人間みたいな音がする
──恋はしんしんと、音もなく。
*
木枯らしが枯れ葉を巻き上げる。
空は重たく曇っていて、あとほんのちょっとご機嫌を損ねてしまえば、大粒の雨を落っことしそうな。そんな空模様だ。
わたしは窓の外のその景色を、自分の席で眺めていた。今日は一段と寒そうだなあ、夜ご飯はあったかいものがいいなあ、なんて考えながら。
外がどんより暗いので、蛍光灯に照らされた教室内の様子が窓によく反射している。
つまり、自分の顔も。
そのことに気づいた瞬間、窓に映る自分自身とぱちん、目が合った。わあ、なんて気の抜けた顔してるんだろう、と思う。
なぜならお顔に、「今日はシチューだとうれしいなあ」と書いてある。牛乳たっぷりの。甘くてあったかい、とろとろのシチュー。
んふふ、しあわせ。
ちなみに今は、帰りのホームルーム真っ只中だ。こんなにだらんとほっぺたを落としてにやけているのは、多分きっと、わたしだけだ。
「……おーい! 名前!」
「ん?」
右隣からつんつんと肩をつつかれた。振り向くと、今度は制服の袖を指先でひっぱられる。
「ほら、早く。くじ引きに行くよ」
「くじ?」
「やだ、また話聞いてなかったの? 席替え! するってさ」
「っえ゛」
間髪入れず声をあげる。
少し上ずってしまった。
……なんてこった。
本当に、なんてこっただ。
「やっ、やだ、わたしこの席がいいのに!」
「んや、あたしにそんなこと言われても」
「だってね聞いて!」
「うん聞くけどさ」
「ここね、一番うしろだし窓側だし暖房も隣だし、反対隣と前の席には一番の仲よしの女の子がいて、わたしの学校生活の平和はね、この席で成り立ってたのに……」
机に突っ伏すようにうなだれる。
女子校には女子しかいないように。男子校には男子しかいないように。悲しきかな、この学校には女の子が少ないのだ。
そして更に悲しきかな。
こんなに文句たらたらなのに、席替えに異議申し立てできるような発言力やら行動力やらを持ち合わせていないわたしは、結局すごすごと従うしかないのだった。
「……まさかまた、おんなじ席になれるなんてなー」
思わず声に出してしまった。
恐る恐る開いた紙切れ。走り書きの【5】。窓側の一番うしろ。今と同じ席。
これで隣と前の席も同じメンバーだったら最高なのだけれど、さすがに贅沢というものである。
みんながガタガタと座席移動をするなか、わたしだけ椅子に腰を下ろしたまま。ぽけーっと教室の様子を眺める。
このクラスになって八ヶ月程が経つけれど、こうして見ていると、話したことのないひとって結構いるんだなあと思う。
わたしの目の前の席に座った彼も、そう。
名字は知っている。
ちょっと変わっているから、このクラスになって最初の自己紹介で覚えた。
名前は知らない。
中身も知らない。
顔はとっても整っていると思う。背も高いし、上手く言えないけれど、滲み出ている雰囲気がイケメンっぽい。
とかなんとか。
彼の後ろ姿を見ながら考えていると、ふとあることに気づく。ぴょこん。髪のひと束が跳ねているのだ。可愛らしい方向に。
朝はきっちりと鏡の前でセットとかしてそうなのに。ワックスなんか付けたりして。と、彼の勝手なイメージを転がし、無防備にも見える後頭部に意外性を感じていた時だ。
突然、寝癖(たぶん)の跳ねた頭がくるんと回って、そのお顔がこちらを向いた。
「ね〜? 俺の頭、なんかついてる?」
「っへ?!」
これには心底驚いた。
なんで。どうして。後ろに目でも付いてるの? エスパー?
驚いてかちんと固まる。
おめめはぱちぱち。
そんなわたしとは対照的に、可笑しそうに、少し意地悪気な笑みを浮かべる彼の口元。
これが、彼、二口堅治との。
──はじめまして、だった。