番外篇





□二周年企画よりこちらに転載
■高校時代、学祭のおはなし



「きゃ!! 名前ちゃん似合う!」
「そう?」
「うん、めっちゃくちゃ! いやー、頑張って作った甲斐あったわぁ」


 名前のクラスに在籍する手芸部部長が手塩に掛けて手作りしたというメイド服──どういうわけか予算の多くはここに投入された──を、たまたま通り掛かったからという理由で試着することになった名前。その姿を隈無く眺めて、部長は興奮気味に喋り続ける。

 スカートの裾を摘んでは「んー、安牌で膝丈にしたけどもう少し短くてもいっかー、学祭だしなぁ」、エプロンのフリルに触れては「もう少し盛った方が可愛いかな」、カチューシャを調整しては「リボンはもう少し大きめかな」と、その甚く真剣な眼差しは、本当に学祭に向けられている熱量なのかと疑いたくなる程だった。


「ね、名前ちゃん、手直し用に写真撮っといてもいい?」
「うん、わたしでよければ」
「ありがとー、じゃあそっちの方で⋯⋯せっかくだからいい感じに!」
「い、いいかんじに⋯⋯(?)」
「そうだなあ、手はこうして、足はこんな感じで」
「ふふ、こう? 恥ずかしいよ」
「ぎゃ! 可愛い! どうかそのまま!」

 
 と、口車に乗せられているのだとも気付かず、何なら持ち上げられて少し良い気分になるなどして、名前は部長に幾枚かの写真を提供したのだった。

 
*
 

「陣平ちゃーん、店番も終わったし行こうぜー!」
「あ? どこに」
「名前ちゃんとこ」
「は?」


 店番を終えミネラルウォーターを喉に流し込んでいた陣平は、けほっとひとつ咳をしてからペットボトルの蓋を閉めた。
 

「行かねえよ、ダリィ」
「えー、なんでよ?」
「やりたくもねえ店番して疲れてんだよ、休ませてくれ」
「ははっ、陣平ちゃんは疲れる程何もしてねえじゃんか。今ならちょうど名前ちゃん店番だぜ?」
「⋯⋯何でんなこと知ってんだよ」
「陣平ちゃんのために情報収集しといたんだよ。俺ってやっさしー」
「⋯⋯頼んでねえし」


 ぷいとそっぽを向く陣平を見て、萩原はにやにやと口を緩め、ポケットから携帯を取り出す。

 
「そんじゃあ素直になれない陣平ちゃんに、特別サービスだ。これ見ても同じこと言えるかねえ」
「⋯⋯?」

 
 萩原に見せられた画面を、どうせ碌でもない物なんだろうなと思いつつも、陣平は覗き込む。

 そして刹那、硬直した。

 
「な? やべーだろ? 何でも当日はバージョンアップしてるって話だぜ。それでも行かねえの?」
「⋯⋯行かねーよ。けどその写真はあとで送っといてくれ」
「ぶっ⋯⋯はははっ」
 

 げらげらと腹を抱えて笑い出した萩原は、その笑いが微塵も収まらないうちから陣平の肩にがっちりと腕を回す。
 

「ほらほら、行こうぜー、何か奢るからさ」
「⋯⋯萩、いい加減に」
「はいはい、いーからいーから」


 無理矢理肩を組んで歩き出した萩原に引き摺られるようにして、陣平は名前のクラスが催している喫茶店へと連れられていった。抵抗する素振りの割にはその足取りが重たくなかったことは、萩原のみが知るところである。

 
*


「名前ちゃーん! 来たぜー!」
「わー、萩くん、いらっしゃーい! 今丁度席空いたとこだよ」


 入口までぱたぱたと駆け寄ってくる名前を見て、萩原は「うっわ」と感嘆を露わにする。

 
「チョー可愛いじゃん! どーすんのよそれ」
「あはは、何が? どーもしないよお」
「いやいや、色々危険だろ。今んとこ何もねえの? 大丈夫? 柄の悪いボディーガードなら置いていけるぜ?」
「? ボディーガード?」

 
 くい、と萩原が親指で背後を示す。見ると、ドアの影に見覚えのある癖毛のシルエット。その存在を予想だにしていなかった名前は、思わず声を上げる。
 
 
「ぎゃっ、陣平くんも来てたの!」
「⋯⋯何だよ、人の顔見て『ぎゃっ』て。もう少し可愛い声出せねえの、か⋯⋯」


 ──不覚だった。迂闊だった。

 萩原に写真を見せられていたというのに、名前のその言い振りに思わず普段通りに視界に収めてしまって。最後に放った「か」と、次に続くはずだった「よ」の中間のかたちに唇を開いたまま、名前を凝視し動きを止める。

 可愛いのだ。困ったことに。非常に似合っている。目の前にする実物は写真の比ではなく、萩原が良からぬ事を心配したのも頷けてしまう。

 そうして思わず口を噤んでしまった陣平だったがしかし、そんな陣平の反応を気にする余裕もなかった名前は、居心地悪そうにメイド服のあちこちを引っ張りながら、「だって恥ずかしいもん! 変な声だって出るよお」と、萩原には見せなかった赤面をし──この名前の反応にも萩原はにやけてしまったわけだが──、陣平を見ることなく席へと案内をし始める。

 名前が背を向けてから陣平の顔を覗き込んだ萩原は、ほんのりと頬を赤くしそっぽを向いた陣平を見て、口元をこれでもかと緩める。

 
「おーおー、陣平ちゃーん? ちょいとほっぺの辺りが赤いんじゃねえの?」
「⋯⋯うっせーっての。俺は元からこんな顔色だ」
「ははっ、何だそりゃ」


 萩原を見なくとも、どんな顔で自分を見ているのかくらい分かる。陣平は萩原から視線を外し不機嫌に眉を顰めたまま、通された席に腰を下ろした。

 名前を見ることが出来なくて、机に置かれた手作りのメニュー表を手に取る。それを指して、名前は気を取り直したように言う。


「いらっしゃいませ、来てくれてありがとね。わたしのおすすめはねー、ここにあるメニュー全部と、飲み物全般でーす!」
「ぷ、接客下手過ぎかよ」
「ふふ、だって全部ちゃんと美味しいんだもん」


 と名前が適当な接客をしているその間にも、名前の背には、教室内にいる他の男子生徒からのちらちらとした視線が集う。それらに無意識に睨みを効かせていた陣平の顔を見て、名前は「なあに? 怖い顔して」と項垂れたくなるような気の抜けた声で問うてくる。


「お前なあ、誰のせいだと思って⋯⋯」
「えっ、やだ、わたしのせいで怖い顔してるの?!」
「いや、違えっちゃ違えしそうっちゃそうなんだけどよ。おら、こっちはもういーから早くあっちの注文取ってこい、さっき呼んでたぞ」
「えっ、ほんと。じゃあ陣平くんたち食べたいもの決まったら教えてね」


 手を振ってから急ぎ足で離れていく名前の背中を、陣平の盛大な溜め息が追い掛けた。


*


 周囲の視線の行き先が気になる余り全く気が休まらない食事を終えた頃だった。陣平の向かいに座る萩原が「あ、せんぱーい!」と、笑顔で片手を上げ声を掛けた。丁度食器を下げにテーブルに来ていた名前が顔を向けると、このメイド服を誂えた手芸部部長が、教室内の様子を見に入ってきたところだった。

 
「あ、萩原くんだー、いらっしゃーい」
「こんちわー。その節はどうもっす」
「いえいえ、お役に立てたようで」


 というのも、萩原は伝を辿ってこの部長から名前の写真を入手したわけなのだが、そうとは知らぬ名前は挨拶をし合う二人に些か驚いた視線を向ける。


「あれー、二人って知り合いだったんだね」
「うん、この間ね、ちょっとしたことで。ていうか萩原くんは大体の女の子と知り合いだよねぇ」
「いやいや、ちゃんと大体の男とも知り合いですって」
「あははっ」


 ころころ笑う名前と、萩原の向かいに座る陣平。両者を交互に盗み見た部長は何かにピンと来たようで、萩原に向かってこんな提案を口にする。
 

「ね、せっかくだし皆で写真でも撮ろっか?」 
「お、是非是非! お願いしていーっすか?」
「モッチローン」


 陽気な返事をした部長は、近くにいた同級生に声を掛け、カメラを託す。


「ほら陣平ちゃん、ちゃんとカメラ見て」
「俺はいいって」
「はいはい、分かった分かった。あ、名前ちゃんはここね。⋯⋯って、いやいや遠過ぎ! もっと陣平ちゃんに近付いて! そうそこ!」
「ふふ、萩くんはどこにいても明るいねえ」
「一応取り柄なんだ。結構いーだろ?」
「ふふ、うん、すごく」


 笑って揺れた名前の腕が、陣平の腕に微かに触れる。僅かに擦れた衣。その向こうの体温。とくとくと胸の奥で鼓動が逸った気がして、名前はスカートの裾を握り締める。陣平の拍動も速度を上げていたことになど、気付きもせずに。


少年と青年のあいだくらいで




Prev-2/2-  
ContentsTop