はんぶんこした世界のなかで
*
「ど、どうかな」
頬を染め、俯きがちに友人が訊ねる。
やはりわたしの目に狂いはなかった。我ながら完璧だ。頭のてっぺんから足の爪先まで、ぬかりはない。すごくかわいい。
「うん、すごく綺麗。……綺麗だよ」
「名前……そんな辛そうな顔しないで」
「え、うそ、ごめんそんなつもりじゃないの」
「わかってる。ほら、次は名前の番!」
まだ、迷っていた。
花火を見に行くことじゃない。ひとりで花火を見るのは悪くない。むしろそれはそれでなかなかいい、と思っている。
そうじゃなくて、怖いのだ。
家を出て、浴衣を着て、花火を見たら。彼に出逢ってしまえる気がして。
それがたまらなく怖い。
「だいじょうぶ。まだなにも、分からないでしょ」
「そう、だけど」
「……名前、手、貸して?」
「うん?」
「ネイルやったげる」
そっと掴まれる手。まっさらだった爪に、伸びていくホワイトのベース。帯の色に似た真白なそこに、細く、細く美しい彩りを添えるのは、──赤。
「ふふっ、くすぐったい」
「ごめんね、もうちょっとだから我慢して」
「ううん、手じゃなくって」
くすぐったいのは、心臓のあたり。
まさか友人にこころをくすぐられる日が来ようとは、恋する乙女のパワーは偉大だ。
「逢えちゃうかもしれないって、怖い?」
「……うん、すごく」
わたしの爪に熱心な視線を注いだまま、彼女は「そっか」とだけ呟いた。
「はい、完成! 見てみて、ちょっとは怖くなくなった?」
自分の指とは思えない変貌を遂げた指先。そこにはもう【見える糸】が描かれている。
まるで、わたしと彼を繋ぐような。
「わああん! ありがとう!」
「わっ、ちょ、着崩れる! あ、こら泣かないの、メイクが!」
夕暮れの匂いが満ち始めた夏の空。
なにも変わらないわたしたちの泣き声が、笑い声が、天井を突き抜けていく。
真夏の音が満ちている。
濃く、深くなっていく空の狭間。
途中まで一緒に歩いていた友と別れ、その空をほんの少し立ち止まって見上げる。脳裏に焼きつけてから、人の流れを逆行する。
人ごみでは見たくない。周りが気になってしまって、花火を、花火の光だけを掴むことが難しいから。
『名前ちゃん、浴衣はね、自信をもって着てあげるといいわよ』
わたしが全力で抱きついたせいで崩れた浴衣。それを直してくれた、友人の母の言葉だ。
『女の子は顔あげて、笑ってるのが可愛いわ』
『おばちゃんまで、……うう、ありがとう』
『もー、またそうやって泣く! 名前、お化粧直しもしたほうがいいよ』
『たいしたお化粧じゃないし、このままでも』
『いいわけないでしょ』
ぴしゃりと却下された。
恋する乙女は強かった。
『いい? 変な男どもにナンパされそうになったらすぐ逃げるんだよ? ふらふらしてないで、花火終わったらすぐ帰るんだよ? なんかあったらマッハで連絡してね? わかった?!』
『ワカリマシタお母さん』
『名前、わたし結構本気』
『うん、ごめん。ありがとう、気をつけるね』
これは別れ際の会話だ。
友のあたたかな言葉を胸に、わたしは会場から距離を取る。花火全体を見ることができて、且つ周りに気を取られない、それでいて安全な場所を探す。
(……わかってはいたけど、ね、そんな場所見つからない!)
もうどれくらい歩いたかわからない。慣れない草履で足は次第に痛くなってくるし、頭上はすっかり夜の色だ。