夢の行方




私はBクラスだった。
あの怖い人と同じクラスだ。

しかも席まで近い。私の斜め後ろが彼の席だった。
lhrでの自己紹介によると、彼は中学二年生までアメリカにいたらしい。

独特の雰囲気も相まって、珍し気な視線が彼に集まる。

「…黒子はいないか? では次…」
「ここにいます」
「うおっ!?」

私の席の隣は誰もいないと思っていたら、いきなり現れた彼に驚き、肩を跳ねさせる。
さっき会った、水色の彼だ。

彼の自己紹介に、私は目を剥いた。
とてもバスケやる様には…見えない。

※※※

『…やっと来た…! 秀徳高校…』

放課後、私はそのまま秀徳高校に足を向けた。

やっと高尾君に会える…!
私は期待に胸を高鳴らせ、バスケ部の練習している体育館を探した。

他校の制服を着た私は、ここ秀徳高校の中では人目を引いた。
生徒に訊いて体育館を見つけ、バスケ特有のスキール音がするのを確かめて、私はそっと体育館の扉に手をかけた。

ガラッ

扉を開けて目の前にいたのは、蜂蜜色の髪の背の高いイケメンだった。
彼は私の前に立ち塞がり、ギロリと睨み下ろした。

「何だテメー…その服はどこの生徒だ?」

こ、怖い…!
私は怯みそうになる気持ちを叱咤しながら口を開いた。

『せ、誠凛高校です』

彼はチッと舌打ちした。

「誠凛高校が、うちのバスケ部に何の用だ? スパイか?」
『違います…! た、高尾和成君…いますか?』
「高尾だと〜!? 何の用だ?てめー、チャラチャラした用なら轢くぞ!」
『高尾君、いるんですね!? 会わせて…! お願い!!』
「練習の邪魔だ!! 帰れ!! 刺すぞ!!!」

目の前の扉は荒々しい音を立てて閉められてしまった。
私は悄然と肩を落とし踵を返した。


「全く…!」

俺は苛立ちをぶつける様に扉を閉めた。
その音は思いの外大きく、体育館中に響いてしまった。
俺はそれにも腹を立てて毒づいた。

「どうしたんすか? 宮地先輩」
「うるせえ!! 高尾、てめーだけオールコートランニング五分追加だ!」
「酷ぇ!! 何で俺だけ!??」
「さっさとしねーと轢くぞっ!!」

以前からあったが、最近は一年生が目当ての他校の女まで来やがる。
バスケ部に群がる女達、マジうぜぇ。

扉が再び開けられ、またかと俺は振り向いたが、今度はトイレから戻ったらしい緑間が入って来た。
やけに顔が青く引き攣ってる。
あの唯我独尊の塊が一体どうしたのか?
高尾も同じ疑問を抱いたらしい。

「どったの? 真ちゃん?」
「……幽霊に会ったのだよ」
「…は?」
「遠目だったが、確かにあれはあの時、消えた女だったのだよ…」
「まー、ここの学校古いしねー。いかにも出そうなとこばっかじゃんw」
「何が幽霊だ!? アホな事抜かしてんじゃねぇ緑間! てめーもオールコートランニング、五分追加だーっ!!」


※※※

『はぁ…』

秀徳高校に行ったのに…高尾君がいる事すら確認出来なかった…
あの怖い人の口ぶりだといるっぽいけど…
でも確かに、今の私がただ行っても迷惑になるだけかもしれない。

同じ世界にいる筈なのに…随分遠くに来てしまった様な気がする。

何が何でも高尾君に会いたいなら、秀徳高校の校門で頑張る手もあるけど…
もし迷惑とか言われたらどうしよう?

あれから数日、私はただ落ち込んで過ごしていた。
折角こっちの世界に来れたのに、ただ怯えて落ち込んでいるだけなんて…バカみたいだ。


月曜日、全校朝礼の日の朝、私はクラスの皆と一緒に校庭で整列していた。
その時、辺りの空気を圧する様に大声が響き渡った。

「1-B、5番! 火神大我!! キセキの世代を倒して日本一になる!」

校庭に集まった生徒達は、騒つきながら屋上を一斉に見上げた。

「吃驚したー」
「何アレ?」
「またバスケ部かよ。あいつら去年もやったんだぜ」
「よくやるー」

キセキの世代を倒す―

(ヤツをぜってー倒す! くっそ緑間、覚えてろよーっ!!)

高尾君と同じだ…!!
確か緑間君って、キセキの内の一人で…私を無理矢理付き合せた人。
思った程悪い人じゃなかったけど…変わった人だったな。

火神君と高尾君の目標は同じだ。
同じ目標を見据えるなら、いつか彼と道が交わるかもしれない。
学校は違ってしまったけど―

私はここで何をすべきなのか? 何をしたいのか?

高尾君と同じ景色を、私も見てみたい。

先生達が慌てて走り出して行く。
騒ぎが大きくなった屋上を、私はただ見上げていた。



『か、火神君…!』

私は、先生方にこってり絞られ、機嫌が最悪状態の彼を捕まえた。

「…ンだよ?」

手負いの猛獣に睨まれた気がして、私は思わず立ち竦んだ。
…やっぱり、この人怖い。

私は勇気を振り絞り、拳を握り込んだ。

『バスケ部…見学したいんだけど。いいかな?』
「入部してーのか? 俺達のは男子バスケ部だぜ? 女子のはあるかは知んねーけど」
「もしかして、マネージャー志望ですか?」

突然出て来た黒子君に驚いた私は飛び退いた。

「すみません。驚かしましたか?」
『ちょっとびっくりしたけど大丈夫よ』

「で? 何で俺達の方に入りたいんだ? カントクが同好会もあるって言ってたぜ。遊びてーだけなら…」
『遊びのつもりはありません! 私は…っ! キセキを倒すお手伝いがしたいんですっ!!』

その時、火神君の表情が変わった。
にやりと、心の底から歓喜が湧き上ってる、と言った楽しそうな表情に。

「へっ、いいんじゃねーの? 俺は知らねーけど、多分先輩達はマネージャーの手は欲しがってると思うぜ?」


放課後、私は彼等に体育館に連れられ、二年生の監督と主将に入部意思を告げ、拍子抜けする程あっさりと入部許可を貰った。

※※※

その日以来、私は男子バスケ部のマネージャーとなった。

今まで運動部のマネージャーはやった事がなかったので、少しずつバスケの事も学びながら慣らしていってる。
まだまだ手際が悪いけど、そんな私にも皆親切だ。

「俺達にもついにマネージャーか…」と、感極まって泣き出す部員とか、黙って黙々と手伝ってくれる親切な先輩とか、「マネージャーのマネをする」とか言っては、「黙れ」と言われちゃう先輩とか。

高尾君の学校もこんな感じなのだろうか?
頑張ってる高尾君、見たかったな。

それから数日経ったある日の放課後、私はジャージ姿に着替えて校庭を歩いていた。

「わー、あの人格好良い!」
「あの人、モデルの…!?」

何だか女の子達が騒がしい。
彼女等の視線を何気なく辿った私は、意外な人を見付けて目を瞬いた。
と同時に、その人も私を見て立ち止まった。

『…何でこんな所にいるの? 涼太君?』

涼太君はニコッと笑って、私の腕を掴んだ。

「ああ名前ちゃん、丁度良い所に。バスケ部の体育館は何所っスか?案内よろしくっス♪」
『ちょっと…!?』

私は涼太君に半ば強引に引っ張って行かれた。

「へー名前ちゃん、バスケ部のマネージャーしてんスか?」
『まだまだ覚える事が多くて大変。新米だから』
「それでもバスケに興味を持ってくれるのは嬉しいっスね。あ、ここね!…っと!?」

私達が入った時は、彼等はミニゲームをしていた。
火神君のゴール下での身のこなしに、私達は息を飲んだ。

「…へぇ。やるじゃん?」

涼太君は目を輝かせ、嬉しそうに口の端を緩める。
その表情は一瞬、火神君の挑戦的で不敵な笑い顔を彷彿とさせた。

彼が一歩足を踏み出したと同時に、後ろから女子生徒達に声をかけられた。

「き、黄瀬涼太さんですね!? サインください!!」
「あー…しょうがないなぁ」
「私も…!」
「じゃあ、並んで…順番にサインするっスよ」

私が唖然としている間に、彼は女の子達に囲まれてしまっていた。


涼太君は驚いた事に、黒子君と同じ中学のバスケ部だった。
彼は火神君と一悶着の末に1on1を始め、ゴールで火神君をふっ飛ばした。

火神君と同じ技と動きなのに、キレは数段も上に見える。

『…凄い』
「これが…キセキの世代…」

部員達の零れた声を拾い、私は息を飲んだ。

涼太君がキセキの世代…!? そう言えば、彼も帝光中だ。
こんなに凄い人を倒せるの?

高尾君なら…どうしただろうか?

彼はキセキの世代の力を目の当たりにした筈だ。
負けて…悔しがっていた。それでも挫けなかった。
自分に足りない所を認めて努力していた。

「やっぱ黒子っちください。海常おいでよ。また一緒にバスケやろう」

黒子君が断ったが、涼太君は納得していない。

「そもそもらしくねっスよ! 勝つ事が全てだったじゃん。何でもっと強いトコに行かないの?」
「あの時から考えが変わったんです。何より火神君と約束しました。君達を…"キセキの世代"を倒すと」

「…ハハッったく何だよ…俺の台詞取んな黒子」

火神君も楽しそうに笑った。

この人達も…キセキの世代の力を知って尚、臆する処か闘志をかきたてられている。
この人達なら、私の行きたい所に連れて行ってくれるかもしれない。


涼太君は帰る時、体育館の出口に向かう足を止め、くるりと振り返った。
彼の視線の先が火神君でも黒子君でもなく、真っ直ぐに私を見ていたので、私はキョトンと彼を見返した。

「あ、そうそう名前ちゃんに母から伝言頼まれてたんスよ。今日は君の母さん帰りが遅くなるって。
夕食、俺の家で食べる事になったから、帰ったら家に来てよ。じゃ!」

爽やかな笑顔で去って行った彼。
取り残された私に、周り中の視線が突き刺さっていた。

「…黄瀬君と知り合い、なのですか?」
「つか、どんな仲だよ!? 家で一緒って!?」

「一緒に住んでるの!? 実は付き合っている、とか!??」
『違いますっ!!』

※※※

「高尾、またそれを見ているのか?」
「ああ。な、真ちゃん。これ少し光ってる様に見えね?」

俺は携帯に付けている、あっちの世界で名前ちゃんに買って貰った水晶の根付を指先に乗せた。

「水晶なら反射して光る様に見えているだけだろう」
「うーん…一回、凄く強く光った事があってさ。それから光は弱まったんだけど…
偶に強く光ったり戻ったりしてるよーに見えんだよなー…」
「水晶が自ら光を発するなど科学的にあり得ないのだよ。強い光が当たりでもしたのだろう」
「ははっw 科学的、ねぇ…」

科学的にあり得ねーつーんなら、俺が体験した事も真ちゃん的にはあり得ねーよな。
俺の布団の中から異世界人が現れた、なーんて。

光っている時に手に乗せると、それは不思議と温かく感じた。

…まるで名前ちゃんが寄り添ってくれた時みたいに。

今でも彼女の事を思い出すと、愛しさが溢れ、身体が熱くなる。

あの冬の日以来、俺はあっちの世界に行けなくなっていた。
こんなに会えねーなら、もっと早く告っておきゃ良かったな…

彼女も俺の事、忘れてねーと良いけどな。
名前ちゃんモテるし、心配しちゃうぜ。

あーあ会いてーな、名前ちゃん…

俺は自転車を引き出しながら、夕闇に染まり星が瞬き始めた空を見上げた。


2017.7.3




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