人間みたいな音がする


 やおら取り出すのは、編みかけのマフラー。

 この気持ちに気づいてしまって、そうしたら。身体が勝手に編み始めていた。作るものはなんでもよかった。彼を、あたためてくれるのなら。

 重たいかもしれない。
 手作りのマフラーだなんて。

 でもわたしにはこれしかできない。これしか、想いを伝える術を知らない。

 だから、編む。 

 毛糸が編み針を滑るたび、彼への想いが編み込まさっていく。毛糸が描く複雑な模様が、まるでわたしの心情のよう。


 そうしていくらかもわからない時間が経った時だ。ふと視界の隅をなにかが過った気がして、目線を移す。

(わ……お天気雪だ)

 冬の日暮れは早い。
 見遣った窓の外はすでに冬特有の澄んだ夜空となっていて、外に出ればきっと、綺麗にオリオン座が見える。

 その濃紺に、ひらひらりと。雪が舞っている。細やかで。月明かりを反射する、美しい雪。
 
 風のない日の雪は、とてもきれいだ。
 静かに、静かに。わたしたちの内側に降り積もるみたいに、地上にふんわりと舞い重なっていく。

 バレンタインにこんな雪が降ったら、と。なんとも美しい想像をしながら雪片を追っていると、突然教室のドアが開いた。

 ガラッと。結構勢いよく。
 急速に現実に引き戻された感覚に、恨めしささえ抱いてドアの方を振り返る。

 振り返って、本日二度目。わたしはひっくり返りそうになった。

 そこには、──きょとんとした様子の二口くんが立っていたのだ。


「あれ? まだ残ってんの?」
「うわ! 出た!」
「お化けみたいに言うなよな。部活頑張ってきたのにさー。俺は忘れ物したの。苗字はこんな時間まで何してんの?」
「こんな時間って、いま何時……?」
「はあ?」


 少しだけ編んで帰るはずが、すっかり没頭してしまっていた。部活が終わったということは、そこそこの時間なはずだ。

 どおりで、だ。
 お腹が減った気がするのも気のせいではないというわけである。


「あ、また何か作ってんだ?」
「ん、そう、デス……って、うわあこっち来ないで!」
「なんだよ? 本当にお化けみたいな反応すんなよな、傷つくわ〜。だって俺の席そこだし、忘れ物したって言ったじゃん」
「んぐ」


 渡したいと思っていた本人に見つかってしまうなんて。学校に持ってくるべきじゃなかった。甘いというかなんというか。迂闊だ。

 変な汗が流れる。
 上手くかわせるだろうか。彼からの質問を。


「今度はマフラー? 誰に?」
「その、まだ決めてなくって、……へへ」
「そうなんだ? ふうん」


 自分の机の中をごそごそかき回して、「お、あった」と英語のノートを取り出す。そういえば明日提出の課題があった。

 わたしはといえば、もちろん課題などやっていない。帰ってご飯食べてお風呂に入ったら、眠気と戦いながら早急にやらなければ。


「ほら、帰んぞ。家どっちらへん? もう遅いから送ってってやるよ」
「だ、大丈夫! 近いし! もう少し編みたいし! 大丈夫なの! 先に帰って!」
「? 今日のお前なんか変なの。あっそ、じゃあ気済むまで待っててやるよ」
「う゛っ?!」


 こんな心境で一緒に帰るだなんて、できっこないから断ったのに。逆効果になってしまった。

 彼のこういう優しさがまた、わたしの心臓を乱していくのだ。


「それとも誰か待ってんの? もしかして、これ渡すヤツ?」
「ちが……」
「じゃあいいじゃん。俺、編み物してるときのお前の顔、見てんの好きなんだよな。なんか嬉しそうでさ〜、こっちまでそういう気分になんの」


 またひっくり返りそうになった。
 お願いだから、もうこれ以上。わたしのこと掻き乱さないで。止まらなくなっちゃう。あなたへの想いが。

 でも、このまま。ここにいてほしい。

 矛盾してる。わかってる。
 自分でもどうしようもできないの。


「俺にもちょっとやらしてみして。ぽんぽんはもう首席で卒業しちゃったからな」
「んふふ、首席」


 いつも通りに自分の席に横向きに腰かけて、わたしを振り返る。椅子の背もたれに肘をかけて脚を組むその姿を、いつからか休み時間のたびに望むようになっていた。

 彼に渡すつもりのマフラーを、数目だけでも彼が編む。なんだかおかしなことになってしまったけれど、 こうしてふたりで過ごせるのならそれでいい気がした。


「ここを持って、この指に毛糸かけてね、そんで」
「……あ? 何だこれムズいな」
「二口くん器用だからすぐ慣れるよ」
「ちょっと最初だけさ、俺の手持って教えて」
「手って?」


 くいっと腕が引かれて、わたしの手が彼の手の上に被さるように置かれる。

 はじめて触れる彼の素肌。ぬくい体温。指先がじんじんと熱をもって、感覚がおかしくなりそうだ。震えているのが、自分の手なのか呼吸なのかすらわからない。


「ん〜横からじゃイマイチ分からねえしやりにくいな、お前の手ちっちゃいし」
「……二口くんの手がおっきいんだよ。あ、だからわたしと同じ持ち方、難しいのかな」
「ちょっとこっち来て、ここ」
「えっ、えっ、ちょっと待って、……きゃ」


 なにが起きたのか、自分がいまどういう状況に置かれているのか。よく、よく、考えてみる。

 自分の席から立ち上がらされて、二口くんの脚の間に座らされて、それで、それで。うしろから抱き抱えるようにされて、彼の腕の間にすっぽりと収まっている。

 よく、よく、考えてみた。

 ……理解ができない。
 どう、して、こんなことになってるの?

 
「よし、これでやり易くなったな」
「っ、二口く、なにす……」
「んあ? 何だって?」


 耳元を彼の吐息が掠める。

 とくん、とくん。

 苦しくて嫌になったりした。ワケがわからなくて、壊れてしまうかもしれないと思った。けれど。

 いまはこの心音が、哀しいくらいに心地よくさえある。


「なあ、苗字」
「な、なんでしょう……」
「俺がさ、誰にでもこんなことすると思う? ぽんぽんとか作ると思った?」
「……え」
「これ、さ。……俺にくれんじゃねえの?」
「──……っ」


 肩でびくっと跳ねてしまう。振り返る。
 
 意地悪く笑う彼のうしろ、窓の向こう。月の明かりをうけ、星に混ざって舞っている。


 恋がしんしんと、──音もなく。














 人間みたいな音がする + だって生きてるもん

 終

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