はんぶんこした世界のなかで


【世界をふたつに分かつなら】


 どんな境界線が引けるのだろう。

 どんなに考えてみてもありきたりな、或いは数学的な概念とかしか出てこなくて──しかしそれすらも、危うくて脆い定義のように思える。

 ありふれた日常からは見つけられないのだ。必ずはぐれたり、ど真ん中だったり、そのふたつの間に位置するものが出てきてしまう。

 なにか、を求めて。

 わたしは安直にパソコンに向かう。
 なんて便利で、しかし淡泊な時代なのだろう。もっともっと自分で考えるべきなのだと、わかってはいるのに。その便利さにすぐに頼ってしまう。


 カタカタと軽やかな音が鳴る、愛用のキーボード。
 
 打ちこむ言葉は──

 


【はんぶんこにした世界】




 この瞬間が、彼と、わたしの。

 ──はじまりだった。





*

「なあー、赤葦、聞いてる? さっきからなにずっとスマホ見てんの? なーってばー」


 この、ひどく懐こいようで、ひどく面倒くさいような、しかし放っておくわけにもいかないような、──まどろっこしいから簡単にいうと、先輩である木兎光太郎。

 逆向きに椅子に跨り、背もたれに両肘をついて。しっかりとした筋肉が纏わりついた肘から先を、だらんと垂らしている。

 力なく膝の部分で曲げられている、腕同様に筋肉質な足。へばった表情かおが張り付いているのは、背もたれに乗せられた顎の上だ。


「駄々こねても、アイス五つ目は駄目ですよ。もう購買行くの禁止です。いくら木兎さんといえど、お腹壊します」
「えー! いーじゃねえのーケチー」
「余計暑くなるんで、だるそうな話し方しないでください」


 うだるような猛暑。
 真夏の、夏休みの、とある日のこと。

 午前中に夏期講習なるものを受けた俺は、午後からの部活に向けてせっせとエネルギーを摂取していた、のだけど。

 なぜか向かいには木兎さんの姿があった。


「ところでほんとに今更ですけど、なんで木兎さん、ここにいるんスか? 学年すら違いますけど」
「? なんでってそりゃ、赤葦と昼飯食いたかったから!」
「……そうですか」


 この人は、いつもこうなのだ。
 そしてそれがまた、彼の良さでもある。きっと俺はそんなところにも、──惹かれているんだ。

 死んでも言いたくないけど。

 そんな想いを内に秘めて。
 片手に乗った握り固められた米(通称握り飯)を齧り、もう片手に乗っているスマホに視線を落とした。


「なに? 赤葦がそんなスマホばっか見てんの、珍しーのな! 気になる!」


 ものすごい勢いで重箱のような弁当を平らげ、これまたいつの間に買って来てたんだか知らないアイスを、よっつもぺろりと──よく具合が悪くならないものだ──平らげて。

 そこで漸く暇を、というか口を持て余したのか。先の体勢を取り、飽きることなど知らない様子で話しかけてき始めたのが、つい五分ほど前のこと。

 
「そんな気になります?」


 うんうん! と首をぶんぶん縦に振る、185cmの大男。俺たちを導いてくれる、太陽のような。


「じゃあね、木兎さんにだけ、特別です」
「ごくり……!」
「いや、その効果音口で言うもんじゃないですから」


 一応、軽く突っ込んであげてから。
 目を凝らせば湯気が見えるんじゃないかと錯覚する熱い空気を、俺は一度、軽く吸い込む。


「木兎さんなら、世界を半分にする時、どんな境界線を引きますか?」
「は、え……?」


 目を点にして、どこから出たのか分からない、抜けた声を出した我らがエース。やはり、難しかっただろうか。


「? 蝿なんて飛んでないですけど」
「や、違くて! お前、いつの間にそんな力身につけてたの?!」
「……ハイ?」


 今度は俺が間抜けな声を出す番だった。
 そんな力って、どんな力ですかね。


「地球をまっぷたつって、そりゃお前、ド○ゴンボールじゃねえの!」
「あ、……そっちに行きましたか」


 いつも斜め上を行く彼の思考に振り回されながら。俺は真夏の、青い青い空を見上げてみた。

 突き抜ける晴天。灼熱の太陽。

 ぽか、ぽかり。
 浮かぶのは眩しいくらいに真っ白な雲だ。


「物理的な話じゃないですってば」
「なーんだ、違えの、つまらん」
「……つまっちゃ堪りませんよ」


 落ちそうになる溜め息を呑みこむ。
 それでもわかりやすく伝わるように、と言葉を探してしまう俺は、やはりそういう性分なのだろう。

 
「例えばね、木兎さんのクラスを半分に分けるとしたら、どうやって分けます?」
「んー、男と女! もしくは俺とそれ以外!」
「なんとも木兎さんらしい。じゃあそれが、──世界だったら?」


 意図せず顰まった声。
 その声に木兎さんは、今度は実際にごくりと喉を鳴らした。喉仏がゆっくりと上下する。


「境界の上に立つのがあるのはダメですよ。例えばさっきの男と女なら、言ってしまえばオカマとかがいるでしょ」
「うげえ! なんか難しー」


 講習のあとにやってられん!

 そんな顔の顰め方をする木兎さんを眺めて、俺は何度目かわからないが、スマホに視線を移した。


「赤葦、さっきから【それ】見てんの?」
「はい、この間面白いサイト、……ブログ? みたいの見つけて」
「ふうん」


 すす、画面の上をスライドさせる。
 ほんの少しつっかかる、じとり汗ばんだ指先がじれったい。




・俺も、あなたのことが──好きです。
          匿名



 そう、書き込んだ。

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