たわむ糸


 自分が他人にどう思われているのか。

 そのことを気にしたことはあまりない。それゆえ周りから見れば身勝手と言える行動言動も多いのだろうが、自分では結構得な性格だと思っている。


「──あ、俺はパスで」


 ファームの練習後、控え室で着替えをしていた時だ。皆で飯行こうぜ、だったか、皆でちょっと飲みにでも行こうぜ、だったか。詳細な誘い文句は忘れてしまった──というかあまり聞いていなかった──が、とにかく何かに誘われた。

 だから、断った。

 声をかけてきた選手は、御幸よりも五年ほど長くこの球団に所属している先輩だった。悪い人ではないと思う。が、大人数で賑やかに過ごすのが好きな社交的なタイプで、何かにつけて誘われるので正直苦手だ。

 その彼は、御幸の歯切れの良い返答に呆れたように笑った。

 
「お前いっつもそれだな。お前がパスしない日って来んの?」
「いやー、はは、どうなんでしょう」


 対する御幸も当たり障りのない笑みを浮かべる。

 こうして何度も断ってきた。そろそろ「コイツはいくら誘っても来ねぇから」みたいな意識を持ってもらって、予め勧誘の対象から除外してもらいたいのだ。

 しかし、待てど暮らせどその日が来ない。御幸だけを除け者にするわけにはいかないと思ってくれてでもいるのか、或いは純粋な気持ちで声を掛けてくれているのか。

 何れにせよ、誘われ続ける──誘ってもらえると言った方が角は立たないのだろうが──ということは、考え方によっては喜ばしいことなのかもしれない。だが、断る側にも各々の理由があるのだということも理解してもらいたい。

 社会人だから、とか。付き合いってものが、とか。酒の席でしか生まれないものがある、とか。そんなことを言われようものなら、「じゃあ無理にでも仲良しこよししてたら、野球上手くなるんすか」とか普通に言ってしまうと思う。

 つまり一応御幸なりに、穏やかに済みそうな言葉を選んでいる。つもりだ。


「あー、ちなみに今日は、あんま売れてないけど芸能人来るよ。ツテ作っといたらどっかで活きるかもだけど」
「へー、そうなんすか」


 まるで心の籠もっていない相槌だった。
 
 この手の話が出るたびにいつも不思議に思う。野球をしたくてこの世界にいるというのに、芸能人と繋がりを持ったところで何がどこにどう活きるというのだろう。知り合ったからといってヒットが増えるわけでもないのに。


「けど俺はパスで。興味ないんで。それじゃお先に、お疲れした」
 

 御幸の帰り支度はいつだってチーム最速である。本日も誰よりも先に颯爽と去っていく背中が、足早に出入口を潜る。扉が後腐れなく閉まるの見届けてから、御幸と話していた男は口を開いた。

 
「なー、俺さぁ、御幸から『俺はパスで』意外の単語聞いたことねぇんだけど、いっつも何してんの?」


 たまたま隣に座っていたというだけで突然話を振られた若手──こちらは御幸の一期上だ──は、内心何故俺に話を振るんだと思いながらも口を開く。

 
「あー、確か⋯⋯何か高校時代から付き合ってる彼女がいるとかって。時間ができたら彼女に使うか、自主トレにあててるって聞いたことありますよ。まぁもとの性格も大分淡泊なんでしょうけど」
「へー、彼女? 意外だな、そーいうタイプじゃねぇと思ってたけど」
「俺も最近知りました。あいつ自分のこと話さないから。あーいうヤツに限って、懐に入り込んだ人間にはとことん、なんすかね」
「まぁ⋯⋯高校生の頃の相手なんて長くは続かないけどな」


 なにもこの世界に限った話ではない。

 高校生の頃の恋愛。あまりにも盲目で、その恋だけが世界のすべてのように思える瞬間さえある、思い返せば頭を抱えたくなるような青い恋。

 ほんの一握りだ。

 その頃の恋がずっと続くという人生は、ほんの一握りの人間しか経験しない。

 きっと、続きはしない。
 

「チームメイトとの交流もそこそこしろよ、とか言おうと思ってたけど⋯⋯関係続けんの厳しいって思い知るまで好きにさせてやればいっか。俺らにさえ知られないような付き合い方してるみたいだし、ハメ外したりするタイプではないだろうしな」
「まぁ、そうですね。問題行動は起こさないと思います」
「今のところ野球する上でのコミュニケーションには問題はねぇし」
「⋯⋯そっすね。生意気な性格とリードしてんなとは思いますけど」
「はは、それは俺も思うわ。肝の座り方がすげぇんだよな」


 可笑しそうに笑ってから、彼は止まっていた着替えを再開しながら続ける。


「あとファンに超塩対応なのも個人的にはすげぇと思ってんのよ。普通はさぁ、色んな人間からキャーキャー言われたりすんの、ちょっとは浮足立つっつーか嬉しく思うもんだと思うんだけど、御幸はまっっじで興味なさそうよな」
「はは、先輩女の子好きっすもんね」
「そりゃ男だし、色々遊びたい年頃ですから」
「⋯⋯俺的には御幸よりよっぽど先輩の素行の方が心配っすよ」
「まぁこっちは上手くやってっから⋯⋯てかアイツSNSとかもぜってー見てないよな。マジで野球のこと以外は必要最低限⋯⋯っつーかちょっと足りてねぇくらいにしてな」

 
 話しているうちに、段々と虫の居所が悪くなってでもきたのだろう。募る苛立ちを投げ出すように、彼は長い溜め息を吐き出した。

 
「あーあ、顔が良いヤツはいーよなぁ。ファンサしなくたって、マメなSNS更新とかしなくたって、勝手にファン付いて。無愛想なのに『そこがまたいい』なんて言われんだぜ」
「⋯⋯」
「⋯⋯何だよ」
「いえ別に」
「不憫そうに見つめんなコラ」
 

 などと、一部のチームメイトから僻まれていることなど知らぬ御幸は、いつも通り裏口から帰路へ着こうとしていた。

 待ち構えるは出待ちのファン。

 二軍の練習後とはいえ、熱心なファンはいるものだ。一年も経てば流石に慣れた。対応も板に付いてきたと思う。といっても御幸の対応といえば、曖昧な会釈っぽい動きでサインや写真を悉く断るだけなのだが。
 
 例に違わず、今日も今日とて日頃と同じ態度を取る御幸に、ファンからは“やっぱ今日も今日とて駄目ですよねー”という雰囲気が立ち昇る。最早恒例行事のようなものだ。御幸としては有り難い。

 今日もこのまま早々に帰寮できるな。そう思った、そんな矢先のことだった。

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