人間みたいな音がする
「な、なんで」
「窓」
「まど?」
「映ってたからさ〜、俺の頭を熱心に見つめてる女の子の姿が」
んむむ、なるほど。
さっきわたしが、あったかシチューのことを考えていた時のように。彼の寝癖を見つめるわたしの姿が窓に映っていて、それを彼が窓越しに見ていたというわけである。
なんだかこれはとっても。
とっても、はずかしい。
わたし、どんな顔で二口くんのこと見てたんだろう。話したこともないのに、失礼な目線だったかな。あるいは変な子と捉えられたかもしれない。
それはそれで、まあ別にいいのだけれど。せっかくなら今後の平和な学校生活に支障をきたさない感じのはじめましてにしたかった。
というわけで。
ここはとりあえず、謝るべし。
「その、違うの、ごめんなさい」
「や、別に責めてはねえんだけど。やっぱ気になるじゃん? あんなふうに見つめられたら。てか違うって何が?」
「やだ、あんなふうってどんなふう……?」
彼は終始、楽しんでいるようだった。そして結構ぐいぐいくる。このひと、わたしのコミュニケーションスキルでは対処しきれそうにないなあと、この段階で悟る。
ころころ。
彼の手のひらで転がされている気分だ。
「そんで、何見てたの」
なおも問われて、なんだか少し悔しくて反撃してみたくなってしまった。後頭部を指差して、そっかあ、と口にする。
「二口くんの位置からだと見えないんだね」
「?」
「んふふ、寝癖。可愛くついてるよ」
ぴょこり。
やはり跳ねている毛束を、ひとさし指でつつく。想像していたより柔らかくて、不意に心臓が音を立てる。
どきり、というより、とくん、っていう感じの。なんだか変な心臓の音だ。
でもまあ、寝癖くらいじゃ反撃にもならないかあ、とやはり悔しさに似た気持ちが芽生えた時だ。彼は予想に反した行動を取った。
バッ! っと。それはもう、目にも止まらぬ速さで。寝癖の部分を押さえて、決まり悪そうに目線を斜め下に落とす。
その勢いに、びっくりして少し身を退いた。
「……マジで?」
「ま、まじです」
「う、あ〜マジか誰か教えろよクッソ」
朝練だってあったし、なんなら今放課後だぞ?! 誰か教えてくれたっていいじゃんか、と後頭部をガシガシしている。
ちなみに寝癖は、さすが放課後まで残っているだけあってしぶとく、未だに直っていない。
これまたわたし的に意外な一面だった。
軽くあしらわれて華麗にセットし直される、とか、もしくは「はあ? 寝癖なんていーんだよ黙っとけ」くらい言われてしまうかもなあ、と覚悟していたから。
「んはは」
「何がおかしいんだコラ」
「だって意外で、あはは」
「意外も何も、ハズイだろ」
「そう? かわいいのに」
「あのなあ、男子に可愛いなんて言うもんじゃねえぞ。それにお前だって、放課後まで寝癖つけたまんま校内歩いてたらって考えたら嫌だろ?」
「それはイヤ」
「即答じゃん」
雰囲気より怖いひとじゃなかった。
予想より少年らしさが残っていた。
そんなちょっとしたことが、なんだか嬉しい。
くすくす笑いながら、曇天に光る窓ガラスを見る。席替えもたまには悪くはないかもね、と溢してみた。
新しい席にも慣れてきて、「おはよう」だったり「部活頑張ってね」といった会話が日常になってきた頃だ。
わたしは、とあることに精を出していた。
毎日おうちでコツコツ進めていたのだけれど、間に合うか微妙になってしまったので、学校の空き時間にもやることにした。
持ってきていたサブバックから、ふわふわもこもこした手触りの毛糸と、編み針を取り出す。
毎年、雪が降り始める頃に。
おばあちゃんと、おじいちゃんに。
手作りのあったかアイテムを送るのが、わたしの恒例行事になっている。今年は、おばあちゃんには、凝ったモチーフを繋ぎあわせた膝掛けを。おじいちゃんには、てっぺんにぽんぽんをつけた帽子を。
昔から両親は仕事が忙しくて、夜遅くに帰ってくることが多かった。おばあちゃんとおじいちゃんと過ごした時間のほうが多いと思う。
たくさんのことを教えてもらった。
お料理も、お掃除も、手芸も、お庭のお手入れなんかも。
穏やかに過ぎていくその時間が、わたしはだいすきだった。
わたしが大きくなるのと一緒に、歳を取っていくふたり。わたしの手を握ってくれる手には、少しずつシワが増えていった。
いつまでも元気でいてほしくて、幼心にも少しでもあっためてあげたくて。お小遣いで毛糸を買って、不恰好ながらマフラーを編み上げたのが、小学二年生のとき。
それ以来、毎年毎年、想いを編む。
手芸もいろんなものを教わったけれど、編み物がいちばんすきだ。時間をかけて、ひとつひとつ丁寧に。
その行程を考えるだけで、不思議と胸がぽわんとあったかくなる。自然と表情がやわらかくなるのを感じる。優しい時間だと思う。
モチーフならかさばらなくて、学校でも作りやすい。あったかくて明るい色合いの毛糸をたくさん選んだ。それらが繋ぎ合わさるところを想像して、ひとり笑みを溢す。
「嬉しそうな顔して何してんの? これ」
「おや二口くん。今日のおやつ(?)はメロンパンなんだね。なにって、見てのとおり編み物です」
メロンパン片手に席に戻ってきた彼が、珍しいものを見るように目を瞬かせて、パンをひと噛みした。
おっきいひと口だ。
さすが育ち盛りの高校生男子。
「いやそこはおやつじゃなくて早弁だろ。へえ〜、俺、本物の編み物って初めて見たわ」
「んはは、本物ってなあに」
「実際に編み物してるとこ見んの初めてなんだよ。どーやんの? やって見して」
「そんな大層なものじゃないよ、趣味みたいなものだもん」
そう断ってから、「ここにこう引っかけてね、ここをくぐして……」と、お花のモチーフを作っていく。
彼はわたしの机に肘をついて、思いのほか熱心な視線を注いでいる。
そっと盗み見る彼の目元。
伏せられた睫毛の先まで見える。
あ、まただ。そう思う。
また、心臓が変な音を立てた。
「うわ、どうなってんのか分かんねえなこれ。てか俺、編み物ってあの棒みたいなやつでチクチクするんだと思ってたわ」
「これはかぎ針。二口くんがイメージしてるのは棒針だね。棒針はおじいちゃんに作ってる帽子で使ってるよ」
「帽子まで作れんのかよ」
「おじいちゃん、髪の毛が少しばかり寂しげなの。帽子のてっぺんにね、おっきいぽんぽん付けるんだよ」
「ぽんぽん」
「んふふ、かわいいでしょ」