白ではない


「あ、そうそう恵」


 年季の入った教室で受けた座学。終わるやいなやどこかへ飛び出していった悠仁と、「華金よ華金!」と同じく飛び出していった野薔薇を見遣り、溜息を吐き出すとともに腰を上げた恵に、背後から声がかかった。


「明日、日の出を見に行こう」
「は」
「鵺に乗って」
「…………は?」


 振り返った恵から、怪訝な声が出る。お世辞にも良いとは言えない目つきに、狐疑を含んだ鋭さが加わる。

 それをまったく意に介さず、名前は続けた。


「恵って朝弱かったっけ? 起きれる?」
「おい、」
「うーん、一見弱そうだけど、案外玉犬のお散歩で早起きを日課にしてたりする? あ、式神はお散歩いらないか」
「おいって」
「恵の式神可愛いから、つい式神ってこと忘れちゃうなぁ」


 顎に人差し指をかけ思案する名前の両頬を、恵は片手でむぎゅりと潰した。


「おいっつってんだろ、聞け」
「……いひゃい」
「なんの話だよ」
「いひゃいれす」


 半泣きで見上げてくる名前に免じて手を離してやると、名前はほんのり赤くなった頬をさすさすと擦った。


「もう、痛いなぁ」
「で?」
「だから、明日日の出を見に行こうって。恵の鵺に乗って」
「……もっぺん潰してもいいんだぞ」


 この言葉に両頬をささっと手のひらで守り、さらに念のためおおきく一歩退いてから、名前は笑った。


「そんな怒ってばっかだと禿げちゃうよ」
「オマエのせいだよ。他に用ないなら帰るぞ」
「あっ、まってまって」


 踵を返しかけていた恵を、名前は慌てて呼び止めた。


「わたしね、一回でいいから空飛んでみたいの。五条先生と空中遊泳ってのも考えたんだけど、特級の手を煩わせる案件でもないかなって」
「俺の手を煩わせる案件でもねぇよ」
「ふふ、そこはほら、同期タメの誼みたいな」
「そんな誼知るか。つーか鵺だってこういうことに使うもんじゃねえし」
「え……? 恵は絶対さ、寂しいときとか玉犬呼んでよしよしもふもふ適用外使用してるよね?」
「…………」


 恵の両側頭部からにょきっと長い角が生えた気がして、名前は「あは、今のはジョーダン」と取り繕った。

 図星だったからこその怒りか、揶揄われたと思ったか。何れにせよ真相は迷宮入りとなってしまった。残念に思いながら、名前は恵を見上げる。


「ね、だめ?」
「駄目」
「じゃあさ、明日の朝迎えに行くから、それまで考えてみてよ。気変わるかもしんないし」
「変わんねえよ」
「ふふ、まあそう言わずに。じゃ、また明日ね」


 悠仁と野薔薇に並ぶスピードで身を翻し教室を出て行ってしまった名前の背を呆れた眼差しで見送り、ぽつりと。誰もいない教室に、恵の呟きが落ちる。



「……ったく、なんだアイツ」


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