君と出会ったある夏の日


「お姉ちゃん、早く早くー!」

「ユキ、走らないの。転んじゃうよ?」

私は妹のユキを連れて、岩鳶スイミングクラブへと来ていた。
ユキはこの夏からスイミングクラブに通っていて、今日は用事のある母に代わって、私がユキの送り迎えをする事になっていた。
私も小さい頃に通っていたことがあるので、懐かしさを感じながら受付を済ます。

「じゃあ行ってくるね、お姉ちゃん!」

「行ってらっしゃい、頑張ってね。また後で迎えに来るから」

ウキウキとした様子で更衣室の方へと入っていくユキに手を振りながら見送っていると、ふいに声をかけられた。

「あれ……? 藤崎さん?」

「え、橘君!?」

そこに立っていたのは、同じクラスの橘真琴君だった。
橘君は、スイミングクラブのロゴの入ったユニフォームを着ていて、話を聞くと、しばらくここの手伝いをすることになったらしい。

「まさかこんな所で藤崎さんに会うなんて思わなかったよ」

「ほんとだよね。でも水泳のコーチしてるなんて、橘君すごいね」

「ただの手伝いだけどね。でも子供達に教えるのは結構楽しいんだ」

「そうなんだ。うちのユキ、元気すぎて迷惑かけることもあるかもしれないけど、よろしくね」

「こちらこそ。あ、そろそろ行かないと! じゃあまたね、藤崎さん」

「うん、またね」

笑顔で去っていく橘君を見送って、私も一旦スイミングクラブを後にした。



***



「ユキ、迎えに来たよ」

私はしばらく外で時間をつぶした後、スイミングクラブへと戻ってきていた。

「あ、お姉ちゃん!」

「ユキ、帰ろっか。……って、その子は?」

ユキの隣には、ピンク色の髪をした大人しそうな男の子が居た。

「颯人くんっていうの。今日仲良くなったんだー!」

自慢げに話すユキの隣で、颯人君は少し恥ずかしそうにしている。
どうやら人見知りのようだ。
私は屈んで、颯斗君に目線を合わせて微笑んだ。

「はじめまして、颯斗君。私はユキのお姉ちゃんで、結衣って言うの。颯斗君、おうちの人はまだ来てないの?」

「えっと、お兄ちゃんを、待ってるの。ぶかつ?があるから、少しだけ遅れるって…」

「そうなんだ。じゃあ一緒に待ってようか。ね、ユキ?」

「うん!」

このまま颯斗君を一人置いていくのも可哀想なので、一緒に待ってあげることにした。



***



「あ、貴澄お兄ちゃん!」

しばらくして颯斗君のお迎えが来たようで、颯斗君は嬉しそうに入り口の方へと駆けていく。

「颯斗、ごめんな遅くなって」

颯斗君のお兄ちゃんは私と同い年ぐらいの男の子だった。
私は初めて見るその人に、思わず目を奪われてしまった。
背が高くスタイル抜群で整った顔立ちをしていて、モデルをしていると言われても納得しそうだ。

ついじっと彼のことを見つめていると、向こうもこちらの視線に気づいたようで、ぱちっと目が合ってしまった。
目を逸らすのもわざとらしい気がしてどうしようと考えていると、小さく微笑まれて、私の心臓がドクンと脈打つ。
彼はとても格好いいから、こんな風に初対面の人に見つめられるのも慣れているのかもしれない。

「あのね、貴澄お兄ちゃん。ユキちゃんと結衣お姉ちゃんが、一緒に待っててくれたの」

「そうだったんだ。良かったな颯斗。2人とも、どうもありがとう」

爽やかな笑顔でそうお礼を言われて、ますます胸の鼓動が早くなる。

「どういたしまして!」

元気よく返事をするユキにつられて、私も慌てて「どういたしまして」と言った。

「お姉ちゃん、顔赤いよ?」

ユキが不思議そうに私の顔を見つめながら、そう言ってきた。

「ユキ! 余計なこと言わないで!」

私が慌ててユキの口を塞いでいると、そこへ仕事を終えた橘君がやってきた。

「あ、貴澄! 来てたんだね」

「お疲れ様、真琴」

どうやら2人は友達のようで、仲良さそうに言葉を交わしている。
お互い下の名前で呼び合っていて、親しい間柄のように見えた。

「貴澄、藤崎さんと知り合いだったんだね」

「いや、今初めて会った所。藤崎さんって言うんだ?」

そういえば、自己紹介をまだしていなかった事を思い出し、自分の名前を告げた。

「あ、私、藤崎結衣って言います。橘君とは同じクラスで……」

「そうなんだ。僕は鴫野貴澄。真琴とは中学が同じだったんだ。貴澄って呼んでくれていいよ」

会ったばかりなのにいきなり下の名前で呼ぶなんて恥ずかしい、と思ったけれど、せっかくそう言ってくれているのに無下にするわけにもいかない。

「えっと……じゃあ、き、貴澄君」

「うん。よろしくね、結衣ちゃん」

そう言って貴澄君は目を細めて柔らかく微笑んだ。

そんな風に名前を呼ばれたら、もう恋に落ちるしかなかった。



2017.03.20

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