何年か振りに里に足を踏み入れた。出発時には目も当てられない大戦後のままだった里は元の平和な風景に戻りつつあり、過ぎた時間の長さを感じる。必要最低限にしか伝えていない帰還のはずなのに、ふと気配を辿ると懐かしい影が見えた。
「任務はいいのかよ」
照れ隠しに投げかけた言葉にそいつはニカッと笑う。
「へっ、水くせーってばよ。帰るなら連絡の1つでもよこしやがれってんだ。」
相変わらず仲間思いな班員に心の中で密かに礼を言えば、通じたのか照れ臭そうに隣に並んだ。
「サクラちゃん、カカシ先生と一緒に火影邸で待ってるってばよ。」
「家で待ってろって言ったのに、聞いちゃいねーな。」
それがサクラちゃんだってばよ、っと嬉しそうにかつての想い人を語るそいつにそうかもしれないとなぜか納得した。事実、もうずっと留守を任せているのだ。普段側にいてやれない自分が言うのも変な話なのかもしれない。
「カカシ先生ー!」
火影室に着くなりノックもせず大声で呼びながらドアを開けるナルトに、こいつは何も変わらねぇなと安心する。
「ナルト、あんたノックぐらいしなさいって何回言えば分かるのよ。子供じゃないんだ、」
から、と続く言葉が小さくなっていく。ナルトに目くじら立てて怒っていたサクラが目を丸くしてこちらを見る。
「久しぶりだな、サクラ」
そう声を掛けてやると、エメラルド色の瞳がじんわりとにじむ。いつも強がっているのを見て見ぬ振りして甘えてたことに今更ながらに罪悪感が湧く。
「サスケくん、おかえりなさい。」
震える声でそう言い笑顔を作るサクラはやはり強いと思った。
「遅くなって悪かったな。」
言葉足らずに謝ると、上手く補填して解釈してくれたのか首を横に振った。
「おかえり、サスケ。」
少し落ち着いた印象になったカカシがすっかり板についた火影の佇まいでそう言う。もうカカシが六代目になって久しいのに慣れないのは俺だけかもしれない、とそっと嘲笑する。
「あぁ。これから1ヶ月は世話になろうと思うが構わないか?」
「もちろん。もっといてもいいんだけど」
ねー、サクラ?と相変わらず飄々とサクラに話しかける。3人と会話してやっと、木ノ葉に帰ってきたんだと実感が湧いてきた。
「サクラ、報告が終わったらすぐ行くから先に、」
「分かった。まだサラダお昼寝してると思うからゆっくりで大丈夫よ。」
「すまない。」
サクラはもう一度笑顔を作って、ナルトを連れて火影室を出た。
「よくできた奥さんだよね*。いくらサスケでもあんまり放っとくと取られちゃうんじゃない?そのうち」
「うるせー。」
痛いところを突いてくる恩師に苛立った目を向けると飄々として書類に目を通していた。
ナルトとサクラの気配が遠くなったのを確認して里外で得た情報の報告を行う。和平を結んだとはいえ、諸外国の情報は多いに越したことはない。
「そう。」
「詳しくは後日報告書にあげておく。」
「りょーかい。ご苦労様。」
頭を下げて下がろうとしたところに、あ、っと声が降ってくる。
「名前には会った?」
*名前。その名を聞いて変に胸が高鳴る。なぜカカシが彼女を知っているのか、なぜ今彼女の話題が出たのか、なぜ俺にそれを伝えたのか。
「再来週に中忍試験があるんだけどね、息子が出るみたいだよ。」
もうそんな時期なんだよね。そういえばお前との修行もこの時期だったよね、と続けたカカシに思考が追いつかない。
「息子?」
「そ。時間があれば見に行ってやれば?」
ルーキーなんだけどね、今年期待の下忍らしいのよ。と目を弧にする姿に、あぁ、と短く返す。動揺が見破られないようにそそくさと火影室を後にして、サクラの待つ家へと足を向ける。償うための旅と言って里を出て数年。探しても情報すら手に入らなかったのに木ノ葉に帰ってきていたとは。先程よりは落ち着いたところで、その話を頭の片隅にどけ、目の前にある玄関のタブを握った。
「ただいま。」
くすぐったい感覚を押し殺しながらそう呟くと、奥から足音が聞こえてくる。
「おかえりなさい!」
近寄ってきたサクラに手を引かれるのは小さな命。これが、俺の娘。
「ちょうど今起きたの!サスケくんが帰ってくるの分かったのかな*?さすがうちはの子よね!」
将来有望だわ、と嬉しそうに語るサクラに*が緩む。履物を脱いで部屋に上がるとサクラがそっと手の中の小さな手を渡してきた。
「いや、俺は、」
咄嗟に拒絶の言葉を口にして、しまったと焦る。なにせ年下の兄弟も知り合いもなく、ある日突然父親になったも同然。自覚も薄いままで、どう接していいかまるでわからない。まだ自分に父親なんか務まるのかと自問した答えも出ていない。
「そっか。帰ってきたばっかりだもんね、ごめん。」
少し寂しそうにそう言って低い位置にある頭を撫でる姿に罪悪感ばかりが募る。
「違う、悪い、その、子供と関わったこととかなくて心の準備ができてないっていうか、」
我ながら恥ずかしい言い訳ではあるが、事実なのでしょうがない。決まり悪く頭を掻きながらそう言うと、サクラはキョトンとしている。
「そ、そっか。サスケくん、末っ子だもんね。」
よく分からないが納得したらしいサクラが小さな手を引いてこちらに突き出した。一言も言葉を発さないで押し出されるように此方に一歩歩み寄ってくる小さな体。
「サラダ*、お父さんだよ*。」
優しく話しかけるサクラは立派に母親で、警戒心を解こうとしているようだった。刹那、同じ色の目が合う。
「サラダ」
自然と名前を呼んでいた。自分でもびっくりしたし、サクラも意外だったのか顔をあげた。呼ばれた本人は驚いたようにこちらを見つめ、急いでサクラの後ろに隠れた。
「ふふ、よかったね、サラダ」
離れていった小さな体でぎゅっとサクラに抱きつくのを、他人事のように見る。
「サクラ」
ん?と不思議そうに顔をあげた彼女の額に優しく唇を寄せた。
「ありがとう。」
サラダの背に手を乗せたまま、もう片方の手を額に当てたかと思うと、かぁっと顔を赤くする。カカシの『もっといてもいいんだけど、ねー』という言葉が頭をよぎった。