「おかあさーん!」
「あら、いらっしゃい。と、お帰りなさい、壱」

ここは私が勤めている大手チェーン店の本屋。子育てに理解があり、私の上りの時刻まであと一時間事務所の片隅でいつも子供が宿題をしたり、本を読んで過ごしている。

「今日は友達を連れてきた!」
「そうなんだ。あまりうるさくしたらダメだよ」
「うん! コナン君は本買うんだって」
「お客様ね。いらっしゃいませ、コナン君」

 壱の少し後ろで新刊コーナーに目を向けていたお友達に声をかける。

「初めまして! 僕、江戸川コナンです。壱君とは同じクラスです!」
「良いお返事ね。何かお探しかな?」
「僕、ミステリーが大好きなんだ! 買いたい本分かるから大丈夫だよ」
「そう。ごゆっくりね。壱、案内してあげて」
「うん! コナン君こっちだよ」

 我が子に手を引かれていく黒縁眼鏡に蝶ネクタイのお友達を見送る。

「小学一年生でミステリー小説かあ。クイズが載ってるミステリー調の本かな?」

 首を傾げながらも、私は仕事に戻った。



 私には高校から付き合っていた、2つ先輩の彼氏がいた。
 イケメンで天才肌だけど努力家で、皆の前では王子様スマイルだけど、私や先輩のお友達の前ではちょっとはにかんだり、得意げに笑う事も多かった。

「ハナちゃん、君の事が好きだ。俺と付き合ってくれないか?」
「喜んで!!」

 王子様スマイルでもなく、緊張した様な、期待する様な初めて見る先輩の表情。
 とってもドキドキしましたよね!


 接点は落とし物を拾って渡した、と単純な出会いから始まり、私の趣味の1つが読書で、読んだ本の中に推理ものも沢山あったのが先輩の趣味とも被ったのだ。
 曽祖父の代から読書家な我が家は、古い本や今は流通していない貴重本も多く所蔵していた。

 ”本好きの友人が出来れば、ぜひ我が図書館に招き入れよ”

 そんな家訓ともいえる言葉に従い、また多少の下心(イケメンとお近付きになれる)も手伝い、先輩に教えたのだった。

 ボクシングに部活に勉強に。忙しい先輩は合間を縫って我が家に通い、信頼できる人には貸出も許可していたので、本格的に図書館の様に利用していた。
 お礼にと勉強を教えてもらったりしている内に学校でも少しずつ話すようになった。こっちはイケメンだし優しいし、見た目はチャラいけど真面目で本好きな良い人で好きにならないわけがない!

 しかし、先輩は未来をしっかり見据えていて、警察学校に入って将来は国を守る仕事に就きたいと語っていた。
 私なんて、将来の夢なんかないし、しいて言えば大学は文学部に行きたいなあくらい。二歳年上だからすぐに離れちゃうし。とgdgd考えていたが、先輩がいる内に思い出がたくさん欲しい。そう結論が出た。

 だから、本を取る時に指が触れてキャッ☆みたいな、偶に有るアクシデント的スキンシップを思い出しては寝る前にニヤニヤする。そんな奥手で根暗な普通の女子高生だったから。

 まさか、先輩が私の事を好きだなんて考えもしなかったのだ。


 それからは、毎日が流れ星みたいに過ぎていった。あと半年しか一緒にいられない、と寂しがっていると零先輩が「沢山思い出を作ろう」と、色んな所に遊びに連れていってくれた。幼馴染だという学校で一緒にいる所をよく見かけていた、唯先輩を紹介され、偶に一緒に遊んだ。

 警察学校へ行ってからはメールや電話、たまにデート、と高校ほど会えなかったけれど、こちらも受験生ということでお互いに会えない事が苦では無かった。

「ハナ、本当にすまないが、あまり会えなくなるかもしれない」
「分かってますよ零さん! 私もこれから大学があるし、こうやって偶に会えるだけで幸せです」

 本当は寂しかったけれど、伊達に二年付き合ってない。連絡さえ取れれば寂しくなんかない。そう思っていた、この時は―――――。



 いつも通り先輩とデートした後、偶にしか会えない私達は最後にホテルへ行くのがお約束だった。
 先輩も寂しいと感じたからか、この日はいつもより激しかったし回数も多かった。私は愛されている事を実感するし、先輩はいつも優しい。

 だから、この日は本当に幸せだった。後悔はない。


 ――――この子に、会わせてくれたのだから。

 よくある話しだった。
 行為の最中に私の中で避妊具が抜けてしまったのだ。ちゃんと避妊具に出した後だったし、中から取った時もちゃんと入ってた。
 それに、過去二回ほど恥ずかしながら同じアクシデントがあった時も大丈夫だったから、先輩と私は気にしていなかった。



「妊娠されていますね。おめでとうございます」

 結果、大学はお腹が目立たない間は通い、大きくなる頃に休学届けを出した。
 本当は子供が生まれて働けるようになったら全力で働くつもりだったが、専業主婦の母親が「お願いだから、子供の為にも大学は出なさい。その間は面倒みるから」と諭してくれた。
 相手を言わないことで、父親からは勘当一歩手前まで行ったが、母親がどう説得したのか、「大学だけは出なさい」と朝食の時に新聞を見ながら言った。

 本当に親には申し訳ないのと、感謝で頭が上がらない。

 先輩には会えなくなったのを言い事に妊娠した事を伝えなかった。
 憧れの警察官になって頑張っているだろうし、夢の邪魔をしたくなかった。落ち着いた頃に言おう。そんな甘ったれた事を考えていたのだ。


 そして、赤ちゃんが生まれる頃、先輩とは連絡も取れなくなってしまったのだった。


 私が悲しんでいるのを見ていられなかったのか、世間体が悪かったからかは分からないが、家族と私たちは一旦他県に引っ越した。実家は祖父母がまだ元気だし、近所におじさんとおばさんも住んでいるから心配はない。大学まではギリギリ二時間掛からず通える範囲の一軒家を借りてくれた。

 お母さんに教えてもらいながら、赤ちゃんを育てていると少しずつ心の整理がついた。
 きっと仕事が忙しいだろうし、高校から付き合っていたのだから、これが自然消滅というやつなのだろう。
 大学生活に戻ってからは学業・バイト・子育てでてんやわんや。お母さんが居なかったらと思うと、ぞっとする。

 文学部を卒業し、チェーン店の本屋に就職した。あっという間に子供も小学生。お金を貯めなくちゃ、と月に何度か人手が足りない日に喫茶店でバイトの掛け持ちもしていた。


「さて、そろそろ壱が帰ってくるから、交代の準備しなくちゃ」

 新しいお友達を連れてくる事も知らず、今日も平和に仕事をこなしていた。






シリーズ

main