おひさまのいろはどんないろ
取り出した卵はひやり、冷たい。
扉を閉める直前でチーズが目に入って、それも手に取る。
久しぶりのチーズオムレツ!
卵とチーズを手渡してそう言いかけて、なにやら異変に気づく。なにって、受け取ろうと手を伸ばした状態で大地が固まっているのだ。
その目がわたしを凝視していて、首を傾げる。
ただわたしを見つめてるんじゃなくて、それはもう、とっても見つめてる。穴でもあいちゃうんじゃないかなってくらい。
「……だいち? なんか変なものでも付いてる?」
「……いや、その、」
お顔を赤くして、しどろもどろ。
なんだか珍しいな。こんな大地。
なにか間違ったものでも取り出しちゃったかな、と手の中を見るけれど、そこにはやっぱりどう見ても卵が握られてるし。
寝起きで髪はちょっと乱れちゃってるけど、それで顔を赤くするべきなのは、大地じゃなくてわたしだし。
なんだろう。
なんでわたし、こんなに見つめられてるんだろう。全然悪い気はしないけど、すごく気になる。
さっきよりさらに首を傾げる。
傾げすぎて、頬に髪がひと束かかった。
その髪を耳にかけたところで、大地がもにょもにょと喋りだした。手のひらで自分の顔を隠すように、なかば頭を抱えるようにしている。
「昨日はたいして意識してなかったんだけどな。こうして改めて見ると、破壊力が……」
「破壊力? わたしつよいのか」
「……最強」
「? まあ、つよいのはよいことだ」
とかなんとか、適当に合わせていると、突然大地に引き寄せられた。
ぽすん。
胸板に、当たる音。
気づいたときにはぎゅっと抱きしめられていて、「……だいち、あんまりつよいと卵、われちゃうよ」と、腕の中で顔を上げてみる。
「ねー? どうしたの」
「……朝だから、せめて下は履いてくれ」
「……あ、そういうことか」
別に服を着てないとかそういうわけじゃなくて、ただ、大地のTシャツを借りているだけだ。大きかったし楽だから、着丈の短いワンピースみたいに着てたけど。
この格好が、どうやら。
「……ふふ、つよかったの?」
「あーもう、めちゃくちゃ可愛いよ。ほら、朝から襲われたくなかったら言うことを聞く」
「んふふ、だいちもたまに可愛いよね」
「コラ、からかうな」
耳たぶを優しく摘まれて、くすぐったさに身をよじる。「あはは、はい、卵。と、チーズ」と身体を離して、コーヒーを煎れる前にショートパンツを取りに行く。
お、チーズオムレツか、そういや久しぶりだな。
こんな声が、背中から聞こえてきた。
珈琲の香りが鼻孔をくすぐる。
向かい合ってテーブルに座り、ひとくち、カップから飲む。カチャリと響く音は軽やかだ。もう目はすっかり醒めていた。
「わたし昨日、どこらへんで寝ちゃった?」
「そうだな、空から女の子が降ってくるあたりかな」
「ぷぷ、やだ、すごい最初」
「金ロー寝落ち最高記録更新おめでとう。ちなみに俺は最後まで観た」
「バルス! わたしも観たかったなあ」
取りとめのない会話。ただでさえおいしいご飯が、より一層おいしくなる。サックサクのクロワッサン(大地お手製)を頬張ると、バターが口いっぱいに広がる。
クロワッサンは難しい、なんて言ってたけれど。ほんとうに難しかったのかあやしい。手作りでこのおいしさは反則だ。
ひと足先に食べ終わっていた大地は、「うまそうに食うなー」と、頬杖をついて小さくなっていくクロワッサンを見ていた。
「そういやさ、昨日の名前の寝言、聞きたいか?」
「えっ、寝言言ってたの」
「うん。だいちー、だいすきーって」
「えっ!!」
「ははっ嘘だよ」
「えっ?!」
「やっぱホントかもな」
「えっ?!?!」
窓から差し込む光の中で、大地が楽しそうに笑っている。おひさま色した笑顔。
すきだなあ。
このひとがすき。
ぱたぱた、シーツがなびいている。
今日はおひさまがたっぷりだから。きっと乾く頃には、せっけんよりおひさまの匂いになってるんだ。
今日はこの、おひさまシーツにくるまって、大地と寝よう。
「今日のおやすみのちゅーはわたしの番!」
「なあ、それホントは心の声だったんじゃない」
「………わーん恥ずかしい!」
おひさまのいろはどんないろ + まぶしくて見えないの
終