例えばきみが天使なら

*

 保健室で少し休ませてくる、と岩ちゃんは言った。校舎へ向かうふたつの背中を、ぼうっと眺める。どこからか吹いた風に、名前も知らない雑草がそよぐ。

 不意に斜め下方から声を掛けられた。


「及川、その……よかったの?」
「ん、なにが?」
「いや、その……」


 遠慮がちにそう問うて、そして言い淀んだのは名前ちゃんのオトモダチ。ずっとずっと、ずーっと誰からも隠してきてたのに。バレちゃった。

 本当ならあんなやつ、俺が蹴散らして。

 名前ちゃんのこと、めちゃくちゃに抱きしめたかった。涙を拭って、大丈夫、俺がいるよって。震える唇にキスを落として、そうしてもう一度抱きしめる。


 けど、彼女は。

 俺の大切な幼馴染の、──恋人。 


「俺はね、あんな男とは違うの。名前ちゃんと岩ちゃんのことを、一番近くで支える存在なんだよ」


 見上げた空は、皮肉なほどに晴れ渡る。俺たちの、青春のいろ。

 青い。なんて青いんだろう。


「これからも、ずーっとね」
「……そっか」


 この空を見て、思い出した。
 天国のじいちゃんが、幼かった俺に豪語してたんだ。「青春は謳歌するもんだ! 何があっても逞しく生き抜け!」って。

 まだ【青春】なんて言葉も知らない頃だったのにね。

 こんなに苦しい想いも。
 こんなに切ない痛みも。

 いつの日か。

 俺の中で、何かとして生きていくのだろうか。じいちゃんは、そう言いたかったのだろうか。


「キッツいなー! けど、最高だ」


 空に向かって、声に出してみる。

 あのふたりと共に過ごすためならば、いくらでも。謳歌してやろうじゃないか。俺たちの、今を。


 だから、ふたりとも。これからも、これまでと変わらずにいて。お願いね。

ContentsTop