例えばきみが天使なら
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真っ白なシーツで覆われたベッドに腰掛けさせる。彼女の正面に片膝をついて、真っ直ぐに見上げた。
反応によっては同性の友達に傍にいてもらおうと思ったのだが、彼女も腫れぼったい目で真っ直ぐに見返してくれた。ゆっくりと唇が開く。
「はじめ、ありがとう……助けてくれて、ありがとう……っ、わたし」
名前は泣いていた。両膝の上のスカートの裾を、きつく握って。大粒の雫がぽたぽた落ちる。
「大丈夫なの、何もされてないの。その、……ちょっと強引に押し倒されちゃっただけで」
……んなワケねェだろうに。
何があったのか、何をされたのか。聞きたくても聞けない俺の心情を汲み取ったんだろう。
愛しい。名前に触れたい。
力の入り過ぎた小さな拳を解いてやって、その涙を拭いたい。アイツの感触がこれっぽっちも残らないように、俺でいっぱいにしたい。
でも、まだ。まだ駄目だ。きちんと確認するまでは。少し落ち着くのを待ってから、そっと口にしてみる。
「名前。俺のこと、怖くねェか……?」
あの場では咄嗟に抱き締めてしまったけれど。乱暴にされたであろう直後に、無神経だった。俺だってアイツと同じように、女子より遥かに強い力を持った男だ。
名前は心底びっくり、といった顔をした。
「怖くなんて、あるわけないじゃん……っ。はじめがいい、……はじめじゃなきゃやなの、はじめが……っ」
──ふわり。
音もなく舞い降りたのは、彼女の体温。俺の頭を包むように降ってきて、「はじめが、だいすき」と囁いた。
辛抱堪らなくなって、一旦抱き上げる。今度は俺がベッドに座り、自分の膝の上に彼女を座らせた。覗き込む瞳には、涙の薄膜。張った膜が、照れたように揺らめいている。
「……わたし、悪い子だ。さっきはあんなに怖かったのに。はじめには、……ドキドキして壊れちゃいそう」
彼女にも伝わっているだろうか。かつてない強さと速さで刻まれている、俺の鼓動が。
頬に指先を添える。ツツ……と涙の足跡をなぞって、手のひら全体で彼女の輪郭を包んだ。
臆病さや自信のなさを、俺は言い訳にしていた。この関係が壊れてしまうのが、彼女を失ってしまうのが、怖かったから。
名前は、いつだって。全部ひっくるめた俺を見ていてくれたのに。
「……キス、されたか?」
「………ここは、されてない」
──ここ。
彼女の細い示指が指した場所に、唇を重ねる。壊れないように優しく。けれど、深く、深く。
彼女がもう二度と。
どこにも飛んでいってしまわないように。
例えばきみが天使なら ✽ その羽をぜんぶ 終