」
『そんなバカな!? そんな…っ!??』
「バスケしてて、もろ鷹の目だなーって思った事何度もあるし。性格やプレイスタイルなんかまんまだぜ。似ている、なんてもんじゃねーよ、成り切りにしては出来過ぎだ。名前同じだし、顔や能力までクリソツとかありえねーだろ」

私は彼の出ている一部分を読んだ。

…私と彼は…何に隔てられていたのか?
今はっきりと示されていたのは残酷な事実。

『こんな…っ、こんな事って…!!』
「名前っ!?」

私は慟哭し、崩れ落ちた。


2017.01.26




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