嘘って言ってみてよ


 こういうベッドをキングサイズというのかも、こういう肌触りをシルクというのかも知らないが、とにかく自分の身体が汚れひとつ許されない場所に沈んでいることだけはわかる。

 そこに、とろりと。
 流れ出る愛液を止めることができない。


「フフ、とろっとろ。かわい」
「……っごめんなさ」
「なんで謝るの。もっと見せてよ、可愛いとこ」


 ぷくりと膨れた乳輪の際を、悟の舌が舐る。こうして焦らされ続けて、もうどのくらい経っただろうか。

 触れてほしい。
 触れてほしい。

 我慢ができない。


「や、……も」
「なーに」
「っ、触ってほし……」
「……ここを?」


 敏感すぎるほど研ぎ澄まされた先端を、ほんの僅かだけ悟の舌先が掠める。それだけで信じ難い快楽に襲われた。


「……っは、……ぁ」
「でもまだだーめ。もっと欲しがってよ」
「……っいじわる」


 照明の落ちた室内に、東京の夜が明かりを落とす。最上階ゆえ直接的な光ではないのに、それでも周囲を視認するには十分な明度だった。

 その中で己の裸体を碧眼に見つめられる羞恥と、己に跨るその逞しい肉体の魅惑と、焦らされ続けた渇望とで、名前の理性は限界だった。

 どういう姿に見えるか。どう思われるか。そんな考えなど過ぎらず、ただ快楽を求めて自身の手を柔丘に添わせた。指先を先端に充てがおうとしたところで、悟に阻まれる。そのままベッドに縫い止められた。


「こーら。駄目って言ったでしょ」
「だってもう、無理……っ」
「無理? 絶対に?」
「無理に絶対も何もないもん。絶対に、無理」
「あはは、強がる元気はあるじゃん。……まぁ、今日はこのくらいで許してあげる。その最高に唆る可愛い涙目に免じてね」
「ひ、ぁあっ」


 乳頭を熱い舌に吸い上げられ、軽く噛まれ、待ち望んだ痺れに爪の先まで余すことなく満たされる。


「ふ、……ぅっ」
「……名前さぁ、敏感だよね。まだ胸しか弄ってないのに、この先大丈夫?」
「しら、な」
「ほら、こんなに溢れさせて」
「……っ」


 腋窩、脇腹、足の付け根。
 順に丁寧に指先が辿り、大腿の内側を撫で上げ、下肢がはしたなく寛げられる。


「っ、見ないで」
「なんで、勿体ない。はーい無駄な抵抗しない」


 閉じようとした足を、軽々と固定される。開かれた中心に注がれる視線に耐えきれず、顔を背ける。秘部を濡らす液体が掬い取られる感覚がして、思わず目を固く瞑る。

 滑りを持った指先が、陰核に触れた。


「──……っ! っあ、やぁ」
「きもちい?」
「んっ、んん、」
「っは、その顔最高。もっと可愛がりたくなっちゃうじゃん」


 器用な指先に翻弄される。
 名前の反応はつぶさに観察され、善い箇所への執拗な刺激は止むところを知らない。いとも容易く絶頂に手が届きそうで、しかし絶対に寸前で絶たれる。

 悟は徹底していた。

 ドロドロに溶かされていく脳髄。気づけば名前の柔壁は悟の指を二本飲み込んでいた。


「せんせ、」
「なあに」
「せん、せ……ん、すき」
「……っ」
「……だい、すきっ」


 無我夢中で悟に縋りつく。
 悟が深く吐息を吐いたことには気づかなかった。


「っあ〜〜〜何これ、背徳感? 嗜虐心? 堪んないな」
「ん、な、に」
「ううん、こっちの話」
「ひ、ぁ、それ、そこだめ……っ!」


 陰核と、内壁の弱いところを同時に刺激され、名前は嫌嫌と頭を振った。こんな快楽は知らない。どうにかなってしまいそうで、怖い。


「は、ぁ、っや、きちゃう……っ」
「いーよ、おいで」
「ん、んぅ……──っ」


 じわじわと昇りつめていたものが、ついに弾ける。腹部の奥の収縮に合わせて体躯が細かに痙攣する。享受しきれぬ快楽に溺れ、名前は息を詰め、酸素を求めて悟の首に懸命に抱きついた。


「よしよし、上手にイけたね、って……あれ」


 悟の声が遠い。姿が朧気だ。思考がどこかそこら辺で浮遊しているような、不思議な心地だ。
 名前、と呼ぶ声を最後に、名前の意識はぷつりと途切れた。





「あ……やば」


 ベッドにその身を沈め瞼を閉してしまった名前に、悟の呟きが落ちる。名前、と何度名前を呼んでも微動だにしない。完全にトんでいる。やりすぎた。

 ──だって可愛かったからつい、とかなんとか。言い訳紛いのことをつらつら口にしているその最中、何かに気づいた悟ははたと動きを止めた。


「……え、てことはもしかして僕これでお預け? マジで? ちょっとちょっと、名前〜〜!」


 悟がどんなに悲痛な面持ちをしたところで、さめざめと泣き真似をしたところで、名前が目覚めるはずもない。悟は泣く泣く、幸せそうに瞳を閉じる名前に掛布をかけてやった。







「ん……」
「あ、おはよ」
「……お、はよ?」
「フフ、寝ぼけてる」


 長い睫毛に縁取られた碧の瞳。はじめに目に入ったのがそれだった。いつ見ても惚れ惚れするその顔立ちに、名前は未だ夢見心地でうっとりと瞬きを繰り返す。


「昨日のこと覚えてる?」
「昨日……?」


 ──昨日、とは。ていうかなんで先生と寝てるの? あれ? 服着てない! え? ここどこ?

 ひとつひとつ目に入ってくる情報にいちいち疑問を抱きながら、徐々に昨日のことが回顧されていく。


「思い出した……覚えてる。夢じゃない?」
「あは、夢じゃないよ」


 前髪をかき上げられ、そのまま瞼にキス。軽く落ちたリップ音に、名前は困ったように眉を下げた。


「……どうしよう」
「? どしたの?」
「……先生がかっこよくて困っちゃう」
「じーん。この感じ久しぶり、最高。もっと言って」
「あはは」


 好きを振り撒くことを許されたのだ。何度だって呆れられるほど言える。これまで抑えてきた分を発散させようと、あらゆる悟を褒めちぎり、愛を語る。

 悟は悟で、名前がひとつを言えば必ずひとつを返してくれるものだから、恥ずかしさやら擽ったさやらが最高潮に達した名前が先に音を上げた。


「ふふ、ギブアップ」
「ほら言ったでしょ、僕の愛は超ヘビーだよ。てか名前、こんな気持ち隠してよくもまぁあんな演技できたよね」
「えー? 絶対バレバレだと思ってたのに……乙骨先輩のおかげかな」
「憂太? なんで?」
「オスカー賞獲ったんだよ。知らないの? あ、先生が封印されてた間だからか」
「……は?」
「ふふ、こっちの話」
「何それ、どっちだよ」


 側頭部を撫でていた手が、髪を梳きながら後頭部へと回る。軽く力が込められ、悟の胸に額が押し付けられた。


「ねえ名前さぁ」
「ん?」
「昨日のこと覚えてるって言ったじゃん」
「うん」
「つまりね、名前があまりの気持ちよさにトんじゃったからさ、僕ら最後までできてないわけじゃない? それで僕は一晩、僕の腕におっぱい押し付けながら抱きついて眠る名前を眺めて我慢し続けたってわけ」
「う、」
「こーいうの、生殺しって言うんですけど」


 ……なんということだ。
 悟のその忍耐力に、名前は脱帽した。名前が逆の立場だったら、ついうっかりキスをしたり、その尊き寝姿を写真に収めたり、本当についうっかり悟の身体を愛撫してしまったりしたかもしれない。

 それをただ、穏やかな睡眠を与えることに徹してくれたなんて。その優しさに拍手喝采。

 ──したのも束の間。


「てわけで、続きしよっか」

 きゃぴ、と語尾にハートをつけて、悟のにっこにことした笑みが咲く。

「ひい……お手柔らかに……」













【嘘って言ってみてよ】終

ContentsTop