番外篇





□付き合ってからの二人
■温泉旅行のおはなし





「はー、大変だ、どうしよう」
「あん? 忘れ物か?」


 レンタカーに揺られていた。
 運転席でサイドウインドウの枠に肘を乗せ、片手でハンドルを握る陣平の、サングラスのあたりを助手席から見て名前ははあぁと良く分からない溜め息を落とした。

 大変だ、と言う割にはあまり大変ではなさそうで。どうしよう、と言う割にはたいして困ってもいなさそうで。陣平は怪訝そうに名前を見返す。


「⋯⋯わたし、陣平くんが車運転するの見るの初めてなんだけどね」
「? そーだな」
「すごく⋯⋯すごく格好いいです⋯⋯!」
「はあ?」


 両手で顔を覆い、膝の上に崩れ落ちるようにしながらそんなことを口にする名前に、陣平の口からは非常に呆れた声が出た。


「ったく、んな崩れ落ちながら言うことかよ? どこのオタクだよオメーは」


 いつにも増してぶっきらぼうな物言いだ。しかしその口元の筋肉がそこそこ緩んでいることに気が付かない名前ではない。

 
「ふふ、嬉しそう」
「⋯⋯見んなコラ」


 丁度二人の休日が合ったこの週末、名前たちは一泊二日の温泉旅行に繰り出していた。近頃互いに忙しかったので、仕事からも家事からも離れのんびりと過ごす予定だ。途中のサービスエリアや名所に立ち寄り食や景色を楽しみつつ進み、目的地に着いた頃には夕方になっていた。

 フロントで受け取った鍵に記された番号の部屋の扉を開けた名前は、開口一番「うわあ、素敵なお部屋」と感嘆を漏らした。モダンな和室。非常におしゃれなデザインなのに和ならではの落ち着きと懐かしさとが共存している。

 うきうきと室内に入った名前は早速、「わー、温泉饅頭置いてある」「浴衣かわいい!」と探検を始めた。そんな名前を視界の片隅に置き、取り敢えず茶でも飲むかと腰を下ろそうとした陣平を、名前が慌てて呼んだ。

 
「えっ?!?! 陣平くんちょっと!! 来て! 見て! お部屋に露天風呂ついてる!」
「知ってる知ってる、俺が予約したんだっつーの。まずは少し落ち着けオメーは」


 陣平の言葉に「はしゃいでごめんなさい」とちょぼちょぼ戻ってきた名前を座らせると、名前は決まり悪そうに眉を下げた。


「陣平くん、こんなお部屋取ってくれてたんだね」
「たまにはいーだろ。あとで一緒に入ろうぜ」
「いっしょ⋯⋯に?」
「? 何だよ今更」
「い、いえ⋯⋯」


 頬を染めながら「⋯⋯お茶淹れるね」とそそくさ立ち上がる名前に、陣平は相変わらずだねえと笑みを零した。


*

 
「わたしが先に入るから! 陣平くんは次に来てね!」
「結局中で一緒になんだから変わんねーだろ」
「道中が恥ずかしいんです!」
「脱衣所から風呂までを道中とか言うな」


 せっかくの部屋付き露天風呂である。名前とて陣平と一緒に楽しみたいのは勿論なのだが、だからといって羞恥心がなくなるわけではない。あれこれ考えた末、先に名前が湯に浸かり、それから陣平に来てもらうことにした。

 見ちゃだめよ、と念を押してから衣服を脱ぎ、西日が落ちかけた空を反射する湯へと足を入れる。少し熱い。檜の香り。熱さに慣らすようにゆっくりと身体を沈めていき、肩まで浸かったところで陣平を呼ぶ。


「はーい、いいですよー」
「へいへい」


 やっと俺の番か、と陣平が入っていくと、名前は律儀に背を向けていた。こちらに向く白い項が目に付く。それだけで陣平の腰がずくりと疼く。

 すう、とひと呼吸してから、名前を後ろから抱えるようにして陣平もざぶりと身体を沈める。一瞬緊張したように身体を強張らせた名前だったが、すぐに陣平に頭を預け「きもちいね」と空を見上げた。

 暮れ泥む空が綺麗だ。深く濃い朱が、落ちきらない夜に紛れていく。


「⋯⋯あの、陣平くん」
「あ?」
「その、手が」
「ん⋯⋯? ああ、なーんか揉んじまうんだよな、無意識ってやつかね」
 

 名前は目線を下げた。背から回った陣平の手に、ふにふにと乳房を揉まれている。無意識、だなんて。どの口が言うのか。明らかに意図的に少しずつ先端に近づき、乳輪の際を辿っているではないか。加えてお尻には硬くなった屹立が押し付けられている。
 
 
「ん⋯⋯っ」


 ぱちゃり。水面が跳ねた音は、名前が慌てて口を押さえた際のものだ。不意に敏感な先端を摘まれ、思わず溢れかけた嬌声。それを懸命に堪える。だってここは、外、なのだ。隣接する部屋にも露天風呂やバルコニーがあるかもしれない。もし聞こえてしまったら。苦情が来るかもしれないし、何より恥ずかしい。

 そんなことを考えている間にも陣平の愛撫は止まらず、いつの間にか名前の愛液が溢れ出してしまっている。

 陣平の吐息が、耳朶に掛かる。


「ソコに手ぇつけよ」 
 

 一体どこに隠していたのか、ちゃっかり持ってきていた避妊具を手早く付けたらしい陣平は、名前の手を框につかせた。後ろから掴まれた腰を引き寄せられるのと、湯と愛液に濡れた箇所に屹立が突き立てられるのが同時だった。


「ひぁ、んん──ッ」


 ひと息に陣平のものを受け入れた名前の体内に、熱い快楽が走る。何度味わっても慣れることのない快楽に、背が反り声が溢れていた。

 
「オイ、誰が他のヤツに聞かせていいっつった?」


 刹那、大きな手に口を覆われる。声を出すなということだ。びりびりと駆ける快楽に呑まれぬようふるふると頭を振り、框から片手を離して自分で口を押さえる。

 ぱちゅ、と肌が合わさって。
 ばしゃ、と湯が飛沫を上げる。
 
 揺さぶられるたび口の枷が緩くなり、抑えきれない声が漏れてしまう。

 
「ん、んん、ぅ」
「名前、声」
「っん、だって、こんな、っぁ」


 両肘を掴まれ、ぐっと背を逸らされる。咄嗟に顔を捻り背後を見ると、「塞いどいてやるよ」と唇に吸い付かれる。窮屈な体勢なのに、律動は止まなくて。塞がれた呼吸と湯煙にのぼせそうになる。

 いくらも経たずに膝の力が抜けかける名前を見て、陣平は打ち付ける腰を止めて耳たぶを食んだ。


「なあ名前、お前もしかして興奮してんの?」
「っ?」
「いつもよりキツいぜ」
「⋯⋯っ」


 赤らんだ頬は、羞恥のせいか湯気のせいか。顔を背けるように前を向き俯いた名前の奥にまた、ずん、と衝撃が走る。


「ん、や、ぅぁあ」
「⋯⋯んな締められっと俺も保たねえっつーのによ⋯⋯まあ、この一回で終わるわけじゃねえしいいか」


 と、何やら悪い予感がする言葉を呟かれたが、最早名前の耳には届いていない。

 
「っや、ぁああっ、あん」
「⋯⋯ッ」


 どちらかが、いや、どちらもが果てるまで、幾ばくも掛からなかった。


* 


 息を整え、水分を与えられ、それなりの元気を取り戻した名前は、洗い場で陣平の広い背中を流していた。首筋から腰までを丁寧に洗い、最後に「痒いところはないですか」と聞こうとしたところで、先に陣平が口を開く。

  
「なー、前は洗ってくんねえの?」
「え」


 ぱっと顔を上げる。目の前にある鏡の中の陣平──悪戯小僧のような顔をしていた──とばちっと目が合う。
 
 
「うわ、す、すごく意地悪な顔⋯⋯!」
「何だよ、来る途中は格好良いっつってたくせによ」
「意地悪な顔してたって格好良さは微塵も変わらないですけど?!」
「はは、何でキレ気味なんだよ」


 笑う陣平はいつも通り余裕たっぷりで、名前は口を尖らせる。体力も駆け引きも及ばないことが少し悔しい。
 

「んで、こっちは?」
「⋯⋯っ、失礼、シマス」


 あれこれと言ってはみるものの、もとから断るつもりはないのだが、かと言って陣平に促されなければ自分から“そうする”勇気はない。
 
 もこもこに泡立てた泡を手に、背後からそっと手を回す。名前が肌に手を滑らせるたびにぴくりと反応する陣平の身体を抱き締めるようにして、鼠径から会陰、陰囊、そして陰茎。名前はこくりと喉を鳴らす。

 すごく、硬い。

 一度身体を交えた後だというのに。陣平の陰茎は上を向き硬く張り詰めていた。
 
 陣平がこうなってくれていることは非常に喜ばしいことではあるのだが、直視することは憚られた。幸い目の前にはおおきな背中も聳えているので、手探りで洗っていく。しかし見えないことが却って感覚を研ぎ澄ますのか、指先で感じる熱と生々しさが浮き立つ。そんな時だ。

 
「は⋯⋯っ、やべ」


 吐息のような艶っぽい声が響き、名前はぎゅっと目を瞑る。滅多に聞かない陣平のこんな声に、鼓膜がいけない震え方をしてしまった気がした。


「⋯⋯もういいぜ、そろそろやべえし。交代な」
「え、交代って⋯⋯」


 咄嗟に身を引く。が、その腕をしっかりと掴まれ、あっという間に陣平の足の間に挟まれる。


「や、わ、わたしはいい⋯⋯っ!」 
「良くねえよ。四の五の言うな。ちゃんと綺麗にしてやっから」
「っ、あ」


 抵抗虚しく陣平の手が泡を乗せた肌を滑り出す。程よい粘稠さに、先程情事を終えたばかりで敏感になっている身体が過剰と言っていいほどに反応してしまう。
 
 火照って。火照って。
 
 この火照りをどうにかしてほしくて、名前は呆気なく陣平に身を委ねた。





 ドサリ。濡れていた身体を拭くのもそこそこに、敷いておいた布団に転がされる。間髪入れずに覆い被さった陣平はそのまま名前の下肢を開いて、ぬるぬると光る秘部に屹立を押し付ける。

 ずぷりずぷりと、埋まっていって。
 

「⋯⋯っあ、ぁ、ああ」
「さっきは随分声我慢させちまったからな。今度は存分に出していーぜ」
「⋯⋯っ」


 名前は唇を結ぶ。
 別に出したくて出しているわけではないのだ。誰に言われるでもなく、自然と出てしまう。そういうものなのだと受け入れていた。しかし改めて「存分に」「出していい」などと言われると途端に酷く恥ずかしく感じる。そんなことを言われて普段通りになど出来ない、と頑なに口を閉ざす名前の耳朶の外縁を、陣平の舌が舐る。

 
「聞かせろって、名前」
「んぁ、耳⋯⋯っ」


 耳を愛撫されながらの抽挿に、名前の口からは容易く淫らな声が溢れる。陣平は満足そうに口角を上げた。

  
 この後、予定していた夕食が随分と遅れたことは言うまでもない。


あぶくあわぶく