狐火ロンド


●治とヒロインちゃんが同棲している部屋に侑が転がり込んでくるおはなし
●日常のドタバタメインで計10話くらいの予定
●方言は空想と勢いで書いてます。目を瞑っていただけると幸いです


  

*
 

 呼び鈴が鳴ったのは、二十一時を回った頃だった。

 遅い時間の来訪者。不審感に背筋が伸びるのと、「こんな時間に誰や」と治が率先して立ち上がってくれたのが同時だった。テレビドアホンを確認しにいくその背中には安心と信頼。張り詰めていた緊張が緩んでいくのを自覚した、次の瞬間だ。

 
「ゲッ」


 モニターに映る来訪者の姿を見た途端、治から心底嫌そうな声が漏れた。その反応に、再び背筋が伸びる。

 
「治? だれ⋯⋯?」
「俺が追っ払うわ。名前はそこに居り」
「え⋯⋯だ、誰?」


 二度問うてみるものの、答えは返ってこない。答えの代わりに治から発せられているのは苛立ち──いや、呆れだろうか。とにかく不安に苛まれながら見守る名前の目の前で、治はピッと通話ボタンを押し、来訪者と話し出す。

 
「何やねんこんな時間に」
「うわ、何でサムが出んねん! 二分の一の確率やのにツイとらん!」


 声を聞いた瞬間、「なんだ、侑かあ」と胸を撫でおろしていた。呼び鈴が鳴った瞬間からのすべてに納得する。なるほど侑なら、この時間にやって来るのも、治があんな反応をするのも頷ける。

 
「出たのが名前ちゃんやったら優しく家に入れてくれる思てたのに、とんだ誤算やわ。なあサム、もっぺん最初からやり直さへん? ピンポン押し直すから、今度は名前ちゃん出してな」
「出すわけあるかい」


 潔い拒否。この二人のやり取りは何度見ても笑ってしまう。そんな名前を振り返って「お前も何笑てんねん」と呆れた声を出してから、治は今一度モニターに向き直る。


「で、もっぺん聞くけど、何やねんこんな時間に」
「せやせや。ひと晩泊め──」


 ブチッ。皆まで言い切る前に通話が切られていた。「どーせそんなことやと思たわ」と零しながら、治が踵を返──すよりも早く、再び呼び鈴が鳴る。

 一瞬無視をしかけた治だったが、ピンポンピンポンピポピポピピピと鳴り止まぬけたたましい攻撃に、おおきな溜め息を落としてもう一度ボタンを押す。
 

「何やねん喧しいわ」
「喧しいわちゃうねん。せめて最後まで言わせろや!」
「おおかたルームメイトと喧嘩でもして後先考えんで飛び出してきたんやろ。寝るとこくらい自分で何とかしい」
「うわ、冷たいこと言わんといて。たった一人の兄弟やん」
「ウザッ」


 名前は堪えきれず笑い出していた。お風呂上がり、乾かしたての髪の先をくすくすと揺らしながら、治のもとへと歩み寄る。

 
「治、いいよ、泊めてあげよう。何より近所迷惑だし」
「⋯⋯⋯⋯」
「あは、嫌そう」
「当たり前やろ。コイツが大人しくひと晩で帰るわけないもん」
「それは、そうだねぇ」
「⋯⋯けどこのままやと苦情入るかもしれん言うのも確かやなあ、喧しいもんな」
「ねぇ」


 仏頂面を貫き通したままながらも渋々了承したらしい治の背を押し、玄関へと向かう。そこでも「嫌やわ〜〜」と渋りながら、治は普段の五倍は重たそうにしてドアを開けた。


「ほれやっぱりや。何泊すんねんそのデッカイ荷物」


 治の指摘を完全に無視して、侑は早速靴を脱ぎながら名前に笑顔を向ける。


「名前ちゃーん、久しぶり。相変わらずサムには勿体ないべっぴんさんやね。あっ、お風呂上がりやろ。何やめっちゃええ匂いしよるもん⋯⋯あたっ」
「嗅ぐなや離れろヘンタイツム。追い出すで」
「アカン、女の子の匂い嗅ぐん久しぶりで身体が勝手に動いてもうたわ。堪忍な」


 と、強めに叩打された後頭部を擦りながら、「堪忍な」とは程遠い晴れやかな笑顔で手を挙げて、侑は先陣を切ってリビングに入った。大きなボストンバッグを手頃な場所に置き、その大きな体躯を勝手にソファに沈めて、「なぁ聞いてや〜〜」と泣き言を零し始める。その姿に、治は「ここはお前の実家かいな」と溜め息をつく。

  
「血繋がっとるサムの家なんやから、まぁ実家みたいなもんやろ」
「いや何でやねん」
「てか聞いて!? アイツめっちゃ腹立つねん! あんなとこ死んでも戻らん!」


 侑は数ヶ月前から、同じチームに所属する木兎と成行きでルームシェアをしている。その話を聞いた時、名前と治は思ったものだ。

 その二人で、生活成り立つ? と。

 しかしそれを今言っては元も子もないので、取り敢えず傾聴の姿勢を取る。


「ぼっくんな、めっちゃ食いしん坊やねん。すぐ腹減った言うて騒ぐし、すぐ何でも食ってまう」
「せやろな。見たらわかるわ」
「俺が食べとうて買うてきたもんもな、ちょっと目離したらひとたまりもないねん。悪気があるわけないってのはわかんねんけどな。せやから『ツムツム』て名前書いて取っといたろ思て」
「うん、ふふ、ツムツム」


 その文字が容器や包装にマーカーペンで書かれているところを想像し、名前は笑う。

 
「けどアカンねん、食われんねん! どんなにでっかく書いてもぼっくんには見えへんのや。食われんのこれで何回目やと思う?」
「えー、木兎くんだし五回目くらい?」
「そんなもんやない、これで十回目やで! 信じられへんやろ。もう我慢できんひん、食いもんの恨みは一生や」


 真剣に話す侑の手前、お腹を抱えて笑いたい衝動を懸命に堪える。しかし完全には抑えきれず、全身が細かに震えてしまう。そんな名前に「我慢なんてせんと笑い飛ばしてやったらええねん、こんなアホ」と言い放って、治は満足そうな顔をした。

 
「因果応報やな。これまでツムに散々同じことされてきた俺ん気持ちわかっただけ成長なんちゃう」
「ゔ⋯⋯っ」 
「しっかしまぁ、そんなしょーもないことで家出したはええけど行く宛なくて俺に泣きついてくるなんて、情けないことこの上ないなぁ。なあ名前」
「ふふ、うん、ちょっと情けない」
「うわ名前ちゃん、酷いわぁ。ひもじい思いした人間にそんな言葉投げかけんといて」 
「アホがなんか言うとるわ。せや、今度から『ツムツム』やのうて『アホツム』書いたら木兎くんも気付いてくれるんちゃう?」
「誰がアホツムや!」


 こんな双子節にも慣れだものだ。幼児の他愛ない言い合いを見守る心地でにこにこと成り行きを見ていると、侑は顔の前でパンッと手のひらを合わせた。

 お願い! のポーズである。

 
「というわけで、や。ひと晩だけやから、よろしく頼んます」
「さっきも言うたけどな。お前の家出がひと晩で済むわけあるかい」
「じゃあ放り出すん? この寒空の下に?」
「どこが寒空やねん、いま真夏や真夏。ひと晩外で寝たって風邪も引かへん。今日のところは近所迷惑やから家上げただけやぞ、三日以内に帰るんやで」
「はぁーーい」


 絶対に守る気のない間延びした返事をする侑の頭を小突いて、治は付け加える。


「あとツムはソファやぞ。ベッド一個しかないんやからな」
「何やて! 二人で一個のベッドで寝てるんかいな、羨ましいわ〜〜〜」
「フッフ、ええやろ」
「ええなぁ、たまに交換してや」
「コラ。名前に手出したらどうなるかわかってんねやろな?」
「怒んなや、ジョーダンやて」 
 

 怖いわぁ、と肩のあたりで両手を挙げてから、侑はどっこらしょとソファから立ち上がる。
 
 
「ほんなら早速シャワー借りてもええ? 外暑くて汗かいてもうた」
「寒空やったんちゃうんかい」
「まあまあ、細かいことは気にせんといて」


 侑は鼻歌を歌いながら着替えを取り出し、浴室へと向かって行った。まるで自分の家かのようで、潔くて一周回って感心する。
 
 ほどなくしてシャワーの音が聞こえ始めたのを確認してから、治はスマホを取り出した。


「木兎くん?」
「おん。早めにこっちから連絡せんと長引きそうや。とっとと迎えに来てもらわんと」
「なんかアレだね、同棲カップルの喧嘩の仲裁してる気分」
「ほんそれ。最悪の気分やわ」
「わたしは結構楽しいかも」
「何でやねん」


【01 侑が家にやってきた】 

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