すれ違う夢




練習試合の為に神奈川の海常高校にやって来た誠凛高校チームは、体育館を見て愕然としていた。
体育館の中のコートは二つに割られ、片方は他の部員達の練習に、もう片方で試合を行うとの説明を海常の監督から受けた。

誠凛は、海常レギュラーの調整の為に試合を承諾されたらしい。
あからさまな見下し感丸出しの武内監督の言葉に、リコさんとメンバーはキレそうになってる。

海常高校は全国でも屈指のバスケの強豪校らしく、新興の誠凛からしてみれば実力は明らかに上だ。
でもだからって、見下されるのは気分のいいものではない。

私も内心では大いに憤慨していた。

私は、まだスコア付けまでは出来ないので、ドリンクやタオルの用意をしながら体育館の様子を窺った。

女の子の見学がやけに多い。
これはやはり、涼太君のせいなのかな?

試合が始まる時にスタメン達が並ぶ。
その中に涼太君はいなかった。

彼を倒すには、まず彼を引き摺り出さなくてはならない。
火神君は寝不足が嘘の様に、やる気満々だ。

私は何気なく海常側の控え席に視線を移したら、涼太君とバッチリと目が合った。

「名前ちゃーんっ!」

彼は私ににこにこと笑いかけ、思いっ切り手をブンブンと振った。

『…』

私もどうしていいやら分からず、相手に合わせて小さく手を振った。
途端に見学してる女子達の冷たい視線が私に突き刺さった。

「何アレ!?」
「あの子、誠凛のマネでしょ!? 黄瀬君とどんな関係なの!??」

「黄瀬ェ! おめー何、誠凛のマネにまで愛想振り撒いているんだゴルァ!!」
「わーすみませんっス!!」

涼太君は、海常のキャプテンに蹴り飛ばされていた。
キセキと言っても、やはり扱いは一年生なのね。

苦笑いしていたら、突然相手校の選手に手を取られた。
目の細い中々のイケメンだ。…黙ってさえいれば。

「名前さんと言うのですね? 僕達運命を感じませんか?」
『…あの。すみませんがどちら様で?』
「森山ぁ! おめーも見境なく女口説くの止めろっ!!」

…海常も中々選手が個性的みたい。

何だかんだで大騒ぎしながらも試合は始まった。
始めにボールを取った海常の主将から、黒子君は一瞬でボールを奪う。
パスが火神君に渡り、彼は派手にダンクをかました。

バキャ!

あ。火神君がゴールを壊した。

結局、コートは全面を使う事になり、黄瀬君も出て来た。
試合は、とても激しくスピーディで目まぐるしい展開の末に、ギリギリで誠凛が勝った。

ざわつく体育館内で、低い嗚咽が聞こえてきた。
…黄瀬君だ。

「黄瀬…泣いてね?」
「いや、悔しいのは分かっけど…練習試合だろ、たかが…」

高尾君も…負けた時、あんな風に泣いたのだろうか?
あの涙―本人には不本意なんだろうけど、とても価値のある涙なんじゃないかな?
彼はきっともっと強くなれるだろう。

汗と涙でグシャグシャの彼の顔が、今までで一番綺麗に見えた。

『………』

私はまだ、高尾君の面影を追っている―


※※※


「緑間ぁ! テメー渋滞で捕まったら一人で先行きやがって…何か超恥ずかしかっただろがー!!」

俺は今、チャリを漕いでいる。
まぁそれはいい。チャリを漕ぐ男子高生なんて、よくある光景だ。

だが、今俺の漕いでいるチャリに付いているのはリヤカーだ。
リヤカーに乗ってた本人は、薄情にも降りてさっさと先に行ってしまった。

お陰で俺は無駄に悪目立ちして恥ずかしい思いをしなくちゃなんねーのよ。このおは朝信者の変人のせいで!

「およ?」

ふと辺りが明るくなった様な気がして辺りを見回すと、俺自身のズボンのポケットが光っていた。
チャリを止めて、ポケットに入っている携帯を取り出すと、それに付けた水晶の根付が強い光を放っていた。

「…名前…ちゃん?」

もしかして…近くに来ているのか?

俺は意識を頭の奥に集中した。
ホークアイを意識的に使い、彼女を探す。

…どこだ? ………あっ!

俺はとうとう、意識の端に彼女の姿を捉えた。

「はは…っ、マジで…っ?」

ずっと探していた。
どんなに願っても、彼女を思っても、あれ以来あっちの世界に行けなかった。
まさか―…彼女がこっちに来ていた、なんて。

こみ上げる歓喜に俺の身体が震えた。

今度こそ…ぜってー捕まえてやる…!

彼女はずっとこっちにはいられない。
後悔は…もう、ゴメンだ!

俺はありったけの声を張り上げようとした。

「名前ちゃ…!」

「何をしている? 高尾。用が済んだから帰るぞ」

真ちゃんが戻って来た。

「あっ、真ちゃん。俺急用が出来て…」
「もう試合は終わったのだよ」
「そりゃそうだけどさ…」

何だか真ちゃんの様子が変だ。いや、変なのはいつもだけどさ。
落ち着かないみたいと言うか…心なしか顔色が青いし。

「…海常にも幽霊が出たのだよ…! 早くここを出た方がいいのだよ!」
「…へ? 真ちゃん、幽霊怖いの?」
「目の前で消えたりしたのがウロウロされてみろ。不気味なのだよ! 帰るぞ高尾!」
「ちょ、待ってよ真ちゃん!!」

俺はリヤカーに飛び乗った真ちゃんに急かされて、仕方なく漕ぎ出した。
つーか、じゃんけんしてなくね!?

俺は携帯が入っている懐に目をやった。
その光はさっきよりかなり弱まっていた。

まだ―帰るなよ。せめて俺に会うまではさ。

俺は、名前ちゃんに心の中で語りかけた。

※※※

…高尾…って今、聞こえた。

私が後ろを振り向こうとした時、リコさんに話しかけられた。

「で、苗字さんの所持金はいくら?」
『えっ…!?』
「交通費引いた金額」

私は財布を取り出した。
月末近いからお小遣いもあまり残ってない。
ここからの電車賃でギリギリの金額だ。

『…じ、10円…』
「そ。私は5円。日向君達は?」

以下略〜

…まさか、全員のあの所持金でステーキ食べる事になるとは思わなかった…
火神君が居なかったら、どうなっていた事か。

食事を終えて、店を出た時には、黒子君が消えていた。
私は今、火神君と一緒に公園付近を捜している。
私は火神君に提案した。

『手分けして捜さない? ここ広いし』
「…そーだなー。じゃ、俺はあっちの方行くか」

暫く捜しても見付からなくて、一回りして戻った所でやけに賑やかなストバスコートに目をやった。

『…いた!』

当の黒子君だけじゃなくて、捜していた筈の火神君と何故か涼太君が一緒にバスケをやっていた。
相手は五人で高校生っぽいが、実力は比べ様もなかった。
容赦無しにコテンパンにしている。

私は慌てて彼等のいる所に走って行った。

黒子君は火神君に説教されていた。
涼太君はそんな彼等に苦笑している。

「黒子っちってたまに凄いよねー」
「それでもあの人達は酷いと思いました。だから言っただけです」

さっきのストバスコートでは中学生達が楽しそうに遊んでいる。
この三人が勝った時、彼等も歓声を上げていた。
さっきの五人組はしょんぼりと出て行った。

『…何かあったかは大体分かったわ。けど、勝手な事するならせめて一言断ってもらわないと。捜したわよ黒子君』

「あれっ!?名前ちゃん?」

黄瀬君は目をぱちくりさせ、火神君はバツが悪そうに頭を掻いた。

「あっ…苗字、悪ぃ」
「すみません、苗字さん」

『先輩達の所に戻るね。涼太君、じゃ…?』

私の手は、何故か涼太君に掴まれていた。

「黒子っち達と名前ちゃんは後は帰るだけなんスよね?」
「ああ、まぁそうだな」
「なら、名前ちゃんは俺が送って行くっス! 家隣だし」
「…大丈夫ですか?」
「責任持って送り届けるっスよ! ね?」

涼太君は私に人好きのする笑顔を向けた。
少し強引な彼に戸惑いながらも、私も彼に聞きたい事があったので頷いた。

『…うん。ならお願い…しようかな? 先輩達にもそう伝えて』
「まあ…苗字が良いならな」
「では、僕達はここで。また明日」

『……』

私は隣を歩く涼太君を見上げた。

涼太君は負けて泣く程悔しがっていたのに、やけにすっきりした表情をしている。
それどころか…

『何だか随分楽しそう…』
「そう見えるっスか? まぁ実際悔しかったけど、久し振りに一緒に黒子っちとバスケやれて楽しかったっス。
火神っちと言うライバルも出来たしね! 次はもっと強くなってリベンジするっス!」

負けてもリベンジに燃えてる彼を見てると、高尾君を思い出した。
彼はあの時の高尾君と同じ様に輝いていた。

強い気持ちは人を輝かせる原動力なのだろう。
私はそんな彼に嬉しくなった。

『ふふ、応援してるね!』

涼太君は悪戯っぽく微笑んだ。

「いいんスか!? 俺と君は敵味方同士になるんスよ?」
『そうだった…それは困るな…』

本気で悩みだした私に、彼は声を上げて笑った。

そう言えば高尾君も秀徳高校…
誠凛とはライバル校に当る筈。

しかも神奈川県の海常高校とは違い、地区予選で当たる確率が高い。
高尾君を応援したいけど…今までの様に大っぴらにしては…いけないのかな?

微かな不安が心を過ったが、私は敢えて考えない様に頭を振った。


※※※


「…高尾、高尾!」

真ちゃんの声が遠くに聞こえる。
でも俺の意識は今見た光景に全て向けられていた。

「…あれ…もしかして…黄瀬? 何で…?」
「高尾! 一体どうかしたのだよ!?」

真ちゃんの声が心配気な響きを帯びたけど、俺はそれに答えられなかった。

チャリアカーを漕いで帰る途中、また不意に根付が光り出した。
それで真ちゃんの文句を尻目にチャリ止めて探していたんだけど。

やっと…名前ちゃんを見付けたと思ったのに、何で…俺はこんな…
他の男と楽し気に笑っている彼女を見てる事しか出来ないんだ?

こっちの世界なら、彼女と仲良い男は俺だけだと思っていたのに…よりによって、あの黄瀬涼太と…!

俺はチャリアカーを漕ぐのを忘れ、車道の向こう側で仲良さ気に歩いている彼等を、ただ呆然と見つめていた。

2017.8.19




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