例えばきみが天使なら
「あのね、あのね、」
「うんうん」
「昨日ね、ついにね、」
「わお、ついに? ついにシちゃったの?」
俺には、彼女がいる。
たまには一緒に昼飯を食おうと思って、隣の教室に来たワケだが。教室に入るか入らないかのところで、きゃいのきゃいのとはしゃぐ二人の声が聞こえてくる。
そのひとつが、彼女の声だ。
「ついに、ついに、手繋いでくれたの!」
「……は?」
窓際で前の席のヤツと話す姿は、大変仲睦まじい。額を擦りつけ合わさんばかりの距離で、まるで内緒話をするみたいに。まあ声はデケェけど。
うふふ、とセーターの袖口からちょこんとだけ出た指先で、口元を覆って。嬉しそうにはにかんでいるのが、俺の彼女。
普通に見れば微笑ましいのであろうその光景に、しかし俺はこめかみの血管がメキリと浮き上がるのを感じた。
「ちょっと名前ちゃん、つかぬ事をお伺いしますが」
「はいなんでしょう」
「付き合ってどんくらい経つんだっけ」
「一年デス」
「はァア〜〜〜〜〜〜〜?!?!」
オーバーとも言えるリアクションに、ついには教室中の視線が集まった。当の本人たちはといえば、全く意に介さずにガールズトーク(偽)を炸裂させている。
「あははっ、徹クンてば百面相」
「ちょっと信じらんないんだけど! こんな可愛い子が彼女で、一年でやっと手繋いだだけ?! んもう、岩ちゃんバッカじゃないの?! 驚きも呆れも通り越して目眩するんだけど!」
血管が切れた、と思った。
「名前ちゃん、俺ならいつでも相手になるよ☆」
「やだもー」
くすくすと肩を揺らしている彼女。その様子を満足気に見ている及川。俺は殺意すら覚えて、床を踏み抜かん勢いで席へ向った。勢い余って床の一枚や二枚や三枚が抜けていたっておかしくない。
今にもくっつきそうな、額と額。
その間にむんずと手を入れ、渾身の力でベリッと引き剥がす。もちろん、及川の頭を。
「イデッ?!」
「離れろクソ川」
「やっほー岩ちゃん、鬼みたいな顔してどしたの?」
俺に頭を抑えつけられたまま、あっけらかんとした笑顔を向けてくる。
切れた血管数知れず。
「は な れ ろ」
「もー、そんなおっかない顔してたら名前ちゃん怖がっちゃ、ぐえッ! これ以上は折れる! 首折れちゃう!」
「折れちまえ! お前のせいで俺たちの恋愛事情クラス中に筒抜けだコラ」
この時、俺が及川に見せたその様はまるで鬼神のようだった。と後に名前は語った。
「ったく、お前もぺらぺら喋んな……あ、悪ィ、デコ痛かったか?」
「や、その……はじめ、触ってくれたなって」
「ッ!?」
額をちょこんと押さえて、目元をほんのり染めて見上げてくる。昨日、やっとの思いでその手に触れたばかりだというのに、なのに。
怒りのあまり、我を忘れるとはこの事だ。
及川と一悶着起こしている間、あろうことか俺はずっと、名前の頭に手を置いていたというのだ。
……──ボンッ!
顔からそんな音が聞こえた。気がした。
「っあ〜〜〜〜〜! 俺もうこんなピュアピュア青春ラブストーリー観てらんない! かゆい!」
「おう、どっか行っていいぞ」
「行かないよ冷たいな! 一緒に食べるよ!」