はんぶんこした世界のなかで


 それでも気分はよかった。
 どこか吹っ切れていたから。見えない糸と、見える糸が、導いてくれてる気がしていたのだ。

 だからそれこそ、適当に歩いていた。

 とくとく、規則正しく脈打つ鼓動。
 長らく歩いたために弾む息に、まだ熱をはらんだ空気は少し苦しい。



 ぴゅ──……ぱあん!



 差しかかった大きな橋の上。
 だいぶ疎らになったひとの間に、美しく開くひとつ。 

 顔の右側にその光を感じ、始まっちゃったな、とゆっくりと振り向く。

 落ちゆく、消えかかる輝き。
 それになんとなく小指を翳してみた、──その瞬間だった。


「…………っ!!」

「…………!!」


 欄干に頬杖をつき、物憂げに。光る先を見遣っていた人物が、なぜか振り返ったのだ。

 
 ──このひとだ。


 そう、直感した。理由なんてない。
 からん、無意識に踏み出した右足の草履が軽やかな音を立てる。


「っ、あの、──わっ!」


 刹那、引かれる腕。
 強引なようで、でもとても優しくて。ぎゅっと込められた力が、彼も【そう】なのだと物語っていた。


「俺のこと、わかります?」
「わかり、ます」
 

 鼓膜を震わす心地よい低音。
 あの文字が音になると、こんな響きをもつのか。

 嬉しいのか、なんなのか。
 昂ぶった気持ちに呼応するように、夜風にはためいた浅緋の裾で、金魚がゆらゆら揺れている。


「あなたも、手繰ってきたんですか?」
「そう、ですね。そうなのかもしれません」


 掴まれたままだった腕が、軽く掲げられる。指先の赤い糸を、彼の艶やかな視線が辿ってゆく。

 ──…ぱあん!

 わたしの右側。彼の左側。
 上がる花火が、お互いの顔のはんぶんを照らしては、散っていく。


 不思議。不思議で仕方ない。
 たった今出逢ったばかりなのに、ずっと昔から隣りにいたみたいな気分になる。

 夕刻感じてた怖さなんて、どこへやら。


「……たぶん同い年、だよね」
「きっとね。でも、そんなことはどうでもいい」
「ふふっ、名前、だよ」


 名前、そう、彼の唇が動く。
 その次に彼の唇は「けいじ」と動いた。


「字は? どんなの書くの」
「こう」
「! くすぐったい!」
「我慢して」


 手のひらにすす、書かれるのは「京治」の文字。


「不思議だね」


 実際に言葉にしてみる。
 握られた指先が絡まり、繋がっていく。視界の端っこに引っかかる花火の色は、確かに【運命の色】をしている。


「コミュニティーが重なってるからね」
「……運命の?」


 この問いかけに、返って来たのは穏やかな眼差しだった。

 運命共同体。
 わたしたちはきっと、出逢うべくして今日という日に、この場所で出逢った。


「俺をはんぶんこの相手に、選んでくれる?」
「……あたりまえ、だよ」


 繫がっていた糸が嬉しくて。出逢えた奇跡が嬉しくて。頬を熱が伝い落ちていく。


「泣かないの」


 そっと眦を拭ってくれた彼は、一際おおきく咲き誇った花火を一瞥してから、繋いでいた手をくいと惹いた。


「? どこ、いくの?」
「ここじゃキス、できないでしょ。……涙もまだ止まんないみたいだし」
「っ、そう、ですね」


 からん、からり。

 ゆっくりと鳴る草履の音は、夜空の遠く、響く音にかき消された。















 はんぶんこした世界のなかで + そしてまたひとつに

 終

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