風鈴
あまりにも淡い恋だった。
あまりにも短い恋だった。
ちりん。
あの日々を思い出すたびに。耳の奥で、嫌というほどに響く音。嫌というほどに澄んでいて、嫌というほどに美しくて。嫌というほどに、──哀しいおと。
少し汗ばんだ真っ白な肌も。高く、高く。どんなに手を伸ばしても届かない、晴れ渡った青空も。飛沫を散らす川辺も、楽しげにそよぐ草の一本一本も。何もかもが、鮮明に。奥深くに浸みこんで離れないんだ。
身体の深くに。
こころの髄に。
ねえ名前さん。
どうしてキミは俺の前に現れて、どうしていなくなっちゃったのかな。
今もこの世界のどこかで、あの夏みたいに窓辺に腰かけて。揺れる風鈴を見上げてるのかな。俺の知らない男の腕の中で、逞しい腕にその小さな頭をちょこんと乗せて、風鈴と一緒に吹かれる髪を香らせて。あの夏みたいに、こう口にしてるのかなあ。
好き。好きだよ。
こんなに可愛い風鈴よりも、たっぷり冷やしたカルピスよりも、頭から飛び込む川の水よりも、そのあと浴びる扇風機よりも。
徹、あなたがすき。
ねえ名前さん。
及川さんね、その比較ラインナップはちょっとどうかと思うなー?
ふふっ。徹はね、これくらいじゃないとすぐ、ふらふらしちゃうから。
んもう、俺、信頼ないなあ。こんなに好きなのに。
──好きだった。何よりも。
どうしようもないくらいに。
これは、名前さんと、俺の。
短い短い、ひと夏の。忘れ得もしない恋のおはなし。