01
※社会人になった後のお話
※夢主とカルマ君は同棲中
※卒業アルバムの時間のネタバレ含みます
「ただいま」
夜、仕事を終えてカルマが帰宅した。
いつもであれば、カルマが帰ってくるとすぐに「おかえり」と紗良が玄関まで駆け寄ってくるのだが、今日は何の反応もない。
明かりはついているのに静まり返った室内に少々違和感を感じつつ、リビングの扉を開けると、アルコールの匂いが鼻を掠めた。
部屋の中の光景を見て、カルマは一瞬目を見張った。
テーブルの上にはお酒の空き缶がいくつも転がっていて、紗良はというと、赤い顔をしてソファーに座ってうとうとと頭を揺らしている。
グラスが一つしかないところを見ると、ひとりで飲んでいたのだろう。
見慣れない光景にカルマが内心驚いていると、ようやくカルマの帰宅に気づいた紗良が顔を上げた。
ぼーっとした様子でしばらくカルマの顔を見つめた後、ふにゃりと気の抜けたような笑顔を浮かべる。
「……あ、カルマくんだー。おかえりなさぁい」
「ただいま、だいぶ酔い回ってんね。どーしたの、一人でお酒なんか飲んで」
「んー、えっとね、カルマくんが帰ってくるのを待ってたの」
そう言って、紗良はニコニコと嬉しそうな笑みをカルマに向ける。
質問と答えがいまいち噛み合っていないが、紗良の顔を見ていると再度聞き直す気も削がれてしまって、カルマは小さく息を吐いた。
どうしたものかと考えながらスーツの上着を脱いで適当に椅子にひっかける。
「カルマくんー、こっち」
紗良がソファの隣をぽんぽんと叩くので、カルマは促されるままにそこに座る。
紗良はソファの上に乗り上げるようにして身体をカルマの方へ向けると、呂律の回っていない口で喋り始めた。
「あのね、今日は、カルマくんの仕事の話とか、聞きたいなぁって……」
「仕事の話?」
「うん、渚くんから聞いたの。記憶なくすほど酔いつぶしたら、安心して愚痴れるって」
「……あー、そういう事ね……」
紗良が一人でお酒を飲んでいた理由がようやく理解できた。
カルマが仕事の愚痴を渚に話すときは、いつも酔いつぶれるまで酒を飲ませる。
そうすると、翌日には話した内容をきれいさっぱり忘れてくれているので都合が良いのだ。
紗良はそのことを渚から聞いたのだろう。
「カルマくん、うちでは仕事の愚痴とか何も言わないけど……もっと何でも話してくれていいんだよ? 話を聞くぐらいなら、私にも出来るから」
官僚の仕事は、ものすごくストレスのかかる仕事だ。紗良もそれを知っていて、カルマの愚痴を聞くことで少しでもストレス解消になればという気づかいなのだろう。
しかしカルマが愚痴を吐き出す相手は渚ぐらいのもので、特に紗良には仕事の不満や悩みを漏らさないようにしていた。
もともと自分の弱みを他人に見せることを嫌う性格というのもあるし、紗良に無駄な心配をかけさせたくないという思いもあった。
何より、紗良にそういう話をするのは自分のプライドが許さない。
「気持ちは嬉しいんだけど……、俺、紗良にはそういう話したくないんだよね」
「……。そっ、かぁ……」
紗良はカルマの言葉を聞いてみるみる表情を暗くすると、ぽろぽろと大粒の涙を流して泣き始めた。
「ちょっと、なんで泣いてんの!?」
カルマは慌てて紗良の身体を抱きしめる。
優しく背中をさすってやるも、一向に泣き止む気配がない。
お酒のせいで感情の起伏が激しくなっているようだ。
「うぅ……ごめんなさぁい、私なんかじゃ、話し相手にもならないよね……」
「違うから、そうじゃなくて、」
「私、何もカルマくんの役に、立ててない……ぐすっ。ごめんなさい……っ」
「……そんな事思ってたの?」
酔ったうえでの言葉とはいえ、紗良がカルマの役に立ててないと多少なりとも思っている事は事実だろう。
紗良がそんな風に思っているのはカルマにとって不本意だ。
「紗良」
カルマは身体を少し離してまっすぐに紗良を目を見据える。
「何も役に立ててないなんてこと、ないから。十分すぎるぐらい、俺は紗良に助けられてる」
「……私、カルマくんを助けた覚え、ないよ」
「紗良が覚えてなくても、俺は紗良に助けられてんの」
「ほんと……?」
「ほんと」
「じゃあ、良かったぁ」
そう言って、紗良は安堵したように笑う。
そんな紗良を見て、カルマも目許を緩めた。
カルマは紗良の目に残った涙を指で拭うと、額にキスをひとつ落とした。
そのまま紗良をソファに押し倒すと、紗良は驚いたように目を瞬かせた。
紗良の反応を見てカルマはクスリと笑みを浮かべる。
「仕事の愚痴を聞いてもらうより、こっちのほうが良いんだけど」
「え? ……んっ」
そう言って、今度は唇にキスをした。
甘く長い口づけに、紗良はもともと赤い顔をさらに紅潮させる。
「紗良」
片手で頬を撫でてやると、紗良はとろんと潤んだ瞳でカルマを見上げる。
「カルマ、くん……」
うわ言のように名前を呼ぶ声に、カルマの熱が高まる。
しかし、次に続く言葉で思い切り拍子抜けさせられてしまった。
「ねむ、い……」
「は?」
紗良は瞼を閉じると、そのまま気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てて眠り始めた。
「……寝やがった」
カルマはムッとした様子でそう呟くと、大きなため息を吐いた。
構わずこのまま続けてやろうかとも思ったが、気持ちよさそうに眠る紗良の姿を見ると起こすのもかわいそうで、カルマは仕方なくソファから降りると、紗良を抱えて寝室まで運んでやった。
そしてベッドにゆっくりと下すと、カルマは紗良の頭を優しくなでる。
「明日、覚えときなよ。紗良」
この時のカルマが意地悪そうな笑みを浮かべていたことを、紗良は知る由もない。
お酒の時間 end
2016.7.26
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