坂を転がるピアスみたいに
「名前さん、そんなにじっと何見てんの?」
「木漏れ日」
リエーフは「こもれび」、と片言のように繰り返した。初夏の風に靡いて目に掛かった髪をよけながら、彼女と、青々とした葉とを見比べる。
「それって楽しい?」
公園の、大きな木の下、芝生の上。
レジャーシートの上に寝転がって、揺れる葉たちに手を翳していた彼女に問うた。
「楽しい……うーん、でもすき。きれい」
風で葉が揺れるたび、その隙間から彼女に注ぐ光と影が揺らぐ。やわこくて和やかな温度を湛えた斑な色。
彼女に、似ている。
リエーフもシートの上に寝転がる。少しひやりとした背中が心地よい。
初夏。風が駆ける。
さわさわと鳴く葉に、リエーフは駆けていった風を追った。
ふと気が付くと、名前が顔をこちらに向けていた。まるで母親が子どもを見守るような眼差しをしていて、リエーフはムッとする。
子ども扱いしないでほしい。
いつもそうだ。
名前のほうがほんの少し歳上なだけなのに。リエーフのほうが、こんなに背が高くて大きくて強いのに。
なのに名前は、リエーフをひとりの男として見てくれない。
いつものように文句のひとつでも言おうと口を開いたが、名前に人差し指で唇を軽く抑えられ制される。
なんてズルいのだろう。その細い指に噛みついてやりたい。そんな衝動に駆られる。
その衝動を抑えて、直後。
また、さわさわと駆ける。
それを無意識に追って葉を見上げたリエーフに、名前は唇から指を離して問う。
「リエーフは見えた?」
「? 何が?」
「風」
「かぜ」
「いま、追いかけてたでしょ。風」
ああそっか、確かに。
言葉にされて初めて、無意識だった自分の視線の意味を自覚する。
「……見えなかった」
「ふふ、そっか」
また子ども扱いされたようで、悔しい。
リエーフは思う。
たった数年。たった数年だけの隔たりなのに。
なぜ、こうも住む世界が違うのだろう。