突然のお宅訪問


あの日から、母に代わってスイミングクラブへのユキの送り迎えは私が率先して行っている。
もちろんユキの送り迎えをするというのは口実で、目的は貴澄君に会うことだ。
今日も貴澄君に会うことができて、私は浮かれていたのだけれど……。

「え!? 颯斗君をうちに呼ぶ約束をした!?」

「うん、いいでしょ? お姉ちゃん」

私の知らぬ間に、ユキは勝手に颯斗君と約束をしてしまっていたらしい。

「ぼく、ユキちゃんのおうち、行きたい!」

颯斗君も乗り気のようで、キラキラとした瞳で2人に見つめられる。

「えーっと……」

私が躊躇っていると、貴澄君が申し訳なさそうに眉を下げる。

「ごめんね、結衣ちゃん。急に家に行くなんて、迷惑だよね……」

私はぶんぶんと首を横に振る。

「迷惑だなんてそんな……! 全然、大丈夫だよ……!」

「ほんと? 良かったな、颯斗」

「うん!」

颯斗君は嬉しそうに頷く。

颯斗君がうちに来るのは全然大丈夫だ。私が躊躇ってしまった理由はそこじゃない。
問題なのは……。

私は伺うように、貴澄君の顔を見上げる。

「あのー……。貴澄君も、うちに来る?」

「颯斗だけ預けるのも悪いし、結衣ちゃんが良ければだけど、僕も行っていいかな?」

ユキと私は同じ部屋を使っているので、ユキの部屋に招くという事は私の部屋に招くという事だ。
恥ずかしいような、嬉しいような。複雑な気持ちで、私は頷いた。

「ぜ、是非いらしてください」



***



と、言う訳で、貴澄君が今私の部屋にいる。
もちろん、ユキと颯斗君も一緒だけれど。

「わぁ、やっぱり女の子の部屋って感じだね」

「そ、そうかな? ごめんね、狭い部屋で」

自分の部屋なのになんだか落ち着かなくて、妙にそわそわしてしまう。
一方ユキと颯斗君はというと、早速おもちゃを出して2人仲良く遊び始めていた。

「私、飲み物とってくるね」

「それなら僕も手伝うよ。1人で4人分運ぶのは大変でしょ?」

「え、大丈夫だよ…! 貴澄君はお客さんなんだし、座ってて」

「でも急に押しかけちゃったのはこっちだし……。これぐらいは、手伝わせてくれると嬉しいな」

「そこまで、言うなら……」

ここは有難く手伝ってもらうことにした。
貴澄君は優しくて気遣いの出来る人だなあと思う。
顔だけでなくて性格までイケメンなんて、天は二物を与えずとかいうけど、そんなことわざは絶対ウソだと思った。



***



ユキと颯斗君が2人で仲良く遊んでいる様子を眺めながら、私は貴澄君と色々な話をした。

お互いの学校のこと、部活動のこと、それから……。

「颯斗は昔、溺れかけたことがあるんだ」

颯斗君が、スイミングクラブに通っている理由。
家族で海に行った時に、ボートから落ちてしまって溺れかけたことがあるらしい。

「そんな事が、あったんだ……」

「うん。颯斗が水を怖がるようになったのは、ちゃんと見てなかった僕の責任なんだ」

「そんな、貴澄君は何も悪くないよ……!」

「ありがとう。でも、颯斗にはやっぱり泳げるようになって欲しくて……。ごめんね、しんみりした話しちゃって」

「ううん。颯斗君、泳げるようになるといいね」

そんな会話を交わしていると、颯斗君がこちらに駆け寄ってきた。
もしかして話を聞かれてしまったかなとちょっと焦ったけれど、そうではないらしい。

「見て、ぼく、結衣お姉ちゃんを描いたんだよ」

颯斗くんは大きな画用紙に描いた絵を私に見せてきた。

「私の事描いてくれたの? ありがとう颯斗君! 嬉しいな」

お礼を言うと、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。

「颯斗人見知りなのに、結衣ちゃんにはすっかり懐いてるね」

そういえば最初は恥ずかしそうにもじもじとしていたのを思い出す。

「わたしは、貴澄お兄ちゃん描いたよ!!」

ユキは貴澄君を描いたようで、画用紙を貴澄君に見せていた。

「わぉ。ユキちゃん、すごく上手だね! 画家になれるんじゃない?」

どう見ても颯斗君の方がすごく上手だったが、貴澄君はユキの描いた絵を褒めてくれた。
ユキは貴澄君によしよしと頭を撫でられ、満更でもない様子で、えへんと胸を張っていた。
ちょっと羨ましいと思ってしまったのは内緒だ。

そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき――。

「じゃあそろそろ帰ろうか、颯斗」

「うん……」

颯斗君は寂しそうにしょんぼりとしている。
そんな顔をされるとこちらまで寂しくなってしまう。

「貴澄お兄ちゃん、もう帰っちゃうの? やだー!」

ユキは不満げにそう述べると、貴澄君の腰にギュッと抱きついた。
ユキもずいぶんと貴澄君に懐いたようで、いつのまにか貴澄君にべったりだった。

「もうちょっと遊ぼうよー」

「ちょっとユキ、ワガママ言わないの!」

私は慌ててユキを貴澄君から引き剥がす。半分嫉妬だ。
ユキはぷっくりと頬を膨らます。

「貴澄お兄ちゃんみたいな、優しくてカッコイイお兄ちゃんが欲しかった」

ユキにそう呟かれ、私が少々傷ついていると、貴澄君がこう言った。

「ユキちゃんには、優しくて可愛いお姉ちゃんがいるから良いじゃない」

「えっ!?」

さらりとそんな事を言う貴澄君に、私は動揺を隠せない。
優しくて、可愛い……。
お世辞だと分かっていても、すごく嬉しかった。

「じゃあまたね。結衣ちゃん、ユキちゃん」

颯斗君の手を引いて帰っていく貴澄君を、玄関の外で手を振って見送る。
ぼうっと去っていく2人の姿を眺めていると、ユキに「いつまで手振ってるの?」と突っ込まれた。
きっと、貴澄君に帰ってほしくなかったのは、ユキより私の方だ。



2017.03.26

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