その日から職場ですれ違えば会釈ぐらいはすれど、特に会話することはなかった。飲み会にも相変わらずお互い参加するけど、あの日のように隣に座ることはなかった。半年たった頃の飲み会。喧騒の中彼女の方を見ると、やはり彼女はこの間と同じ人を見つめていて、敵わなかったという事実がひしひしと心を痛めつける。
「そういや、カカシさんって彼女作らないんですかね?」
「どうしたシカマル。お前も色恋沙汰に興味が出てくるお年頃か?」
「違いますよ。ちょっとはそういう話がありゃ、休みも増えそうなもんじゃないすか。働きすぎっすよ、あの人。」
「まー、あいつはその辺り上手くやるからな。」
何か知っているらしい先輩がポツリと呟く。
「そういや、今のポジション就く前は溺愛してる彼女がいるって噂になってましたよね?」
「あー、あったな!それまで来る者拒まずだったのに、ピタリと一途になって。」
年上の同僚たちが噂を始める。
「今も浮いた話聞かないってことは、まだ続いてるんじゃねーか?」
あの寂しそうな目は溺愛されている人のそれではなかった。何かしらあったのだろう。彼氏持ちかどうかも確かめず、感情に任せて気持ちを伝えるぐらいには俺も酒に酔っていたってことか。思わず自嘲する。得られた情報は思ったより少なかった。
「お疲れ様です。」
「おー、お疲れ。珍しいじゃない、お前から寄ってきてくれるなんて。」
気付けば重い腰を上げていて、彼女の想い人の隣にまで来ていた。
「まぁ、たまには。やっとひと息ですね。」
「そうだね。お前も働かせ詰めで悪いけど、かーなり助かってるよ。」
「それはどうも。」
内心嫉妬心剥き出しな俺とは対照的に、悔しいくらい大人の余裕があるその人に敗北感を覚える。彼女がいた方を見ると、ちょうどこちらに視線を送ったところだったのか、バチリと目が合って気まずそうに外された。カカシさんの隣にいれば、わざわざ覗き込んだり注意を引いたりしなくても目線が合うらしい。
「この前の飲み会でたまたま名前さんと同じテーブルだったんですけど、最近会えてないって寂しそうにしてましたよ?」
少々枝葉は省いたが嘘ではない。
「あいつがそう言ったの?」
そう言って彼女の方へ視線を送った彼の目線は鋭かった。
「昔みたいに皆でバカ騒ぎすることもなくなったな、って。」
情報を付け加えると、チラリと俺を見てビールのグラスに口をつけた。中身が随分減っているそのグラスに置いてあった瓶ビールをとって注ぐ。
「嫌な男だーね。」
「何がっすか?」
グラスを斜めに傾けながらそう言ったその人はお酌を返して来たので、ありがたく頂いた。
「賢すぎるってのも考えものだね。」
「同じようなこと言われましたよ。」
「何が聞きたいの?」
別にゴシップ好きって訳でもないでしょ、と言いながら箸で料理をつついている。
「いや、カカシさんにもいい人がいたら、その働き詰めも緩和されるかなと思っただけで、深い意味は。」
ゆっくりと咀嚼しながら、ふーん、と返される。こういうはぐらかす様な所は彼女と一緒だなと思った。目の前の人が寄せているのか、彼女が寄せているのか、自然と似てくるのか。
「ま、残念ながら、休みを喜んでくれるようないい人は今のところ居ないんだよね。」
「モテるって聞きましたけど。」
「誰よ、うちの若いのに変なこと吹き込んで回ってんの。」
マスマでしょ、とふざけて怒ったような顔を作られる。彼女から聞き出すのは難しかったけど、この人から聞き出すのはもっと難しい。
「じゃあ、もうしばらくは今の生活が続きそうですね。」
「ん。お前には悪いけどさ、次の世代に引き渡す前に整理しておきたいことが山ほどあるのよ。」
それは本心らしく職場で見るような真剣な目だった。ふと視界に入ったテーブルの上には何本か空いた瓶ビールが転がっている。それらを通り越して日本酒に手を伸ばすのが見えた。この人は酒に強いらしい。
「名前が好きなら、俺にお伺い立てる必要はないよ。」
「!」
「図星?珍しいね。」
天才でもそっち方面は年相応だね、とくすくすと笑われる。一枚も二枚も上手で、そりゃ比べなくてもそっちがいいか、と一人納得する。
「あいつはね、変なとこ強がりで素直じゃないから。お前みたいに優しくて細部に目の届く奴と一緒になると、幸せになれるんじゃないかな。」
付け加えられた言葉は、それは自分にはしてやれなかったけど、という口調で、彼女をよく知るからこそ出る言葉だった。本当に彼女を想うからこそ出る言葉だと思った。お互い好き合っていても一緒になれなかった理由は何なのだろうか。離れた所でお互いを密かに想い合うようになった原因は何なのだろうか。
「さて、俺は先に戻るとするよ。」
そう言って立ち上がったその人はポンと俺の肩を叩いて幹事に声を掛けに行った。戻る、ということはこの時間から職場へ向かうのだろう。騒がしく彼の背中に掛けられる声に応えるように一つ手を上げて店を出て行った。