Side 降谷
俺には大切な人がいる。
高校で出会い、今では有り得ないほど穏やかなで幸せな日常を送っていた。
しかし、警察学校に入学後しばらくして連絡が取れなくなる。
確かに”あまり会えなくなる”とは言ったが、極端すぎないか? お互いに数年付き合っているため、マイペースに連絡を取っていたが……。
忙しい日々の合間をぬい、彼女の家まで行ってみた。
「ハナちゃんなら引っ越したよ」
ハナの祖母が玄関口で、そう溢した。
「……ご両親の都合ですか?」
「詳しい事は知らないねぇ〜」
「そうですか、有難うございます。ハナさんと連絡が取れないので心配していたんです。
元気そうなら良かった。降谷が来たことを伝えてもらえますか?」
「覚えていたらねぇ」
「よろしくお願いします」
どうも煮え切らない返事だが、一応言伝を頼んだ。
彼女の父親は公務員だったため、転勤はあり得るかもしれないが、彼女は地元の大学に進学していたはず。祖父母も健在で、普通ならば義務教育でもないんだから残るだろう。
その日は外出時間が限られていたから寮に戻った。
厳しい訓練や新しい仲間。
ハナの事を気に留めながらも、積極的に探す事に足踏みをしていた。
今思うと、無理やりにでも探していたら良かったのだ。
まだ精神的に未熟だった。
当時は、長年付き合ったハナが己に愛想を尽かしたのでは? 少し距離が置きたいのだろうか。大学で好きな奴でも出来たのか? などと、くだらない感情に振り回されて、それを振り切るように訓練に明け暮れていた。
その甲斐あってか、卒業後『警察庁警備局警備企画課』に配属された。すぐに黒の組織への潜入を命令され、特殊な訓練や身分の準備等であっという間に一年が過ぎた。
己だけでなく、周囲の関係者にも命の危険が及ぶであろう、そんな任務だ。彼女を巻き込まないためには、このまま居場所を知らない方が都合が良かった。
いつか、組織を潰したら会いに行こう。新しい恋人や家族がいても構わない。ただ、一目元気でやっているか確認がしたかった。
”降谷零”の大切な人は、もう、彼女だけなのだから……。
安室透として活動し始めてしばらく経つ。
毛利小五郎の弟子になり、彼の身辺を固めるため喫茶ポアロで働く事になった。
風見に調べさせたが、店員に特に不審な人物はいなかった。気になるのは月に数回だけ働いている人物がいるそうだが、何故か調べがつかない、と報告があた。
調べてみるとどうも警察官僚の娘らしく、上からストップがかかったらしい。どうせ社会見学でバイトをしているだけだろう。気になるならば本人から直接聞けばいい。ポアロでシフトが重なる時があるはずだ、と結論付けた。官僚の機嫌を損ねて安室透に注目を集めたくはなかった。
梓さんといつも通り仕事をしていたある日。
彼女の言葉が引っ掛かった。
「そういえば、安室さんってハナさんに会ったことないですよね」
「……はい! まだお会いしたことないですね。どなたですか?」
久しぶりに聞いた彼女と同じ名前に、動揺してしまった。一体誰の事だ。
「ポアロの大先輩で、今は月に何度かしかいらっしゃらないんですよ〜。
安室さんとはタイミングが合わなくて、まだ顔合わせ出来てないですね」
「早くお会いしたいですね。仕事について色々教えてもらいたいです」
「またまた〜。もう一通り出来るじゃないですか。安室さんってば仕事覚えるの早いから、もう教える事なんて無いですよ」
「ははは。有難うございます」
カランカラーン。
「「いらっしゃいませ」」
客が来たため、それ以上”ハナ”というまだ見ぬバイトについて知ることは無かった。
ポアロのシフトが入っておらず、組織関連の仕事も手が空いた。
どうにも気になっていた”ハナ”という店員。今日は梓さんが休みを申請していた。きっと出勤しているはずだ。
喫茶店の前を通り、横目で店内を確認する。
「!?」
そこには、己の知っている”彼女”がいた。
記憶より大人びていて、女性らしい柔らかさを持った落ち着いた雰囲気の彼女が。
目が合いそうになり、スッと視線を逸らした。目深に帽子を被っていたため、角度的に彼女から顔は見えなかったはずだ。
迷わず風見に電話を繋ぐ。
「どうしましたか、降谷さん」
「調べてほしい人がいる」
「はい、どうぞ」
「名前は黒田 ハナ。以前お前に頼んだ、喫茶ポアロのもう一人のバイトだ」
「それは報告したはずですが」
「ああ、分かっている。だが……俺に必要な事だ」
「了解しました。上に気付かれないよう、調べます」
「頼んだ」
なぜ彼女が東都にいるのか。
唯一生き残っている大切な人だ。しかも、毛利小五郎の事務所の一階、わざわざ安室透として働いている喫茶店。
彼女を組織に巻き込むわけにはいかない。調べがつき次第、接触してでも辞めさせよう。
そう決めていた。
あの報告がくるまでは。
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