夢みたい
明日は貴澄君の試合の応援に行く日。
私は何か差し入れをしたいなと思って、レモンのはちみつ漬けを作ることにした。
「えーっと、レモンは薄く輪切りにして、種をとって……と」
台所に立ち、レシピを見ながらレモンをスライスする。
ただレモンを切ってハチミツに漬けるだけの工程だけど、貴澄君に食べてもらうからにはいい加減なもの作るわけにはいかない。
レモンを切るのも慎重になるというものだ。
「上からはちみつをかけて、蓋を締めて……。よし、出来た!」
あとは冷蔵庫で寝かせるだけだ。
「貴澄君、喜んでくれるかな……?」
大したものではないけれど、気持ちを込めて作った。
好きな人の為に何かを作るというのはそれだけで幸せな気持ちになるもので、思わず笑みが溢れる。
「明日、頑張って応援しなきゃ……!」
***
そして、試合当日。
試合の行われる体育館に到着した私は、扉から中の様子を窺い見る。
今は試合前のウォーミングアップをしているところのようだった。
たくさんのバスケ部員がいるのに、私の目は吸い込まれるように貴澄君の方へと向く。
初めて見る貴澄君のユニフォーム姿に、私の胸はドキリと高鳴った。
普段の制服姿では見れない、筋肉の付いた引き締まった腕や脚。広い肩幅。
改めて体格の良さを実感して、ドキドキしてしまう。
「かっこいい……」
思わず声が漏れる。
ぼうっと貴澄君の方を眺めていると、貴澄君がこちらに気づいて笑顔で手を振ってくれた。
私も手を振り返そうとすると、側に居た女の子達からきゃーっと声があがった。
「きゃ〜! 貴澄君、今手振ってくれたよね!」
「うんうん! 嬉しい〜!」
私は振り返そうとしていた手を慌てて引っ込める。
自分に手を振ってくれたと思ったけれど、違ったのかもしれない。
体育館には、試合の応援に来ている女の子が私以外にも大勢いた。
大半が貴澄君目当てなのだろう。みんな貴澄君に熱い視線を送っている。
貴澄君にファンが多いのは知っていたけれど、実際に目の当たりにすると圧倒されそうになる。
だけど周りなんか気にしないで、私は私で貴澄君を応援しよう。そう自分に言い聞かせた。
***
ピーッというホイッスルの音とともに、試合が始まった。
広い体育館にボールのバウンド音が響く。
両チームとも一進一退の攻防が続いていて、白熱した試合に私はあっという間に引き込まれていた。
同点で迎えたラスト1分、貴澄君のチームがボールをカットして、パスが貴澄君に回る。
ボールを手にした貴澄君は、ディフェンスを上手くかわしていき、ゴールへと向かう。
貴澄君の真剣で真っ直ぐなの表情に、私は釘付けになっていた。
体育館には、たくさんの応援の声が響いていた。
私も思わず声を出していた。
「貴澄君ー! 頑張れー!!」
見事にゴールが決まり、貴澄君のチームの勝利で試合が終わった。
貴澄君は笑顔でチームメイトとハイタッチを交わしている。
バスケの試合を生で見るのは初めてだったけれど、白熱した試合に、いつのまにか夢中になっていた。
コートの中にいる貴澄君は、いつもよりキラキラと輝いて見えて、とても眩しかった。
一瞬も、貴澄君から目が離せなかった。
***
試合が終わった後、貴澄君も元へと向かおうとするも、貴澄君はあっという間に女の子達に囲まれてしまった。
「貴澄君、お疲れ様!」
「今日もカッコ良かったよ」
「次も応援行くね!」
女の子たちの言葉に、ありがとうと笑顔で答える貴澄君。
その様子を見て、盛り上がっていた気持ちがしゅるしゅるとしぼんでいく。
「……」
お疲れ様、カッコ良かったって、私が一番に言いたかったのに。
あの笑顔が、自分に向けられたものだったら良いのに。
なんて、ついそんな事を考えてしまう。
私は手に下げている鞄を見下ろす。
貴澄君の為に作ったレモンのはちみつ漬けは、必要なさそうだ。
だって、貴澄君の腕にはもう既にたくさんの差し入れが抱えられている。
「貴澄君……」
私のつぶやきは、体育館のざわめきにかき消された。
結局私は貴澄君に声をかけることができず、そっと体育館を後にした。
***
体育館裏の木陰にあるベンチに、私は一人で腰掛けていた。
「はぁー……」
私は大きなため息を吐く。
伝えたい言葉は色々あったのに、逃げてきてしまった。
――良かったらバスケの試合、見に来ない?
――結衣ちゃんが応援しに来てくれるなら、絶対勝たなきゃね
そんな風に言ってもらえて、嬉しかった。
もしかしたら自分は貴澄君にとって特別なんじゃないかって、そう期待してた。
でもあの場所にいたら、そうじゃないと思い知らされるようで……。
それが辛くて、怖くて、逃げてきてしまった。
私は貴澄君に食べてもらうはずだったレモンのはちみつ漬けを、口に入れる。
口の中に甘酸っぱい味が広がる度、貴澄君への想いが溢れてきて、涙が出そうになる。
私は、貴澄君の事が好きだ。
笑った顔も、時々見せる悪戯っぽい表情も、弟思いなところも、バスケに真剣なところも、全部全部好きだ。
半ばヤケ気味に、レモンを口の中に放り込んでいく。
想いを込めて作った。言葉に出せない気持ちを、全部詰め込んだ。
でも結局、貴澄君に食べてもらうこともできず、私はこうして一人で食べている。
ほんと、何やってるんだろう……。
最後の一つを口に入れようとして、手首を誰かに掴まれて止められた。
見上げるとそこにいたのは貴澄君で、私は目を丸くする。
「――え」
貴澄君は少し屈むと、レモンをパクリと口の中に入れた。
「うん、美味しい」
そう言って、ニコリと笑う貴澄君。
「ごめんね、食べちゃった」
私は呆然と目の前にいる貴澄君を眺める。
「でも、僕の為に作ってくれたんでしょう? 声かけてくれたら良かったのにー」
貴澄君は少しふてくされたような表情をして、私の隣に腰掛けた。
「き、貴澄君、どうしてここに……!?」
「そんなの、結衣ちゃんを探しに来たに決まってるじゃない」
何を当たり前のことを、というような表情を浮かべる貴澄君。
「結衣ちゃん、すぐいなくなっちゃうんだもん」
「だ、だって、他の女の子がいっぱいいたし、」
「えー? 僕は結衣ちゃんの為に試合頑張ったのにな」
貴澄君の言葉に、心の奥がじんわりと暖かくなる。
わざわざ私の事を探しに来てくれて、そんな言葉を言ってくれて、嬉しさのあまり、涙が溢れてきた。
「……っ」
「え、結衣ちゃん泣いてる!? もしかして僕、泣かせちゃった!?」
「ちがうの、嬉しくて……私……」
溢れてくる涙を必死で手で拭う。
こんな事で泣くなんて馬鹿みたいだけど、こんな事で泣いちゃうぐらい、私は貴澄君の事が――。
「……好き、です」
思わず、口からこぼれ落ちた、その言葉。
「私、貴澄君の事が好き……」
ずっと抱えていた想いを、貴澄君に伝えた。
「……」
私は貴澄君の方を見るのが怖くて、俯いてしまう。
つい勢いで告白してしまったけれど、もう今まで通りには接してもらえないかもしれない。
だけどもうこれ以上好きになってしまったら、心が好きでいっぱいになって、破裂してしまいそうで。
「……結衣ちゃん。こっち向いて」
貴澄君にそう促され、恐る恐る顔をあげると、柔らかい表情の貴澄君がいた。
「僕も、結衣ちゃんの事好きだよ」
私はぱちぱちと目を瞬かせる。
「…………えっ?」
聞き間違え、だろうか。
あるいは自分に都合の良い幻聴が聞こえているだけなんじゃないかと、私は自分を疑う。
固まっている私を見て、貴澄君は首を少し傾げる。
「あれ、聞こえなかった? じゃあもう1回言うね」
貴澄君は改めて私に目線を合わせると、はっきりとこう言った。
「好きだよ、結衣ちゃん」
改めてそう告げられ、顔が一気にカッと熱くなる。
目に残っていた涙は一瞬で蒸発した。
「う、嘘……」
「ほんとだよ」
「じゃあ……夢?」
私は自分の頬をつねる。
「あはは。夢じゃないよ」
「夢じゃないの……?」
未だに現実を受け入れられない私に、貴澄君はぐいっと顔を近づける。
唇に柔らかいものが触れて、すぐに離れた。
「……これで夢じゃないって、分かった?」
そう言って、目を細めて笑う貴澄君。
一瞬の、触れるだけのキス。
心臓が、止まるかと思った。
幸せすぎて、やっぱり夢なんじゃないかと思う。
夢ならどうか、覚めませんように。
2017.6.25
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