流れる星の落つところ


 ベッドから立ち上がった美しい曲線を描く背中を、五条悟はうつ伏せで頬づえをつきながら見上げた。窓からは朝陽。ピチチ……と控えめな小鳥のさえずりが、朝の世界を奏でる。

 一糸纏わぬ白く華奢な体躯が、陽の光によく映える。悟の視線に気づいた名前は、薄手の掛布をベッドからもぎ取り身体に纏った。


「もう起きんの?」
「だって今日任務だもん」
「午後からでしょ? もーちょっとこっちいなよ」
「……だって今日任務だもん」


 どことなく嫌な予感がする。否、予感ではなくこれは確信だ。


「二回も言わなくても聞こえてるよ。ちなみに僕は出張でーす。ね、だからもう一回しよ」


 ほらやっぱり。
 名前はぷいとそっぽを向き、「全っっ然言ってることがわかりません。出張なんでしょ」とつっぱねてみせた。

 気持ちのいい朝です。おはようございます。わたしは任務、あなたは出張。さあ、今日も一日頑張りましょう。

 そうなるべき流れのはずだが、悲しきかな。この五条悟という男に、そんな普通っぽい理屈は通用しない。


「だから、出張に行く前にだよ」


 この言い草である。
 呆れて見下ろす。ニコニコと間の抜けた笑みがそこには待っていて、警戒心が解れてしまった。

 いや、そもそも悟の手の届く範囲にのんびり留まっていたのが間違いだったのだ。そう思い至った時には腕を引かれ、ベッドに引きずり込まれていた。

 あっという間に名前を組み敷き掛布を剥ぎ取った悟は、サングラスをかけ、口元にゆるっと掴めない笑みを浮かべている。

 行為の最中も、悟は滅多に素眼を晒さない。この光景にも慣れてしまった。なんならそこがまたいい。そんな気持ちにさえなる。

 ちなみに昨夜の情事の後、ぱたりと眠ってしまったため悟の衣服もそこらじゅうに散乱している。


「朝から悟先輩のバカみたいに尽きない体力に付き合ってたら任務に差し障るの、って、聞く耳持ってないし、……ゃ、ん」
「なんだ、そんな声出ちゃうんじゃん。素直じゃないなあ」


 乳房の先端をカリッと食まれ、名前の口から声が漏れた。

 名前はかつて、悟に命を救われた。心を救われた。悟がいたから、名前はこうして生きている。こんなにちゃらんぽらんとしているのに、気づけば名前の歩みの先には、必ず悟がいる。

 つまるところ悟は名前の、──想い人なのだ。

 どんな形であれ求められることを、名前は拒むことができない。

 心も身体も。拒めないのだ。


「っ、ん……ぁ」
「こんなに勃たせて、期待してた?」
「ちが……」


 口内で突起を転がす悟を、枕に頭を沈めた名前が見下ろす。サングラスに隠れて、悟の目は見えない。

 悟の双眸。果てのないその碧の瞳には、名前など映っていないのだろう。名前は日々、そう思う。

 性欲の捌け口なのか。
 心の、捌け口なのか。

 あの日からだ。
 悟が、親友を手にかけた日。あの日から悟は変わった。何かを吐き出すように、埋めるように、名前を抱くようになった。

 名前の気持ちを知ってか知らずか。いや、悟のことだから恐らくは知っているのだろう。だからこそ名前を選んだ。

 そこに特別な好意がないことを知っている。愛など存在していないことを知っている。ただ悟の気の向いたときに身体を重ねるだけの、先輩と後輩という関係。

 なんて、──残忍なことをする。

 しかしそれでも、名前は、悟を受け入れてしまうのだ。名前のことを見ているようでまったく見ていない、名前からは見えない悟の瞳を、拒むことができない。

 悟は名前に、何を見ているのだろう。


「ふ、ぁ……っ、」


 かり、と引っ掻かれるように突起が嬲られる。昨夜の名残が宿る身体は正直だ。簡単に熱を上げてしまう。容易く下腹部が疼く。


「ははっ、もう濡れてるよ。相変わらず感度抜群」

 悟の指が溢れた蜜を掬う。

「……先輩だって、」

 名前は悟の膨れた屹立に手を伸ばした。

「だってそりゃあ、僕が誘ったんだもん」


 いけしゃあしゃあと言ってのける悟に、この人には口じゃあ敵わないんだった、と何千回目かわからぬ後悔をする。

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